K巨匠のいかんともなるブログ

K巨匠:英国から帰国後、さらに扱いづらくなった者の総称。
また常に紳士的ぶりつつも、現実には必ずしもその限りではない。

中国という国の本質

2008-10-06 09:36:54 | 世界情勢
今までKの友達に中国人が多いという理由で、度々中国という国のことを扱ってきたが、今回はその総まとめをしたいと思う。

というのも、第一に今まで書いた内容はその時に感じたことを書いたに過ぎず、多分に誤りがあること、第二にこれからKのコースが始まることに伴って、自分の興味が専門領域である中東・ヨーロッパ地域に移ると思うからである。だから最後に今まで考えてきたことを要約しておきたい。

Kは今まで友達と多くの時間を過ごすとともに、その背後にある価値観を探り、中国の本質とは何かを考えてきた。この国は将来日本に強い影響を与えると思うので、知っていて損はないかと思ったからだ。本題に入る前に付け加えておくと、もちろん探偵のように常に彼らを観察していたわけではない。ただ、Kに強い影響を与えた先生は、常に人を観察しろといった。人の言ったことだけでなく、何を言わなかったかにも注目して、分析を深めろと言った。なぜなら、人の行動は社会や国に強い影響を与え、国際情勢をも大きく動かすからである。だからKは彼らと遊びつつも、自分が感じたことを大切にしようと思った。

前置が長くなったので、そろそろ本題に入る。そもそも「中国の本質とは何か?」という問いは非常に曖昧なので定義しなければ始まらない。とはいっても、本質という言葉は多義的に使われうるので、ここでは行動原理という意味に限定しようと思う。何が最も中国人を動かすのか。何が中国という国を動かすのか。このことについて考えていきたい。

結論からいうと、それは金(もしくは経済)ではないかと思う。もちろん根拠の大部分はKの経験なので学問的ではなく、またかなりの程度で一般化していることをお断りしておく。このことを考えたのは、まず中国人の言動にある。彼らは将来の仕事の話をする時に必ず給料の話をする。日本人の場合、仕事というと、やりがいだとか、環境だとか、福祉だとか、ブランドだとかと並んで、給料という指標がくる。しかし、彼らの場合だとやはり金だ。ただし、彼らには金を不純なものとしてみる日本人の精神は希薄なようである。日本人に「金持ちだね」というと、尊敬の念と共に嫉妬と軽蔑の念が混ざっている複雑な感情が表出する。だから日本人の大部分は、金持ちでも金持ちといわれることをあまり好まない傾向にある。けれど、中国人にいう金持ちは大抵の場合は褒め言葉だ。

中国は西洋の大学に大多数の学生を送りだしているが、この事実は中国人が国際的志向が強いということを必ずしも意味しない。というのも、中国という国は80年代から市場が開放され、経済が急速に成長するようになった。その時から多くの会社が生まれ、成功を収めていった。それが今の留学生の両親の世代だ。この世代の人々は市場の開放にともなって、ビジネスをしなければならない環境に追い込まれ、その一部は成功した。彼らは金はあるが大概低学歴で、そのために自分の子供たちによい教育を受けさせようと、どんどん海外に送り出しているのである。仮に子供たちがあまり賢くなくて、中国の大学入試に受からなかったとしても、お金さえあれば海外の大学はある程度融通は利くという理由もある。こうした親の影響を受けた中国人はほぼ100%ビジネスのコースを選択し、将来高い給料を稼ぐことを願っている。

また、国全体としても経済中心主義で、経済発展のために現実主義的に動く。削減義務を負っていない京都議定書には批准したものの、その後の環境フレームワークには消極的だ。また資源の確保が経済成長のために不可欠であるので、資源国とは有効な関係を築こうとしている。そのため、イランの核開発疑惑問題などにおいて強硬な態度をとる欧米とは一線を画した姿勢を示している。

中国の経済はまだ発展途上にあり、これからしばらく彼らの経済発展主義は続きそうである。もちろん、Kは中国人のことを金の亡者とか悪い意味でいっているのでは全くない。むしろ、こうした傾向は発展途上国にある程度共通してみられる現象である。もし中国にそれが顕著に見られるとしたら、それは中国人が非常に世俗的で、彼らを縛る宗教的規範が他国人に比べて希薄なのも一因かもしれない。

そして最後に付け加えたいのは、彼らは概して日本人に対して友好的である。日本では反日デモや食料問題など、中国の悪い部分が取り上げられすぎているので、この国にあまり良いイメージを抱いていない人が多いが、メディアはかなりの誤解を日本人に与えているのではないかと思う。民族的な理由で日本人を差別的に扱う中国人は(少なくともKの周りには)ほとんどいない。

中国はますます大国になるだろう。日本と中国がお互いの良いところを認め、尊重しあうためにも、この国のことを知っておいて損はないはずだ。