雷とからっ風 義理人情!上州かあちゃんの毎日

赤城おろしの冷たいからっ風にも、日本一暑い夏の日にもめげず
頑張る上州かあちゃんの日記です

妻籠宿

2023-05-01 21:27:34 | 中山道
 
峠越えで
熟睡できた奈良井宿での朝
 


朝ご飯、三郎には、
女将さんが、大きなご飯茶碗で
持ってきてくれました
 
それでも、おかわりして
2杯も、
もりもり食べていました
 
 
夜は、かなり激しく雨がっていました
朝も、少し雨が残っています
 
 
街道には、ここに住んでいる人しか
車で入る事はできませんが
宿泊客は、街道の奥に駐車場が
ありましたので
朝の誰もいない街道を
車を走らせることができます
 



この日は
奈良井宿から
妻籠宿に向かいました。
 
途中、寝覚め床を通りましたので
ちょっと、寄ってみました。
前夜の雨で
木曽川の流れが、すごい事になってました

 
車で1時間ほどで妻籠宿につきました

 
宿場の東の端から
歩きます。
宿場の入り口に高札場・・・

 
本陣跡!
ここでも、
母ちゃんの知ったかぶりで
三郎にいろいろ説明してあげました

 
奈良井宿も良いけど
妻籠宿も良いなぁ〜

 
奈良井宿ほど長くありませんが
江戸時代の情緒たっぷりです
ここよく雑誌とかに載ってる
撮影ポイント・・・



朝9:30でしたので
まだ、観光客も少なく
良い写真が撮れました
 


この宿場も普段の生活がありますからね
普通に郵便局とかあるわけですよ
 
でも、宿場の郵便局は
雰囲気ありますねぇ~~
宿場の街並みに溶け込んでいます
 
そんでポストが黒いです
この黒いポスト日本で唯一の黒いポストだそうです
 
この郵便局の中に郵便資料館があったようです
気づかずに通過してしまいました
 
寄ってみたかったです
日曜日だったので
オープンしたなかったかな




妻籠宿で
傘を買いました。
 
ビニール傘は、持ってたんですけどね
お土産物屋さんに
とても良い傘があったんです
 
奈良井宿で同じ傘売られていましたけど
ここでは、同じ物が
半額だったの!
ケチンボ母ちゃんなんで
半額で買える傘に飛びついてしまいました




嬉しいなぁ〜
雨の街道に新しい傘!
 
ピンクにすればよかったかなぁ〜
でも、嬉しい
 
雨の街道をスキップして
歩いちゃった
 


端午の節句が近いからか
五月人形がたくさん飾られてました
 
衣装は、ご自由にどうぞって
貼り紙ありました
 
はい!
元剣道部!
上段の構え!
 


お調子者なんで
こんな事は、喜んで
進んで体験します笑笑



少し疲れて!一休み・・・



木曽路名物!
朴葉まきを買いました
 
五月から七月の初夏に
米の粉で作った餅に餡を入れ
朴葉で包んだ物です



お店の入り口に
朴葉の枝が飾られてました、
 
花の蕾もついてました
もう少しで花が咲きそうです。
 
朴葉の木は、街道を歩いている時
説明を受けました。
 
そして、落ち葉は、たくさん見ましたが
こんな、若い葉を見られるなんて
ちょっと、感動!
 
もちろん
朴葉まきは、美味かったです
 


街道歩きの時は
買えなかった
栗きんとんも買って来ました。
 
これは、中津川宿の名物な様ですが
ここ、妻籠宿でも買う事ができました
 


中山道を歩いていたときは、
ここから、馬籠宿まで7.3キロ
2時間程でした
 
車での移動は、
妻籠宿から
馬籠宿まで、10分位で移動できました
 
妻籠宿は長野県ですが
馬籠宿は岐阜県になります
 
 
 
 
 
 
 
 
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鳥居峠越え 薮原から奈良井へ

2023-04-30 22:32:47 | 中山道
中山道歩きで鳥居峠を越えたのですが
団体行動だったので
ゆっくり散策することができず、
ぜひもう一度行ってみたいと
思っていました。
 
