Club jannmu

future meet past 
I recommend that you read back

ミドリ十字

2015-10-07 12:00:00 | Weblog
孫崎享著 戦後史の正体という本を読んでいる。
そこから一部を抜粋させてもらう。



 北爆は、ベトナムが米国艦艇を攻撃したというウソの口実(「トンキン湾事件」)によって開始されました。それをピアソンは遠まわしにですが批判し、その結果つるしあげられたのです。
 カナダではだれもが知っているエピソードです。しかし、ではこの屈辱をうけたピアソンは、その後カナダでどのようにあつかわれているでしょうか。
 情勢判断ができず、米国との関係を悪化させた首相として糾弾されているでしょうか。
 大男のジョンソンに屈辱をあたえられた、みじめな首相として軽蔑されているでしょうか。
 逆です。その後もカナダの首相および外務省は、
「たとえ弾圧をうけようと、米国に物をいうときはいう」
 という理念を、首相が何代代わっても受けついでいきました。その象徴として、今日、カナダ外務省の建物は「ピアソン・ビル」とよばれているのです。米国の隣国で、ある意味日本よりもその圧力にさらされやすいカナダですが、こうした歴史に支えられ、二〇〇三年のイラク戦争では、最後まで参加を拒否しました。
 でも前年ながら、日本ではそうはならないのです。・・・







戦争や増税に頼る政治なら誰でもできる。アメリカの政治は誰でもできる政治であり、日本の政治もそれに追従している。やはり誰でもできる政治なのだ。



下記に掲載した旧日本軍731部隊の所業を、日本人とか中国人とか韓国人とかという価値観を外して考えてみたときに、これほど酷い所業は許せないと誰もが思うだろう。だから、日本人は反省し、二度と繰り返さないと世界に向けて誓わなければならないし、それが日本の憲法で謳われているわけだ。


そして日本に落とされた原子力爆弾も、国籍なんてものを外して考えたときにやはり許せない所業であることは、世界中誰もが思うところである。
そのアメリカは、現在も世界中に戦争の火の粉を振りまいているのである。

そのアメリカに隷属して、戦争法をおよそ民主的な手法とは程遠い形で成立させたのが、アベ自公なのである。そしてまた、TPP/ISDによって国の主権を売り渡そうとしているのだ。

アメリカ人は、アメリカ大陸に渡りどのような思いで独立を果たしなのか。そのことを今一度思い出すべきである。

アメリカ人が克服されたとされている、黒人奴隷制は形を変えて未だに存在している。アメリカの富裕層以外は全て経済奴隷なのだということに気付くべきなのだ。そして日本人もまた、そこの組み込まれようとしているが、そのことに多くの日本人は気付かない。









再掲載【資料:731部隊の亡霊-モンサントと武田製薬】 人間の命や尊厳、健康や地球環境に無頓着な者たちは誰だ?!-太平洋戦争中、日本軍による人体実験731部隊とモンサント社の戦後の関係=生物化学兵器(BC兵器・軍需産業)研究 と製薬会社の国際ネットワークとは?

http://enzai.9-11.jp/?p=6286







1945年(昭和20年)3月、陸軍軍医中将に昇進。関東軍防疫給水部長に再度就任。5月、終戦直前に満洲第731部隊を「満洲第25202部隊」と改称する。8月、ソ連軍の侵攻によりハルピンを脱出し帰国。11月10日、千葉県山武郡芝山町にて石井の偽装葬儀が行なわれる。戦後、東京都新宿区若松町で旅館を経営。極東国際軍事裁判(東京裁判)で戦犯容疑を受けるが、米軍に研究資料を提供したため、訴追を免れたとされる。

1959年(昭和34年)10月9日、喉頭癌のため国立東京第一病院で死去。 享年67歳。葬儀委員長は一時期、関東軍防疫給水部長に就任した北野政次が務め、墓は河田町月桂寺に建てられる。


石井四郎が京都大学医学部の出身であったように、731部隊をはじめとする生物化学兵器研究の研究者は、国内の最高学府を卒業した者が多かった。これらの研究者のほとんどは戦後になって大学医学部へと戻り、日本の医学会において重鎮となった為、医学会には731部隊についてタブー視する傾向が強かったが、近年になり旧幹部の引退などに伴い除々に弱まって来ている。また、薬害エイズ事件において被告となった企業ミドリ十字の創始者は石井四郎の片腕、内藤良一であり、731部隊隊長を一時務めた北野政次を顧問としていた。

731部隊で行われたとされる各種の人体実験は、しばしばナチスドイツのユダヤ人強制収容所で行われたドイツ人医師による人体実験と並んで語られれることがある。確かに、生体実験と言う残虐な犯罪を行い、倫理的障害を選民思想によって取り除いていたという観点では両者には差はみられない。

なお、人体実験について、は昨年年末に英国BBC放送が日本で旧日本海軍の軍医が、フィリピンで30体ほどの生体解剖実験を行ったという証言をスクープしている。元軍医は90歳近いが、もし命令を拒否すれば私は生きはおれなかっただろう、生きているフィリピンの住民をメスやノコギリで切り刻むのは正常な神経ではできないことですと、BBC記者に語っている。石井部隊は陸軍だが海軍にも生体解剖実験を行う組織が存在した、これは日本軍全体の組織の体質を表しているが、東京裁判では戦争犯罪としては誰も裁かれてはいない。

2003年(平成15年)ジャーナリスト青木冨貴子により、石井本人が1945年に書いた大学ノート二冊に及ぶ「終戦メモ」が発見される。

http://blogs.yahoo.co.jp/dricamenenguetti/49482831.html




この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 役人天国の国 | トップ | 映画人九条の会 »
最新の画像もっと見る

Weblog」カテゴリの最新記事