7年従軍した父は
戦争の話をしなかった
10代から
三井物産に勤務した父は
戦争の各地で三井物産から
どんなに食料の歓待を受けたかを
しきりに繰り返した
とある島の住民に貰った
熟れたバナナが
いかに旨かったかを説明し
収容所でも
食料の差し入れがあったと話した
部下5人を死なせまいとし
全員無事で日本に生還した日
どしゃぶりの雨の中
部下の母が
(ありがとうございます)と
地面に手をつき頭を下げたと
嬉しそうだった
それから何年も経った
ある日父はふと話した
(坂道を歩いている時、
背後に人が近づくと困る)
(俺が振り向きざま、
殺してしまいそうで)
父は戦争の話をしなかった
のっぴきならぬ事態が起きる迄
軍人年金も受け取らなかった
私は
語ろうとしない父の口が漏らした、
坂道の話で
人と人とが殺し合う
痛み、の戦争を知りました
R1.10.14