半年前に奈良井宿の伊勢屋と
言う江戸時代からの旅籠の予約が
取れました。
 
花子連れてこようと思いましたが
花子に降られてしまったので、
暇な三郎様誘って昨日
鳥居峠を超えてきました
 
高速道路で渋滞にあい
薮原駅に着いたのが
すでに13:50
  
3時間位で峠は越えられるようです
夕方までには峠を越えられるかな  
レッツゴーレッツゴーです
 
 
薮原駅を、出てからは
はしばらくアスファルトの道が続きました
 


ツアーで街道歩きをする時は
講師の先生について行けぼ良いのですが
三郎と2人となると
ちと!心配
 
この道であっとるかいな!
iPhoneで確認したり
地図を見たり
 
 
おっ!なんとなく峠っぽくなって来た



14:20 石畳の坂も出てきたぁ〜
 
 
この道であってると思う!
登り始めが遅いせいか、
誰にもすれ違わない!



14:40 登り始めて20分
休憩所が・・・
 
 
まだまだ、先が長いのに
三郎!
すでにダウンです
 
持参の甘いおやつを食べて
元気出します。
旅のノートがあって、
 
思い思いの事が書いてあります
この峠は、外国人にも人気の
峠越えの様で
英語の長文も書いてありました
 
三郎は、今度は、バーさんとでなくて
彼女さんと来たいですとか
書いてました



しばしの休憩で、元気が、出たので
再び歩き始めます
 
熊よけ鈴を鳴らしてから
レッツゴー
 


街道歩きのツアーでは、
中山道を忠実に歩きましたが
昨日は
近くに、遊歩道が整備されていたので
しばらくそちらを歩きました
 
遊歩道には、展望台やベンチなどが
ありました。
 
15:05 展望台からは
薮原宿が良く見えました
あそこから
登って来たのねぇ〜

 
御嶽神社に到着です。
なんとなく、ここが頂上な感じですが
どうも地図で見ると
 
標高から
ここではない様です
もう少し先です
 
しかし、気分的には頂上みたいに
感じます
 
 
この神社から、
御嶽山が見える様ですが
昨年も見えず
昨日も見えませんでした。



トチノキ群生地



トチノキの、穴に捨て子があり
子供のいない夫婦が育て
幸福になったとの言い伝えから、
 
この木を煎じて飲むと
子宝に恵まれるそうです
 
赤ちゃんがちょうど入るくらいの
穴でした



この時期の峠は
いろいろな花が咲いていて
とてもきれいでした



歩きながら、綺麗な花や
珍しい植物を見ると
朝ドラの「らんまん」の牧野富太郎の様に
君は誰と声をかけたくなります
 
 
 


新緑の木々は、
黄緑の感じで
とても、美しいです
 


下りは、体にも少し余裕があり
あちらこちら
眺めながら
ゆっくりと歩きました。

 
14:45 中の茶屋です。
 


一里塚跡!
母ちゃんは三郎に
鼻高に、一里塚の説明を
してあげました。
街道歩きで、
どんだけ一里塚見たことかウフフ
 
 
奈良井宿側の石畳見えて来たぉ〜
 


16:00 鳥居峠越え!
終わった〜
3時間かかると思いましたが
藪原駅から2時間で超えられました



奈良井宿が見えて来たどぉ〜

 
中山道難所の鳥居峠を越えて
江戸からも京都からも34番目という
真ん中の宿場町
 
奈良井川沿いに1キロにわたって街並みが続く
日本最長の宿場町です

 
江戸時代にタイムスリップです
 


この日のお宿は、ここ!
1818年創業老舗旅館
 
江戸時代は下問屋であったとのこと
 
伊勢屋さんです
昨年10月に予約しておきました
 
 


江戸時代は
この廊下を馬が通り
左側の馬小屋に繋いでおいたとの事
 
柱や梁の黒いのは
囲炉裏のすすで黒くなったものだそうです
 


このお部屋も、江戸時代からのもの
ここに江戸時代の旅人も
峠を越えて、
一服していたのかと
思うと、なんだか不思議な気持ちです。
 
これから、200年後は
どうなっているのだろか!
 
三郎はダウンしてます



部屋の窓から
街道を眺めます。
 
うぅ〜
 
時代劇の世界だわぁ〜
ワクワク!
 
水戸黄門の風車の弥七から、
風車が、
ピシッとか、飛んで来そうだわぁ〜



廊下に出て
階段を降りると、食堂になってます
 


なんか、刀とかも
飾ってあったよ!
すごい数の宿帳とかも並んでた!
 


