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上海☆DAYS ~明天也是好日子~

上海での日々の記録とつぶやきなど。

上海の下町。

2014年08月26日 | 上海街歩き
近代的な高層ビルや車で渋滞する高架、高級ブランドのロゴが目立つショッピングモールに明るいネオン。
そんなキラキラしたアジアの大都市というイメージが強い上海。

もちろんそれも一つのリアルな顔なのだけれど、そんな風景とは全く異なる、近代上海とは離れた生活もまだ残っていて。
そんな古くからの中国らしい通りをぶらりと歩くのも好きだった。

小南門駅から南北に延びる中華路の左側。(右側の様子はこちら
ここから始まる乔家路。たぶんわざわざ行く人はいないだろうけれど、実は、明清時代には著名な人々も住んでいた歴史地区。

 

今でも石庫門造りの建物や洋館、昭和の時代みたいな住宅や"里弄"と呼ばれる細い裏道などが残っている、風情ある一角。
ここにくると、急速に進む発展や成長とは無縁の、"老百姓"(庶民)の生活がうかがえる。

 

こんな風に外にある流し台。野菜を洗ったり、顔を洗ったり、洗濯したり。洗濯は手洗いという家庭はまだまだ多い。
そして台所はたいていいつも丸見え。


通りの両脇には、昔ながらの商店というか露店が並ぶ。
お昼すぎだと、店主はのんびり昼寝をしていたりもするけれど、夕方になると屋台も出てきて、再び活気に満ち溢れる。



 

中国の人は、どうして玄関の前に椅子を出して座っていることが多いのかな。
通り過ぎる人を見たり、おしゃべりしたり、新聞読んだり、うたた寝したり・・・
この賑やかさの中でも寝られるなんてすごいなーといつも思う。うん、この国の人たちはやっぱりたくましい。



最後にワンちゃんに見送られて。
こうやって歩いて見る上海、楽しかったな~。

上海×日本人×ユダヤ人。

2014年08月24日 | 上海街歩き
あちこちへと出かけていた先週。
上海市内の街歩きも、だいぶ制覇してきた方だと思うけれど、まだ行ってない一角があった。

かつての日本人が多く住んでいた虹口地区にある、旧ユダヤ人街(ゲットー)。
当時の上海で、ユダヤ人と日本人、そして中国人がどんな生活を送っていたのか興味があったので、ふらりと出かけてみた。

いつの間にか開通していた地下鉄12号線に初めて乗って、提藍橋で下車。
すぐに石造りの洋風建築が目に入り、まずはその周辺の一角をぐるりと歩いてみる。

ユダヤ人達が集ったという劇場や公園、そしてユダヤ人達が住んでいた1920年代に建てられたアパートや、今も監獄として使われている
当時の収容所などが残っている。



その中の中心となる建物が、上海犹太(ユダヤ)難民記念館。
もとはロシア系ユダヤ人によって建てられたユダヤ教会"Ohel Moshe Synagogue"だったそうで、今はリノベーションされて博物館になっている。



1階は礼拝堂、2階には同時使用されていた調度品や小物などと、ユダヤ人難民に関するデータベースが閲覧できるコーナーなど。
そして3階はポーランドにあるアウシュヴィッツ強制収容所から提供された資料の一部が展示されていた。

私は4年前に実際にアウシュヴィッツ収容所を訪れているので新たな衝撃はなかったけれど、上海でその一部に触れることができるこの博物館は、
一見の価値があるかもしれないと思った。

 

この建物以外に展示室が2つ。
そこでは上海に避難してきたユダヤ人の背景や証言、当時の生活の様子を示す資料が展示されている。
多くのユダヤ人を助けた日本人のシンドラーこと杉原千畝さんの写真も。

 

ナチスドイツから逃れてきたユダヤ人が上海にいたことは聞いていたけれど、その中に杉原さんが発行した日本通過ビザで神戸へ逃れ、
そこからの避難先が決まらずに上海に送られた人たちがいたということは初めて知った。
当時の上海は世界で唯一ビザの要らない場所だったので、およそ2万人のユダヤ人がホロコーストから逃れたやってきたそう。

移民当初は自由で平和だった日々は、日米開戦と共に厳しく過酷なものへとなってゆく。
日本はドイツの指示であるホロコーストは拒否しつつも、同盟国への顔向けの為にもゲットーの管理を厳しくせざるを得なかったのかな・・・
終戦とともに、多くのユダヤ人は上海を去り、一部の人々は上海に残って代々生活しているという。

あまり接点がないと思っていた日本人とユダヤ人。
厳しく辛い時代をここ上海で過ごすことになったその歴史に触れて、考えさせられるものがあった。


上海犹太難民記念館
虹口区長陽路62号


上海中医博物館。

2014年08月15日 | 上海街歩き
薬膳や中医学をちょこっとかじった者としては、一度は足を運ばなくてはと思っていた場所。

上海中医薬博物館。

中医学の歴史から、鍼や按摩などといった治療の進化、そして漢方薬と、中医学に関する資料がたくさん展示してある。
1階では、中医学の現存する最古の医学書『黄帝内経』や『本草網目』など、中医学の代表古典書もきれいに保存されていたり、
昔の外科手術に使われた道具や薬入れなども見ることができる。

