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上海☆DAYS ~明天也是好日子~

上海での日々の記録とつぶやきなど。

ホーチミン街歩き。

2013年02月20日 | 旅行(その他)
旅行は街歩きが楽しい。

今回初めてベトナムの街や郊外の村などを見て思ったのは、どこも結構清潔だということ。
街中にはお掃除している人がいることもあるけれど、オールドマーケットや屋台、ローカル食堂や
観光地のトイレなども、全体的にこざっぱりとしていて中国より衛生的。マナーがいいのかな?
バイクもほとんど日本車できれいだし。(笑

街の中心部から少し離れたチョロンというチャイナタウンは、またちょっと違った印象で・・。

西洋建築と中国風の門や赤い提灯飾りの組み合わせが何とも不思議な雰囲気のカトリック教会があったり、



18世紀に建てられたディエンハウ廟という装飾が立派な中華風のお寺があったり、



道端で野菜や鶏を売る屋台が出ていたり。


普段は卸市場や問屋街などがあってかなり賑わうこの地域も、旧正月中なのでお店はどこクローズ、
ガラ~ンとしていたので、本来の姿は分からないけれど、どこか汚れて雑多な感じは中国本土で
見かける風景とほぼ同じような。
 

そういえば、このチョロン地区は、映画『愛人/ラマン』の舞台になっていたそうで、南ヨーロッパの
小さな町にありそうな古いアパート風の建物も所々に残っていた。


ベトナムは、中国とフランスと自国の文化がミックスした独特の風合いがあって、それは雑貨やポスター、
本の表紙などのデザインにも表れている気が・・・。

 

いかにも「チャイナ」なデザインは好みが分かれるけれど、ベトナム雑貨は身に付けてもインテリアにしても
馴染み易いほどよい異国感があって、日本人女性に人気なのも分かるような気がした。

その楽しみにしていた買物はといえば・・・


旧正月でお目当てのお店がお休みだったり、ベンタイン市場がオープンしたのが、私達が上海へ帰る
旧正月4日目からということで、短い時間しかなく、残念ながらザッと見るだけで終了。
じっくり探せば、掘り出し物が見つかったかもしれないなぁ。

ベトナムで買い物を重視したい方には、やっぱりテト(旧正月)の時期は避けた方がいいかもしれません。


クチトンネルとメコン川。

2013年02月18日 | 旅行(その他)
せっかくなので、ホーチミンから行けるベトナム戦争歴史遺産のあるCu Chi(クチ)とメコン川クルーズの
一日ツアーに参加してみることに。

先ずはホーチミン市内から北西に約70km、車で2時間程度でクチトンネルに到着。
ここの地下には、南ベトナム解放軍によって掘られたトンネルが張り巡らされていて、米軍を苦しめた
ベトコンゲリラ達の戦略や生活の様子を垣間見ることができる。

当初は抗仏戦の為に掘り始めたトンネルが、やがて米軍の攻撃から守るためにどんどん深くなり、
最後には3階建で全長250km(!)もの長さになっていたのだとか。

 
<這うようにして歩かなければならないほど狭い>               <トンネルの中に更に下へ降りるトンネルが>

実際にトンネルの一部に入って70m程移動したけれど、乾季のこの時季でも蒸し暑いし、進むだけで息切れ。
こんなものをよく造ったものだと感心せずにはいられない。

他にも、彼らは米軍の不発弾を武器に造り変えたり、足跡が残らないようにタイヤで作られた靴など、
敵に見つからないように工夫して暮らしながら、所々に落とし穴等の様々な仕掛けも作っていた。

 
ただの道にしか見えないのに・・・               実はベトコンが隠れてる! 
 
こんな落とし穴に落ちたら串刺しになってしまう。怖いっ!