夕飯は、木曽の山でとれる山菜や
川魚料理などで
美味しかったです。
 
 
 
この時期にしか食べられないと言う
ワサビの葉の漬物を出していただきました



木曽の大橋がライトアップされていると言うので
夕飯後に行ってみました
 


総檜つくりの太鼓橋です
ライトアップされて昼間の姿とは違った美しさでした

 
夜の奈良井宿も幻想的で素敵です

 
お宿の母屋に立つ三郎を
外から撮ってみました
なんだ良い写真が撮れました

 
雨が降って来ましたが
雨に濡れた街道もまた、
素敵です
 


誰もいない街道を独り占め
なんだかとても贅沢な気分



お土産物屋さんで買った
地酒を飲んで
親子で爆睡でした
 


お風呂はこんな感じでした
貸し切り風呂です
 
予約しなくて良いのですが、
うち鍵がかかっていなかったら、
入っても大丈夫との事
 
お客さん少ないので、
いつでも、すぐに入れる感じでした
 


このお宿!
不便なところがひとつ!
 
トイレと洗面所が遠い!
江戸時代にお部屋にトイレ、洗面所が付いていたわけではなく!
 
私達の部屋からは
階段降りて、食堂通って
離れまでの長い廊下を進み
やっと、トイレと洗面所です
 
あまり酒飲むと
トイレ近くなるし
階段も急なので
少し控えめにしておきました
 
夜中目が覚めましたが
寝てしまいました。
 
家なら
トイレ行ってました
 
間口が狭くて、奥行きのある
江戸時代特有の建物です。
これも、良い体験でした
 
 


外からはみられませんが
母屋と離れの、間にある
中庭も、綺麗でした
 
昨日は
外国のご夫婦3組
日本人3組のお客さんでした
 
昨年10月に泊まった時にも
感じましたが
このお宿・・・
 
とても静かです
周りが山でいろいろな音が聞こえないからなのでしょうか
なんだか、三郎との会話もひそひそ声になってしまいます
不思議な時間が流れていました
 
 

























 




 
 
 

 
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お六 櫛

2022-11-27 18:17:00 | 中山道

藪原宿の名物にお六櫛というのがあります

お六櫛の由来は

今から300年ほど前

木曽に住んでいた美人で評判の旅籠の娘

お六は持病の頭痛で悩んでいました

 

お六は頭痛を治したい一心で

御嶽山に詣で願掛けをしました

すると、ミネバリの木で作った櫛で髪をとくように

とのお告げがあり

 

朝晩黒髪を梳いたところ不思議なことに

持病の頭痛が全快したそうです

 

そこでお六はこの御利益を同病者にも

分け与えようと願い

「ミネバリの木」で作った櫛を売ってみたそうです

すると中山道の難所鳥居峠を越える東西の旅人の

評判となり木曽路藪原の名産

「お六櫛」として

全国に知られるようになったそうです 

櫛を買ったとき添付されていた説明書きをコピペしました



江戸後期には藪原宿の8割が

櫛に関わる仕事をしていたようですが

現在は数軒の店しかないそうです

街道を歩いていてもこの問屋さん1軒くらいしか

目に入りませんでしたね

中に入ってみたかったですが

ツアー中だったので入れませんでした



ミネバリの木

鳥居峠にあったミネバリの木達

落葉広葉樹で別名「オノオレカバ」と言われているそうで

斧もおれるくらい堅い木だそうです

ミネバリは算盤の玉・ピアノの鍵盤・印鑑・櫛

などに使用されるそうです

中でも木曽郡木祖村藪原は江戸時代豊富にあったミネバリの

木を材料にした櫛「お六櫛」は今でも

伝統工芸品として有名との事です

 

