東洋医学の理論~人間が病むということの過程的構造からの東洋医学的治療論~

人間が病むということの過程的像から、鍼灸等の問題を説いてみたいと思います。よろしくお願いいたします。

「五臓の病証」について〜東洋医学と一般教養の学び〜

2016-02-08 00:42:31 | 鍼灸理論・東洋医学
 「新・東概」で、五臓の病証についてまとめた。中国文化にかかわっての一般教養の学びの必要性、その有効性、痛感した。

 後期末試験の東洋医学概論の試験勉強として、五臓の病証(証名、症候、舌・脈象)についてまとめた。
 五臓の病証については、意味不明の漢字の羅列との先入観があって、かつ、まずは「気」とか「陰陽五行」とかの、基本的、根本的な概念の把握こそが先決であるとの思いがあったので、学校での授業以外では手をつけずにこれまで来たのであるが、後期末試験の範囲であるので、やむを得ず、そのまとめ行った。

 五臓の病証、具体的には、肝の病証「肝鬱気滞、肝火上炎、肝血虚、肝陰虚、肝陽上亢」、心の病証「心気虚、心陽虚、心血虚、心陰虚、心火亢盛、心血瘀阻」、脾の病証「脾気虚、脾陽虚、脾虚湿盛」、肺の病証「肺気虚、肺陰虚、風寒犯肺、風熱犯肺、痰湿阻肺」、腎の病証「腎気虚(腎気不固、腎不納気)、腎陽虚(命門火衰)、腎陰虚、腎精不足」、六腑および臓腑相関の病証「肝胆湿熱、小腸実熱、食滞胃脘、胃熱(胃火上炎、胃陰虚)、脾胃湿熱、大腸湿熱、膀胱湿熱」があり、それぞれに症候があって、舌・脈象がある。

 当初は「意味不明の漢字の羅列!」との思いがあったので、必要だから仕方なしに、のまとめであったのだが、まとめていくに従って、「?」と思うことが何度かあって、「何だ!これは要するに、中華料理の名前と同じことなのか!?」との思いとなっていった。
 
 どういうことかと言えば、中華料理の名前は、いくつかのパターンがあるが、要するに、材料名や調理法、調味等を組み合わせて名前にしたもので、具体的には、青椒肉絲「青椒(=ピーマン)+肉絲(=細切り肉)、の炒め」、炸鶏腿「炸(=揚げ物)+鶏腿(=鶏のもも肉)」等々である。
 それゆえ、中華料理の一般教養があれば、調理法とか材料、調味について知っていれば、未知の料理であっても、料理の名前を聞くだけで、どんな料理か分かるだけでなく、作ることすら出来る!(これは昔々、中華料理を教わった時に、教えてもらった事である。)

 同じくに、例えば、食滞胃脘と言えば、飲食物が胃の中に(脘=胃の中腔、漢辞海 第3版、三省堂)滞ったことによる病であり、その症候は、上腹部の張痛、腹部の拒按(押されることを嫌がる)、胃腸の働きの失調による便秘、おなら、胃に食物が滞ることによる、げっぷ、悪心、嘔吐であるし、例えば、風寒犯肺と言えば、風邪+寒邪が肺を犯すことで咳嗽などの症状が出たものであり、これが風熱犯肺になると、風邪+寒邪のかわりに風邪+熱邪によって肺が犯されたものであり、似た症状であるが、寒邪と熱邪との違いから、前者は寒邪の症状が後者は熱邪の症状があるという違いがある。ということになる。

 上述のごとくに病証名を捉え返して、五臓の病証を改めて眺めてみると、複雑で難しい、意味のない羅列と思っていた病証名も、青椒肉絲と同じことで、病の実態を語ってくれているものと思えた。
 まさに、「常には黙して語らぬ数字(ならぬ漢字・・・青龍)も、有識の人にのみは口を開く」(グスターフ・フォン・リューメリンの言葉)なのだ!と思えた。

 五臓の病証。本当は、大した問題ではないのに、中国文化にかかわっての自身の一般教養の無さがゆえに、大難問のように思えていただけなのだ!と東洋医学の学びにおいても、一般教養の学びの必要性、その有効性を痛感させられた。
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