『彼らの姿はどこにも見えないが、どこにでもいる』

上海に戻ってから、映画『プラトーン』をもう一度観たけれど、実際にこんなジャングルで戦っていた米軍兵の
視点から見れば、本当に恐ろしかっただろうなぁと想像する。
だからといって枯葉剤を散布してしまうとは・・・

戦争とはどういうことなのか、改めて考えさせられる場所でもあった。
ホーチミンに来たら、寄ってみる価値はあると思う。

さて、気を取り直して、次は再び1時間半くらい車にゆられてメコンデルタの港町ミトーへ。
レストランでランチの後、↓こんな船に乗ってメコン川を渡り、対岸の小さな島へ。


メコン川は広く、土色をしているけれど汚れているわけでは無く、夜はホタルがきれいなんだとか。

島に到着すると、お土産屋さんの呼び込みの間を通り抜け、蜂蜜茶をサービスされたり(蜂蜜の販売)、
ココナッツからキャラメルを作る過程を見学したり(キャラメルの販売)、南国フルーツを食べながら
歌と演奏を聴いたり・・・

 
観光で成り立っているこの島に来るツアーには組み込まれているのは分かっているけれど・・・。

最後に、やっとお待ちかねの手漕ぎボートでジャングルクルーズ。
こんな風に、おばさん(ORお姉さん)が竿で一所懸命漕ぎながら小舟は狭い水路をスイスイと進む。



時々渋滞したり、すれ違う船とぶつかったりしてちょっとスリリング?!だったり、島で暮らす人々の
のどかな生活も垣間見れて、短い時間だったけれどちょっとした南国体験が楽しめたかな。




ホーチミン市内観光。

2013年02月16日 | 旅行(その他)
ホーチミンは人口850万人ともいわれるベトナム最大の経済都市。
でも、主な観光名所は街の中心部にあって、歩いて回れるくらいコンパクト。

フランス統治時代の建物と近代的なビルとか入り混じる活気ある街で、どこか上海にも似ているような気も。

冒頭写真の重厚な赤レンガの教会は、19世紀末に建てられた聖母マリア教会。
そしてその隣には、壮麗は中央郵便局が建っている。
 
こちらも19世紀末の建築で、内部はアーチ型の高い天井に木製の電話ボックスなどクラシカル。
正面にはホー・チ・ミンさんの大きな肖像画が掛けられていた。

同じ頃に建てられたものとして市民劇場も。(↓左写真)
ガイドブックによれば、フランス統治時代はオペラハウス、南ベトナム時代は国会議事堂だったそう。
街角には西洋風のアパートがちらほらと。
 

フランス統治時代の建物の中でも、特に際だっていたのが人民委員会庁舎。
シティホールとして建てられたもので、昼間は壮麗な装飾と黄色と白の壁が青空に映えて、夜はライトアップされて、
どちらも美しかった。
残念ながら中には入れないので、外から写真のみ。



ホーチミンのことを「東洋のパリ」と最初に言ったのは誰だろう。
そう言われると聞こえはいいし、現在も残る西洋建築は、確かに優秀建築だし壮麗で美しい。
けれど、その背景にあるこの国の歴史を考えると、ちょっぴり複雑な心境に。

特に記憶に新しいのはつい40年ほど前に終わったベトナム戦争。

 
ホーチミンの戦争証跡博物館では、実際に使用された米軍の戦車や戦闘機などが展示されていたり、
ロバート・キャパなど世界のフォトグラファーやジャーナリストが撮った写真や資料で、戦争の様子を
生なましく伝えている。
中でも、米軍が撒いた枯葉剤が人体に及ぼした影響を見るのは本当に辛かった。

その戦争が終結することになった場所が、旧大統領官邸である統一会堂。



住居部分や応接間などの立派な部屋から、戦時中は軍事基地にもなっていたため、地下には指令室や
暗号解読室などがそのまま残っている。
 

1975年、今では緑豊かで美しいこの場所に解放軍の戦車が突入したのだそう。
そのベトナム人達が、強力な武器を持つ米国に対抗して戦った場所については、また次回。


ホーチミンで旧正月。

2013年02月15日 | 旅行(その他)
花火と爆竹の轟音と煙に包まれて迎えた中国の新年(旧正月)。
年明けと共に寒~い上海を抜け出して、向かった先はベトナムのホーチミン(サイゴン)。

が、ベトナムも旧正月"Tet"をお祝いする国だということに気付いたのは旅行直前。
中国と同様に多くの人が田舎に帰省してしまう為、お店やレストラン、公共機関はほとんどクローズ、
街は静かでいつもの活気があるベトナムとは違うと聞いて、あぁ~しまった!と思ったけれど・・・

没問題!(No problem!)