 
伝統工芸品だしね
藪原・鳥居峠を歩いた記念にほしいよなぁ~~
と思ったわけですよ
 
そんでね、今、旅行支援とかで
4000円のクーポンをいただいたんですわ
 
このクーポン・・・
旅行中にその旅行地で使わなくてならないわけで
せっかくなので櫛を買おうっと
思ったわけです
 


お六櫛と一口に言いましても
ピンからキリまで
 
ミネバリの木で作られていない櫛まで
お六櫛として売られていたりするのです
 
奈良井宿にお泊りした時
何軒か土産屋さんを
のぞいたのですが・・・
紳士物の櫛は少なく
 
どうせクーポン使うのだし・・・と
思って、父ちゃんにこの櫛を
クーポンで買いました
 
クーポンでは足りませんでしたので
少し足しました

 
手のひら程の幅に
100本もの歯を作る匠の技は
日本遺産に認定されているんだって・・・
 
江戸時代はお土産として人気があったそうですが
現代は自分ように買い求める人が多いそうです
 
父ちゃんのちょんちょろ髪の毛に
こんなに高価な櫛買っちゃって
自分に買わないわけないでしょう・・・
ってことで
自分用に普段使いの櫛を買いました

 
土産屋さんでたくさんのお六櫛見たけど
作者の名前が書いてあった櫛は
ここだけだったので
より貴重な櫛に思えました
古畑益朗作ってシールが貼ってある

 
父ちゃんの少ない髪の毛ちょんちょろ頭に
この櫛はもったいなかったなぁ~~と
思いましたがね
 
まぁぁ~~ね
街道歩きに毎回気持ち良く送り出してくれるので
このくらいのお土産はいいかな~~
 
お六櫛って
3代使うことができるんだってよ
 
父ちゃん使って
太郎が使って
小太郎も使うことができるって事ね
 
父ちゃんの頭に使うのはもったいないけど
成長した小太郎が使えるのかと思うと
もっと、高価な櫛を買えばよかったと
思うのは不思議です笑笑

使い心地は、
櫛が頭皮をマッサージする感じよ!
ちょっと痛いかも!

ブラシとちょっと違った
使い心地です

私は頭痛持ちでないので
頭痛緩和に、効果があるかどうかは
わかりません
 
 
 
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奈良井宿に泊まってみました

2022-11-26 17:53:16 | 中山道
11月13日
藪原宿の村民センターでこの日のゴールを迎え
 
12:30~13:40まで
遅めの昼食を取って
 
14時には
塩尻駅で現地集合の方は解散となりました
 
新宿駅集合の方々は
ここからバスで4時間位かかると思うのですが
帰って行きました
 
私はこの日、奈良井宿の旅籠「伊勢屋さん」
宿泊の予約を入れておきました
 
なので、塩尻駅から中央本線中津川行の
各駅停車の電車に乗って
奈良井駅に向かいました
 
15:06 塩尻駅乗車
 
街道歩きで歩いた洗馬・贄川・木曽平沢などの駅を
通って奈良井駅に着きました
乗車時間は20分弱です
3日間歩いた街道を戻った感じです
 
 
15:35分、奈良井駅着
 
奈良井駅にはこの日鳥居峠で出会った
軽装の外国の方々がたくさんいました
 
峠を越えて奈良井宿で1泊するのかと
思っていましたが
列車に乗ってどこかに帰るようです
 
中央線で東京の方に帰るのやら
長野の方に帰るのやら
とにかくみなさんずぶぬれで
お気の毒でした
 
やはりトレッキングとはいえ
山歩きはしっかりとした準備が必要ですね


宿場内は雨も降っていましたし
時間も16時でしたので
人はあまりいませんでした
前日に歩いた宿場の様子とは違っていました




この画像は
前日の街道歩きツアーの自由時間の時に撮ったものです
前日も夕暮れ時でしたので
あまり多くの人はいませんでした
 


この日のお宿は
伊勢屋さんです
 
奈良井宿の脇本陣兼下問屋をつとめていたところで
今は民宿を営んでいます
 
NHKの新日本紀行という番組で
木曽路の放送があったときに
このお宿が紹介されていました
 
昔の町屋の面影を残す建物で
間口が狭く奥行きの深い建物です
 
 
中に入るとすぐに階段が・・・
ここを上がると母屋の客間になっているようです
 
 

天井も高いです

 
江戸時代は下問屋だったとの事で
ここに馬などがつながれていたそうです



さらに中庭を抜けて



さらにこの奥に
 
 
この日の私のお部屋が
ありました
ごくごく普通の和室でした
 
 
お風呂は共同でしたが
誰もいなくて綺麗で
ゆっくり入浴出来ました

 
洗面所は部屋の前です
街道からのたたずまいは江戸時代そのものですが
中は宿泊するのにまったく不便を感じない
現代の設備でしたよ

 
食事はこのお部屋で
皆さんと一緒にです
この画像は朝食時の物です

 
お客さんは3組・・・
私はおひとり様ですが
後の2組は外国の方
 
一組はアジア系のご家族のかた
もう一組はアメリカからのご婦人3人組
 


英語喋れませんが、
マスクケースで、折り鶴折って
プレゼントからの
国際交流ってか?
 
