ヨーロッパの限りない大地

ヨーロッパの色々な都市を訪問した思い出をつづっていきたいです。

「コーリャ 愛のプラハ」を想う

2005-08-20 23:23:19 | プラハ探索
バスは地下鉄の駅、ノヴェー・ブトヴィツェに着く。
今のおぼろげな記憶からすると、地下鉄の駅らしくなく、住宅や店などもない、広々とした緑の中にぽつんとあったような気がするが、全く当てにならない。
地下鉄に乗る。車内での駅名のアナウンスが女性の声なのだが、合成した音みたいで、無機質に感じる。
映画「コーリャ 愛のプラハ」での地下鉄のシーンに出てくるとおりだ。
この映画はヨーロッパから帰ったあとに見たのだが、本当によくできた素晴らしい映画だと思う。
まず、単純に「美しい」。
教会での葬式でクララという年増の女性が賛美歌を歌うシーンがある。一番最初も含め、何回かバリエーションを替えて出てくる。光が美しく彼女の顔を照らす。歌声がまた素晴らしい。
その他でも、今ぱっと思いつくだけでも、主人公の男性ロウカと子供コーリャが病院で廊下を歩く寂しいシーン、チェコの美しい自然の中でのシーン、そしてラスト近く空港で3人を遠景で撮るシーンなどなど。
映画自体には全く詳しくないので、技術的なことはよくわからないが、素人目にも、光の扱い方が本当に巧みだと思う。チェコ・イギリス・フランスの合作だそうだが、いかにもヨーロッパ的陰影美がある。アメリカ映画には絶対出せない感覚だろう。
あと、ストーリーとその舞台がいい。ちょうどプラハの1989年の無血革命前後の話だ。主人公は優秀なチェロ奏者だが、ある事情で表舞台からはほされている。しかし女好きで、暗いところはない。そんな彼が金ほしさに偽装結婚をし、結局ロシア人の子供を預かる羽目になってしまう。最初はいろいろ抵抗があったが・・・、という感じで話はすすむ。
ストーリーの端々に細かい伏線やチェコ人のエピソードが盛り込まれており、飽きさせない。
舞台は美しい、古都プラハである。時々窓からプラハ城が顔を覗かせる。
そして最後は切ないが、一方で新しい時代(チェコにとっても主人公にとっても)に向かう希望への扉を開いており、見終わった後はただ感動するのみだ。
と映画の話をしているうちに、地下鉄はプラハの中心地に入ってきたようだ。
ホテルは中心地から東側にあり、ガイドブックの地図では載っていない。
大体の目星をつけ、地下鉄を降り、長いエレベーターで地上に向かう。

愛しのプラハ

2005-08-11 23:18:14 | プラハ探索
憧れのプラハに行く計画を立てていた。しかし、変更を考えた。
普通、旅行の予定が変更になるのは、個人の事情によることが多い。
しかし、今回は違っていた。
例の9.11同時多発テロにより、プラハ行きを延期しようと思ったのだ。
いくらテロの後とはいえ、パリからプラハへの飛行機で新たなテロに遭う確率は極めて低いだろう。パリにいた方が危ないかもしれない。
といっても、飛行機に乗るのは、なんとなく不安なものである。単なる個人旅行でもあるし。
しかし、結局9月末に行く事に決めた。日本に帰ってしまったら、なかなかヨーロッパまで行けないからだ。
まず地下鉄でシャトレまで行く。そこから長い動く歩道を経て、電車に乗り、シャルルドゴール空港に向かう。
さすがに空港も警備が多い。出国検査を済ませ、飛行機に乗り込む。
もし万が一テロに遭うのなら、せめて行きの便ではなく旅行を楽しんだ帰りの便にしてくれよ、などど馬鹿なことを考えてしまう。
いろいろ余計な事を考えていると疲れてしまい、緊張感にもかかわらず、飛行機の中でうとうとしてしまった。
プラハの空港に昼の12時頃着く。入国検査はパスポートへの押印くらいで、簡単なものだった。
両替機で当時フランをチェコの通貨に替える。
空港前のがらんとしたバスターミナルに行く。ここから市内向けの市バスに乗る。119番が、市内から一番近い地下鉄の駅にいけるようだが、到着した時にはそのバスはなかったため、かわりに179番に乗り込む。これでも、市内からは少し遠いが、別の地下鉄の駅に着く事が出来る。
バスは郊外の緑の中をくねくねと抜けていく。途中集合住宅などもある。このバスは現地の人も乗ってくる。途中に乗ってきた兄ちゃんがハンサムで、さすがスラブ民族だと、民族的コンプレックスを感じる。しかし多くの人を見ていくに連れ、その気持ちも薄れてきた?
バスは地下鉄B線のノヴェー・ブトヴィツェ駅に着く。ここからいよいよ市内に向かう。