確かに、日中は道路も空いていて渋滞は無く、デッパートや市場、個人店などの多くは閉まっていたけれど、
観光名所も見学できたし、観光客向けに空いているお店やレストランもあったので困ることは無かった。

想像以上に欧米の外国人観光客も多かったし、ちょうど街の中心の大通りは様々なお花できれいに飾られた
フラワーロードになっていたり、その横ではブックマーケットが開催されていたりして、帰省していない
地元の家族連れなどで大賑わいだった。

 

日中は青空に太陽が照りつけて、気温35℃位まで上がる南国の気候。
陽が暮れると、建物や通りのイルミネーションが点灯し始めて、昼間とはまた違った光景に。

 

やがて四方八方からバイクで人々が集まってきて・・・



あっという間に道路はバイクと車と人で埋め尽くされてしまった!

話しには聞いていたけれど、とにかくバイクの数がハンパ無い!
大人2人乗りは当たり前、家族3人・4人乗りもた~くさん。(大人2人に子供1人まではOK、4人から"注意"なのだとか(笑)

フラワーロード周辺はすごい人、人、人・・・!



お正月のお祝いだから、ちょっとおめかしして、家族で街中に出てきて、あちこちで記念撮影。
屋台が出て、小さな子供もこの日は夜遅くまで遊んでも良くて、風船やアイスを買ってもらえて。
これだけ混雑しているのに、みんな和やかに楽しそうで、とても平和な雰囲気。
まさに日本でいう夏祭りみたい。



中国とはまた違うベトナムの旧正月を体験することができて、結果的に良かったかなと思ったり。
初日からこの活気に圧倒されてしまって、なんだかとてもワクワクする旅行の始まり始まり~。



空港にて。

2012年01月31日 | 旅行(その他)
中国のエアラインにも何度か乗ると慣れてきて、今では何の抵抗もなくなった。
路線や時間帯、時期などによっては遅延(これは常々)やトラブル、サービスに差が出るようだけれど
中国ではよくあることと心得ていれば、そんなに気にならないかなぁと思う。

ただ、今回の旅行ではちょっとしたハプニングがあった。

プーケット空港に到着して、預け荷物が出てくるのを待っていた時のこと。
私達の預け荷物は、去年の夏に日本で新調したばかりのソフトケースが1つ。

ターンテーブルが回り始めたので、自分の荷物が出てくるのをぼんやりと眺めていた。
しばらくして、自分のものと思われるスーツケースが出てきたことを遠目で確認、
近くまでベルトコンベアーで流れてくるのをのんびり待っていたその時、見ず知らずの中国人男性が
ひょいっとその鞄を取り上げて、確認もせずに隣にいた子供に渡して持っていくように指示をした。

えっ?! ちょ・・ちょっと待ってっ!!

急いで駆け寄ってBaggageclaimのタグを確認すると、それはやっぱり私達の荷物だった!

そのおじさんは「我々のと似てたから」と悪びれもせずに言って去って行ったけれど、
故意ではないにしろ、確認くらいしてほしい、と思う。
危うく、荷物が何も無い最悪のバカンスになるところだった。

そういえば、年末日本に帰国した時、到着した羽田空港では
「最近荷物の取り間違いが増えておりますのでお手持ちの引換券をご確認下さ~い!」
と係員が何度も繰り返しアナウンスしていた。

日本でも取り違えが多いのだろうけれど、そんな注意を促すところがやっぱり日本的だ。
外国ではどんなことも"on your own responsibility"(自己責任で)。誰も注意なんてしてくれない。

確かに、全く同じもの(メーカー、色等)を持っている人はまだ少ないだろうと安心して、
特に目印を付けていなかった私にも落ち度があったと反省。
プーケットでハデなステッカーを探してスーツケースに貼って帰ってきた。
これで、間違って持っていかれることも、自分が他人の荷物を取り違えてしまう心配もない。

皆さまもご注意を。