きれいなきれい〈田添公基・田添明美のブログ〉

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孵化期         田添明美

2020年04月15日 09時54分36秒 | 「いたずら」田添明美

途方もなく天井の高い飼育器のなかに
君はいた。

飼育人は定刻にやってきて餌を与える。
ふりつもる「今」に嫌気がさし窓枠に手をあ
て切り取られた風景をながめる過去もあった
が 耳の奥に棲むひなたくさい声にもやがて
背を向け君はざらざらした床に踞った。
昏い排出。
深い悲鳴。
雌鳥が卵をあたためるように君は汚物を掌で
あたため
そして
どうしても
のめ、ない羽撃きのように
汚物を壁に擦りつけている。

飼育人が定時にやってきて掃除を始める。
床をブラシで擦ると水がはね
鋭い
空気がほぐれ
くりかえし、何かが崩れていく。
踵がない、ない踵をつけて歩くこころよさも
く(ずれていく。

ことばの届かぬ、反対側から君はそれを見て
いた。
くちびる。
君はそれを見ていた。

飼育人は定刻に解散した。
夜明けにも街は飼育器であふれ
おびただしい君はあふれ
汚物を洗う街はぬれ
咽喉のおくで
いっせいに
向きを
かえる

街は
ふいに君を吐きだした。
「孵化期はすでに
     おわった
 出ていき
 そして話しかけなさい」

途方にくれ君は踵をくりだす。
途方もなく高い天井
ない踵をあなたの
ない踵へとのばすように
おびただしい君は前方の君を見ていた。
ひさしぶりに履いた靴
唇が開いた

もう眺めることもない、
唇が開いていた。


         H10.3.19