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memo

2010-05-31 23:46:48 | インポート

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taxi driver's road.

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闇の輪郭

2010-05-31 22:59:33 | Feel something

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闇の原点

それはbig ban

エナジーの圧倒的放出による

想像も出来ないような

目の眩むような

一点から360×2度に広がる光哉

その影として輪郭が現れる

それはスペースのレボリューション

それが本来の創造

相対性という論理の始まり

時間という普遍の始まり

そう、始まり

相対性から始まれば

相対性による

終至が訪れるのが

必然

それはあたかも出産前の

子宮の収縮

新たな産声の前兆

だからこそ

確かな「今現在」という存在

それはつまりaction

その答えは

we can do it!

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今日の一枚はとてもじゃないけど

見ないほうがいいと思う

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memo

2010-05-31 03:23:33 | インポート

闇の輪郭

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そういえば「今日の一枚」は、なんというか独特の感触・・・.

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内なる恐怖

2010-05-29 22:28:11 | Feel something

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力学的に

作用には反作用がある

富があればその裏に貧困がある

俺の場合

楽しい思いをするとそのあとに

理解できないような不可解な闇が訪れる

それは過去ではなく

楽しいという現在に対する未来現象なのだ

自制は不可能

個人の精神レベルで

未来を自制することが可能だろうか

方法があるならご教授願いたい

精神科医でも無理だろう

さて、富とはなんぞや?という命題がある

大昔は食うために生きる

生きることは食うこと

それが生きる喜び

そしてそのあとに心地よい眠りがある

夢といえばそれが夢

あくる朝枕には乾いた涎の跡が残る

それは正しい夢あるいは生理、もっと言えば

根源的な深層心理

単純な図式だったろう

だが、食うため、生きるため以外そして必要以上のthomething

なんだか予想通りに

それは現代ではなく

中世でもなく

もっとそれ以前の極少数のsomebody

もしかしたら、いや多分そこに俺の反作用の原因があるように思えてならない

傲慢な「富」のsalientに対抗するための

全く別のそれが求められている

それが君であり、俺だと自覚するべきだ

傲慢な「富」に対し反旗を翻すときは今しかない

その先頭に立つのは誰なのか

もう世界中の誰もが知っている

だから傲慢な「富」はそれを恐れている

俺はそれ(傲慢な富)を「富」と認めていない

正確に言えば「富」だとは思っていない

いま、俺の感覚からあらゆる情報を採取して

それを「傲慢な富」に変えているものたちが多くいる

彼らはいずれ「あのとき殺っておけばよかった」と

後悔するときがもうすぐやってくる

俺がこのバーチャルな匿名な世界で

正体を明かしたときから

世界は不均等に二分した

俺には分かる、感じる

恐怖に怯えた眼差しを

あるいは敵意に満ちた眼差しを

そう、そいつらが本当の敵だ

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何故俺の行く先々の信号が青なのか?

それは考えれば誰しもが分かること

だが一方で俺の視界の範囲内をいかにも美しく見せようとするものがいることも確か

さあどうする?

このままでいいのかい?

それを恩恵と受け取ったとき

方向を間違える

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ディベートよりも

2010-05-26 19:46:11 | Feel something

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子供たち、いまのそれも小中学生に必要なのは

これをこうしたらこうなる

というこれまでの学習ではなく

こうなるためにどうすればいいのか?

という問いかけだ

こうしたらこうなるであろう未来である現代は

よほど違った答えを見出(結果)している

日本人は創造力に乏しい

音楽しかり絵画その他のゲイジュツしかり

創造、夢があって(自分としてのGOOL)

そのためにいまどうするか

なにを出来るかが問われている

結果としてこんな美しい花が咲く

http://www.moritoseseragi.net/kiroku_blog.html

そのためテクノロジーや方法論は出尽くしている

残されたものは「どう考え」「どう行動に移すか」に掛かっている

話し合いで得るものもあるだろう

だけれど、汗して土にまみれて感じるものがある

行動第一、現場第一

アスファルトにタクシーを転がし、紙に印字されたなにかをよんで

オフィスに暮らす

そういう人生での価値を疑うことも必要なんでは?