旅の恥はかき捨てじゃ〜い
って、
私は旅に出ていなくても
いつも恥かいてます笑笑
 


食事は
きのこの盛り合わせ
地元野菜の煮物
信州サーモンのお造り
塩尻名物山賊焼
ぶっかけとろろ蕎麦などなど
 
地元の美味しい食材での
夕食でした。
 
信州産虹鱒の唐揚げが甘辛タレで
激うまだった。
 
おかみさんの話では、
タレは、継ぎ足しの長く使っているものだと
言ってました。
 
食堂には、
2020年に改築の時
屋根裏から出てきた古文書が
展示されていました。
 
例幣使の方々が宿泊したと
書いてあるそうです。
おかみさんが説明してくれました



江戸時代の旅人になった気分で
ゆっくりと休む事ができました。
 
夜が明けて、明るくなってからの
お宿です
 
 
奥行きのある長い廊下・・・

 
夜はあまり良く見えなかったけど
中庭も綺麗です。

 
街道からは、この庭が建物の中にあるなんて、
想像できません
 


さて、早朝の奈良井宿に繰り出します。
前日の夜は雨でしたが
この日は晴天よぉ~~
 
 


鳥居峠の上がり口にある鎮神社が京側の宿場の端です
 
 
神社の境内からの奈良井宿です

 
鎮神社から鍵の手あたりのこの町並みは
朝ドラの「おひさま」の撮影で使われたそうです

 
街道歩きのツアーで夕飯を食べた
徳利屋さん
 
江戸時代は旅籠でした
島崎藤村はここに泊まって
夜明け前の1部分を執筆したそうです
 


奈良井宿には6か所に水場があります
山から湧き出る水は飲料水や生活用水として
大切にされているそうです
 

どこから眺めても絵になる景色で
画像を選ぶの難しいです
撮ってきた写真全部載せたいわ・・・
 

 
こちらの油屋さんという
旅篭も今でも泊ることできますが
1日1組様との事
予約とるの難しいと思う

 
1キロにわたる町並みが昔のまま残る奈良井宿は
日本最長の宿場だそうです
 
そんでここで生活をしている方々がいらっつしゃるのですよ
お土産屋さんなども多いのですが
 
こんな風に野菜が干してあったり
柿が干してあったりするんです
 
早朝の宿場では、ここで生活する方々が
家の前を掃き掃除してました
 
「おはようございます」と会話を交わしました
こんなことは宿泊をしなければ経験できないことです
 

 
前日の夜
遅くまで開いていた
お土産屋さんのおばちゃんが
 
お茶飲んで行け
芋食べて行け・・・って
 
昔から知り合いだったおばちゃんみたいに
フレンドリーなのはなぜになの・・・
 
 
このおばちゃんのお店
翌日も行っちゃった・・・
 
「旦那さんによろしくね」
なんて前夜におしゃべりした父ちゃん話も
覚えていてくれたみたい

 
早朝の奈良井宿をひとりじめです

 
奈良井川沿いになだらかに街道を下った所
宿の江戸側の入り口近くに
杉の並ぶ古道があります
 
この道は中山道があった当時のままとの事
江戸時代の旅人の姿が想像できます
 
 
木曽の大橋
 
樹齢300年以上の木曽檜づくり
 

 
橋脚のない橋としては
有数の大きさだって・・・

 
11:26
奈良井宿を後に