 

身体の経穴(ツボ)が記されている1744年に造られたという「鍼灸銅人」など、歴史的価値のあるものも。



2階には、人体模型でツボの場所を確認したり、脈の測り方や判断、舌診など、機械を使って中医師になったつもりで
診断体験ができるスペースもあり。(でも、人がいなくてイマイチ使い方が分からなかったけれど・・・(^^;)

3階に入ると、ほんのり漢方薬の香りが漂う。
ここには約3000点以上もの漢方薬の標本が展示されていて、それぞれ効能まできちんと書かれている。

 

おなじみの植物や実、種などだけでなく、この動物のこんな部分まで漢方薬剤になるの?!という驚きもあって
とても興味深かった。
それにしても、最初に薬剤としての効能を発見した人はすごいなぁ~。

時代と共に変化しているとはいえ、現代でも中医学が継承されているのは、長い歴史の中で裏打ちされた経験や実績があるわけで、
それはやっぱりすごいことなんだと思う。

とっても渋いこの博物館。
何だか、夏休みの自由研究みたいな気分になったけど(笑、中医学に興味のある方はどうぞ。


上海中医薬博物館
浦東新区蔡倫路1200号(上海中医薬大学内)
月曜定休  入館料15元

ぶらり南翔。

2014年08月10日 | 上海街歩き
夏休み真っ盛りの、せっかくの週末もスッキリしないお天気。
昨日は時々日が差し込む比較的涼しい一日だったので、チャンスかな~と思って、ぶらり一人でお出かけ。

上海市内から地下鉄11号線に乗って約30分。
郊外の街、南翔へやってきた。

ここには明時代(16世紀半ば)に造られた上海五大古典庭園の一つ、古猗園(Gu3 yi1 yuan2)がある。
四季折々の植物が愉しめるけれど、特に7月末~8月にかけての睡蓮の最盛期には、大勢の人が鑑賞しにやってくる。



ここには350種類くらいの睡蓮があるそうで、小さい蓮から大きなものまで、色も白、ピンク、オレンジ、黄色、紫と色とりどり。
(蓮も入っているのかな、睡蓮との違いがよくわかりませんが・・・(^^;)

 

 

豫園とか蘇州、杭州などで見られる江南庭園で、中国らしい景色だなぁと思う。
園内はそれほど広くないので、ゆっくりと散策しても1時間半くらいあれば1周することができるくらいでちょうどいい。

  

散策したらお腹が空いたので、お昼ごはん。
南翔といえば、豫園にある有名な南翔小籠包の発祥地ということで
古猗園の周辺には小籠包のお店がいくつか並んでいる。
厨房でおばちゃんたちが手作りした小籠包を、軒先で次から次へと蒸していて、その蒸気に食欲もそそられる。

庭園の隣にある古猗園餐庁は老舗だそうだけど、すごく混んでいたのでパス。タイミングよく席が空いたお店に適当に入る。
一般的な小籠包(鮮肉小籠)はニ両(20個入り)なんだけど、一人で20個も食べられないので、半分(10個)にしてもらった。
魚のすり身と春雨、青菜が入ったアッサリスープも頼んで、23元なり。



南翔のはやっぱり少し皮が厚めなんだけど、出来たてはアツアツで美味しかった。

思い立った時に市内から手軽に遊びに行ける郊外の行楽地。
ぶらりと散策するものオススメ。



古猗園
嘉定区南翔镇沪宜路218号
公式サイト:http://www.guyigarden.com/

ザリガニ通り。

2014年07月22日 | 上海街歩き
今年は涼しい初夏だったけれど、やっぱりやってきました、上海の暑い夏。
セミの鳴き声と強い陽射し、むわっとする湿気。でも、空気はとてもきれい。

6月位からかな、食堂の軒先や街の屋台でよく見かけるようになるのが、ザリガニ。
ヨーロッパでも、例えばフランスや北欧でも食べられるみたいだけど、実際には見たのは中国が初めてだった。
個人的には美味しくなさそうなので食べたことはないけれど、上海人は結構好んで食べるみたい。
まぁ、上海ガニに通じるところがあるのかも・・・。

上海の寿寧路は、ザリガニ料理のお店がずらっと並ぶ、通称「ザリガニ通り」。
今が旬のこの時期は、夕方から大賑わい。

軒先には生きたザリガニが入った桶と、テーブルの上にはすでに調理された真っ赤なザリガニ。
ほかにも牡蠣やシャコ、タニシなども売っている。



「食べていかないか?」「うちは老舗だよ」「新鮮だよ~」
一歩進むごとに、それぞれのお店の客引き合戦。

路上の牡蠣を剥いている横でザリガニを調理して食べる。
生臭さとスパイスの匂い、煙と人々の汗や掛け声にまみれて、結構刺激的。



初めてこの通りに来た時には、そのローカル度にビックリしたけれど、今ではすっかり慣れてしまった。
いかにも「中国」という感じの雑多だけど活気がある場所も嫌いじゃない。
とはいえ、さすがにこういう場所で海鮮を食べる勇気はないので、見るだけだけど・・(笑