ヘルシンキ 夏のバルト海

2005-08-09 23:27:27 | ヨーロッパ旅行記
エストニアを訪れた翌日は、かなり疲れてたのでヘルシンキでのんびりする。
ホテルを出る。とりあえず近くのトォーロ湾に行く。湾といっても、一応海につながっているだけで、小さな湖、あるいは池という感じだ。真ん中には噴水がある。市民憩いの場で、水辺で子供が水鳥と戯れたりしていた。
とりあえず中央駅に行く。他の都市、トゥルクかタンペレに行こうかと思い、案内所で探すが、寝坊したため、適当な時間がなく、あきらめる。
疲れていたが、天気は良かったため、ヘルシンキの海沿いの公園を目指す。駅から、アーケードを抜け、中心街からトラムに乗り、海辺を目指す。
カイヴォブイスト公園に着く。ここの浜辺の道を歩いていく。昨日の疲れがあるため、途中木陰のベンチで休みながら、のんびり進んでいった。
すぐそばに、島が浮かんでいる。その間を、小さな船が進んでいく。
時々、上空をヘリコプターがバタバタ音をたてて飛んでいく。どうもエストニアに行く便らしい。お金さえ積めば、誰でも乗せてくれるようだ。
バルト海が夏の日差しを反射してまぶしい。海辺に近づき、水に触れてみる。思ったほど冷たくなかった。
海辺では、カラフルなヨットがのんびり進んでいる。桟橋のようなところに行くと、バルト沿岸諸国五ヶ国くらいの旗が飾ってあった。レースというほどでもなさそうだが、何らかのイベントをやっているらしい。アナウンスの声が響いていた。
少し山手に入る。この辺りは高級住宅街になっているとのことだ。マンネルへイム博物館を探そうとうろちょろする。マンエルヘイム元帥・大統領の品や書類があるらしい。何とか見つけたが、結局中には入れなかった。
もう一度海辺に出る。大きい女性の像がある。こちらはハーヴィス・アマンダ像とは違い、真面目なおかっぱ頭で、ちゃんと服も着ている。表示を読んだところ、フィンランドとソ連の友好を記念したものらしい。どおりで真面目なわけだ。色っぽくないのは仕方ない。
青空の下、彼女は背を伸ばし、すっくと立って、ヘルシンキを見つめ続けていた。

暮色に映えるエッフェル塔(パリ市立近代美術館)

2005-08-03 23:39:23 | パリの思い出
パリ市立近代美術館を見学する。
現代芸術はマティスくらいしか好みでないのだが、せっかくの機会に見に行く事にした。
この時はたまたまパリ在住の若手芸術家達による発表会を行っていた。
正装した、さまざまな人種の若者たちが集まった写真がある。発表者たちなのだろう。
まず目を惹いたのが、透明なテントを天井からつるし、中に女の子の雑多な小物や家具が置いてある作品だった。
作者は、日本人の女性で、自分と同じ県出身者だった。親しみがわく。
その中にあるテレビでは本人らしき女性が、一生懸命ラジオ体操をしている情景を映し出していた。
ところが第二のところで、もうだめだめという感じで手を振り、止めてしまった。
ここはヤマトナデシコの意地、堂々と最後まで貫き通してほしかった。作者からすると、悲しい関西人の性が出て、オチを模索していたのだろうか。
あちこち見回っているうち、窓の側にきたとき、ふとアラビア音楽が聞こえてくる。少し離れると聞こえなくなった。
あれ、と思ってみると、窓にアラビア風の黒い文様が描かれている。よく見ると、正面数メートル先にある窓にも同じ模様があった。これも作品の一つなのだ。
さらに窓から上を見る。
あっ、と思った。ちょうど夕暮れ時にライトアップされた美しいエッフェル塔が見えるのだ。
やられた。
エッフェル塔まで自分の作品に参加させてやがるのだ。音楽はセンサーにより出るようにしている。
アラブ人とパリの関わりなどという、陳腐な解釈をしてもしょうがない。作者が塔を意識していたのかもよくわからない。
とりあえず、このような形でエッフェル塔を見せてくれたことに感謝したい。