塩尻駅に向かいました
 
11:26分の電車に乗らないと
次の電車まで2時間待ちです

 
伊勢屋さんの宿泊予約は来年の4月まで
満室でした
 
今回ダメ元で
ツアーの終了する11月13日に
キャンセル待ちで予約を入れておきました
 
ラッキーなことに
外国のお客様のキャンセルがあったとの事で
泊ることができました
 
この日に泊まれるとは思っていなかったので
4月にも予約を入れてあります
 
念願の旅籠に泊まれたので
4月はキャンセルしても
よいのですが2人分で予約しましたので
三郎か花子を誘って
また春の奈良井宿を楽しもうかなぁ~~と
思っています
 
今回の旅籠宿泊を街道歩き友に話したら
「奈良井宿なら2時間もあれば十分に楽しめるわよ」
って言ってました
 
確かに・確かに
観光で町並みを見てお土産を買うくらいなら
2時間で充分なのでしょうが
 
私は宿場町の旅籠に1度
泊ってみたかったのです
 
東海道・中山道と歩いてきましたが
ツアーでは宿場に泊まることはできません
大人数ですし、ツアーの予算では無理です
 
そもそも、旅籠が残っていて
今も営業している所なんて
数えるほどしかないんです
 
しかも
宿場の町並みが残る奈良井宿の
旅篭に泊まれるなんて
これは魅力的なことでした
 
京側から来た人
江戸側から来た人が
旅篭で情報交換をする・・・
 
今みたいにSNSで瞬時に情報を得ることの
出来ない時代に
このお宿でどんな会話が繰り広げられていたのかと
想像するとなんだかわくわくしちゃった
 
京側から鳥居峠を越えてきた人は
その大変さをこれから超える
江戸側から来た
旅人に語っていたんだろうね
 
峠越えは大変だから
変えのわらじをしっかり持つんだよぉ~~
とかね・・・
 
初めての旅籠泊まり
貴重な体験でした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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中山道 鳥居峠越え 薮原宿 35宿

2022-11-25 12:32:30 | 中山道
11月13日 曇り
8:00 ホテルをバスで出発
8:45 前日の歩き終わり鎮(しずめ)神社到着
ここからこの日のスタートです
 
鳥居峠を越えます
この日は雨の予報が出ていました
峠を越えるまでどうぞ降ってきませんように・・・
峠の始めは石畳です
 
 
鳥居峠は藪原宿と奈良井宿を結ぶ
約6キロです
 
江戸時代の旅人にとっては難所であったようですが
今は道も整備されていて
トレッキングコースです

 
この日は紅葉が美しく
赤や黄色に彩られた木々を眺めながら
かわいい石像などを見つけながらの
峠越えです

 
茶屋などもあり休憩もできました

 
8つの橋を渡るとの説明を受けました
 
 
道は整備されているのですが
落ち葉などで案内板が埋もれていたり
目立たなかったりで
やはり山歩きは細心の注意が必要と思いました
私達は講師の先生のあとをついて行くだけなので
気楽なんですが・・・
 