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もっともらしいことを毎日垂れ流すマスゴミに

その中の個人としての誰かがそのための何かをしたという事実を

聞いたことが、見たことがあるかい?

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籍と席そして咳

2010-05-23 20:52:13 | Feel something

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戸籍ってのがある。

所帯を持つと親の籍をでて自分の籍が新たに作られる。

戸籍が空になると(婚姻もしくは死亡あるいは離婚)除籍となる。

この空になった戸籍は各市町村に80年保管される。

そう法律で決まっているらしい。

とりあえず父方の直系をたどってみた。

行き着いたのは北海道だった。

極端な暑がりなのに沖縄に思いを馳せて

極端な寒がりなのに先祖は北海道。

それでいて風邪をひかない俺が

数年に一度、コノ季節になると風邪をひく。

咳が出て声が擦れている。

コノ声でBLUESを歌ったらいけてるかもしれない。

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どこへ行っても俺の席はない。

ないから適当に座る。

たまにVIP席だったりするが。

誰も文句を言わないからまあいいかと。

毎度のことだが話が逸れた。

80年遡れる自分のrootsだが

限界があるようだ。

それは「身分」だと。

そこに見え隠れするものは間違いなく

「差別」という観念。

同じ人間でありながら

容姿や体形、職業とか収入とか

オカマとかオナベとか

天才とか馬鹿とか

日本人とか外国人とか

超越的な能力とか極普通とか

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身分制度なんてとっくになくなっている

仮に俺の先祖が穢多非人であっても

なんら恥じるところはないはず。

制度はなくなっても「差別意識」が悲しいかな残っている。

そう行政は思っているんだろう。

現にそいういうものが人々の意識の中に、無意識に存在しているんだろう。

そういう根っこの部分を変えようともせず

臭いものには蓋をする的ないかにもオヤクショ的な発想だ。

つまり国民は臭いものなのだ。

だがそれにも一理あると俺は思う。

汚れたヤクニンに臭いもの呼ばわりされる国民。

この国は既に賞味期限切れなのかもしれない。

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ということで、今日の一枚は最高だ。

是非ご覧あれ。

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思いついた!

2010-05-22 19:04:40 | Feel something

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いいことというのはある日突然やってくるものだ

いいこととは?という問いに対しては

それはつまり思いきりパーソナルなカンジとこたえるしかないのだが。

あくまで現時点で。

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県立高校の先生ともなれば

お年頃の子供たちを相手に

国の根幹であるところの

教育を

国の宝であるところの

子供たち(シツコイようだがお年頃)にたいして

職務として行う者ならば

そりゃとっても優秀なのは言うまでもないはずだ

以前大阪のほうではやりの教師版○1グランプリなんて記事が載っていた

そんなケチなことをいうもんだからツマランとチト突いたが

教職員の子供たちのための教職員による

ワールドカップ開催ってのはイカガカ?

学校の式典では不起立でも

優秀なら日の丸を背負って世界舞台に出て行くのである。

そしてユウシューだからこそユウショーし

国旗掲揚に涙しその映像の背後には君が代が

猛々しくそして静寂の中、あたかも彼のBGMのように流れるのだ。

これをカンドーと呼ばずして何を感動と呼ぶべきか死ぬべきか生きるべきか!

これを読むや否や

鳩の分身は言霊となって世界中に木霊する。

けっか地方大会から各国が準備をはじめ

次回の衆院選あたりのタイミングで

世界大会開催!

という段取りでどうだろうか。

これは松っちゃんも石原ちゃんも

オリンピック誘致よりエエジャナイカ!と

諸手を挙げて万歳三唱なのであるだろう。

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もちろんそんときゃ梅干はおろか

浅田飴や魚沼純粋コシヒケリ、そしてもちろん疲れたときのリラックス

赤玉スイートワインなんぞもお好きなだけ持っていっていいと俺は思う。

スンゴク真面目に思っているし熱望している。

残念なのはコレまで親子二代に渡って連鎖してきた

新築校舎が完成するのは卒業後というなんとも皮肉な結果となろうともだ、

ここはひとつ我慢してみようかな待ってみようかななんて気にもなってくるのであったのだ◎

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思考の自由

2010-05-22 14:07:02 | Feel something

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例えば俺がコマッシャクレた高校生だったとして

授業中にボーっと窓の外を見てまどろんでいたとして

先生にコラって怒られたかなんかしたとして

もし俺が「俺の心の自由を奪わないで欲しい」と言ったとして

「そうか、それじゃ仕方ない」なんてことを先生が言った後

俺がまた窓の外はるか遠くに旅に出たとして

そんなことが教育の場で「許される」としたら

俺は許されないと思う

ややこしい表現になってきた

2行上の「俺」はその他の俺とは別で

高校生だったりしない今の俺

同行の「許されない」のはその先生のこと

そしてそういう教育の場にいる子供たちは

救われないな

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連続し断片化する白昼夢

2010-05-22 13:52:46 | Feel something

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お年頃になった子供が、なんだかいろいろと気にするようになるように

その親もまた気になることが増えてくる

平和とはそもそもなんぞや。とかね

ひとつの旗や歌に対し

感じ方は自由

例えばオリンピック

例えばWBC

例えばサーカーでもバレーでもスケートでも

がんばって一番をとると日の丸が掲揚され君が代が流される

俺個人にとっては「平和の象徴」に思えるが

その真逆を連想するひとたちも少数いるようだ

心の自由は非常に結構だが

そういう連想をするようなひとが子供の教師だったらと考えると

心穏やかではいられない

個人としての自由と国民としての自由

組織人としての自由ってのもあるだろう

個人としての自由は当然認められるべきだし

憲法でも謳われている、んだろ?

でも、教師の職務は「その教師個人の自由」の押し付けであってはならないと思うが。

白昼夢だけに話はコロっとかわるけど

葬式のときに真っ赤なネクタイしていけるかい?

真っ赤なネクタイが好きだから自由だからといってさ。

最低外してポッケに入れるくらいはするんじゃない?

なんか別の理由があって話しを大きくしているように思えてならない。

他の国でもこういう問題ってあんのかね?

未だ夢の途中だな。

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今日の一枚

2010-05-21 09:45:49 | Feel something

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jannmu's book markで紹介している「今日の一枚」は

俺の地元のプロ写真家の好意によって更新されている。

鴨のコマカイのが載っている。

とても可愛いのだ。

是非覗いていただきたい。

できれば現場に訪れ見ていただきたい。

ただしその際にはゴミはお持ち帰りいただきたい。

もっと言えば、近隣の方々が丹精こめて咲かせた花を

ムシったり、コマカク可愛い子供たちに安易に餌をあげないでいただきたい。

さてと、時間がないのでチャチャット書こうかね。

”アメリカの嘘”について。

なんだかビミョーな海域でこれまたヒジョーに危険なカンジで沈んでしまった

そもそも危ない装備の船について。

沈没した原因が「特定された」とコメントしておきながら

テロ指定しないのは何故?

テロ指定解除のときもそうだったけれど

結局そこにはなんらかの利害が絡んでるんだろうな。

核開発は勝手に進める

よその船を平気で攻撃してしまう

その前に、ロケット?ミサイル?(機能は同じ)を日本の近くにポトンした経緯も忘れてはいけないね。

こんときに日本の米軍基地が役にたったかも検証しないとねってかこれももう分かりきっている。

つまりは、アメリカの言うところの”テロ”とは、世界的な危険好意にではなく

自分とこの利害に都合よく指定したり解除したりする

ま、いってみればエエカゲンな価値観だな。

大岡さんなら言うだろう

「そちの嘘明白である」

よって日本はどうするのか。

アソコには拉致された日本人がまだいる。

生死、安否は分からんけどね。

あの魚雷発射がキムの断末魔だとすれば

それにヤツはもうお薬でテンパーだし

核の危険性も当然考慮に入れないといけないだろう。

なにせヤツは”飢えている”

愛情に飢えた可愛そうな老人だ。

そのくせ支配欲独占欲は人一倍だ。

愛情に飢えたものが権力を持ったときの「最悪例」といっていいだろうね。

これも断定的表現でいいだろう。

んじゃどうしよっかってのは、時間切れのちほどということで。

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