 
鳥居峠の1番高い所
標高1197m
狭い山道の傍らにこの石碑があるのみ

 
皆さん立ち止まる広さもなく
通過時に石碑にタッチするくらいです
石碑の前で写真撮りたかったなぁ~~
 



時折クマよけの鈴なんかもありましたよ


 
子産みのとち
このとちの木の空洞に捨て子があり
その子を育てた村の夫婦が幸せになりました
って伝えがあるとちの木
こんな話、東海道にもあった気がします
 



このあたりはとちの木の巨木がたくさん並んでました

 
「木曽の栃うき世の人の土産かな」
の芭蕉の句碑がありました
芭蕉ってどこにでもいってんだなぁ~~
 
そんで、どこででも句を読んでる
歌人だからあたりまえかぁ~~
 
私は、どこの景色も写真に残してます
歌はよめん・・・
 
 
御岳神社
 



神社に至るまでに鳥居があり
この鳥居が建てられたことによって
この峠を鳥居峠と呼ばれるようになったそうです
 
 
神社の周りには多くの石仏や石碑が建てられており
御嶽信仰の盛んだったことを思わせると説明されました
 

 
晴れていたらここから御嶽山が見えるようですが
この日は見えませんでした

 
御嶽神社から峠を下って行くと
山々が迫る木曽谷を望むことができました
ここから九十九折の道や急な坂を下って
藪原宿を目指しました



 
下り道も整備されていて
歩きやすかったです
 
ここらへんで
藪原方面から登ってくる外国の方々に
何人も出会いました
 
藪原から峠を越えて
奈良井宿の昔の町並みを見たときは
感動するだろうなぁ~~
と思いましたわ
 
私達日本人だって
奈良井宿に入ったときは感動したもの・・・
それが峠を越えてあの町並みを目にしたら
絶対感動すると思う・・・
 
おしゃべりな私なんで
外国の方々にも話しかけたいとの思いは
山々なのですが
なんせ、英語が喋れない・・・
 
そんでも思いを伝えたく
日本語で
「頑張って~~」と
 
これから峠を越える外国の方々にエールを
送ったわけです
 
それにしても
外国の方々は軽装でした
半袖のシャツにサンダルもどきの靴
トレッキングになれているのでしょう
 
私にとっての峠越えは
一大決心の必要なことですが
雄大な土地に暮らし
鳥居峠越えくらいは
庭を歩くようなものなんでしょうか
 
午後から雨の予報の中
どうぞ無事に峠を越えられますように・・・
 


外国の方々にもわかりやすい
今風の道案内石碑がありました

 
長かった下り坂をおえて
こんな素敵な道を歩きます
 
 
こちらが京方面・
藪原からの峠越えの
案内版です
 
私達にとっては
峠の終わりです
無事に雨にも降られずに
峠を越えることができました

 
峠を越えると
尾張藩の御鷹匠役所跡があります
なにそれ・・・
って感じです
 
山の中の鷹の巣を見つけて
ヒナを飼育するところなんだって
 
大きく育った鷹を将軍家とか藩主とかが
鷹狩したらしいね
なぁ~~んだ
自然に飛ぶ鷹を狩ったんじゃないんだね

 
ここ役所跡を下ったところに
飛騨街道の追分があり

 
中央本線の走る鉄橋を渡り
 
 
藪原宿に入ります



藪原宿
 
本陣 1軒
脇本陣 1軒
旅篭 10軒  
 
戦国時代に木曽義昌が木曽11宿を定めたころよりの
宿場町
 
昔から櫛の生産が盛ん今でもこの櫛の生産は
伝えられている
 
本陣跡
木曽11宿の中では最大であったが
今はなんも残ってなかった
 
 
本陣跡周辺の街道の様子・・・

 
最近まで営業していた旅篭・・・米屋
今は営業していないようでした
 
 
1695年
大火のあと防火を目的とした高壁が作られ
今も宿場内に2か所
土盛り石垣の1部が残ってました
 

11:35 藪原神社





社名は、はじめ熊野社であったが
明治4年に現在の藪原神社に改称されてそうです




藪原1里塚跡 江戸から66里




12:00
村民センターゴールです
 
11月11~13日の中山道を歩く23回
「塩尻から藪原」までの3日間が終了しました
 
コロナでのツアー中止で中山道の旅は
なかなかサクサクと順番通りに進まず
また自分の体調や家庭の事情なども
あり33回の行程を順番どうりに進めない方もあります
 
今回のたびでは
そんな中
この回をもって中山道六十九次
534Kを完歩した方がおりました
 
参加の皆さんでお祝いです
完歩に4年かかったそうです
 
私も今回で最終回の33回を残すのみと
なりました
中山道手ぬぐいに歩いたところを緑のマジックで
線を引いてきました
 
 
最終回33回は
草津宿~京都三条大橋までのコースです
 
草津宿で東海道と中山道は合流しますので
東海道を完歩した私は
このコースをすでに
歩いており
 
今回の藪原宿で実質的な
完歩でございます。
祝・祝・祝です

 
最終回は東海道と同じだし
ツアー代金がもったいないから
「歩かなくていいんじゃねん・・・」って
父ちゃんは言います
 
なにをおっつしゃるおやじさん
ですわ・・・

コロナに奔走され
いくつもの峠を越え
暑い夏の街道
北風の吹き付ける街道を

1つ1つ宿場を越えるごとにいただく
講師の先生の印鑑を楽しみに

一歩一歩歩いてきた534キロなんですわ
最終回を歩かない選択はありません・・・

 
完全完歩の方と
実質的完歩のなんちゃって完歩の私と
記念写真撮りました

なんちゃって完歩の私が
ちゃっかり真ん中です笑笑
 



最終回33回は

来年2023年5月下旬です
順番通りに歩いてくる皆さんを待ちます
だいぶ先になりますが
 
歩く中毒のアル中かかあ天下は
甲州街道・日光街道などをぼちぼち
歩きながら5月を待ちます
 
 
 
コメント
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