五日市駅近くにある「阿伎留神社」に立ち寄ってみた。由緒略史(写真上)によれば、このあたりの地名には、「阿伎留」「畔切」「秋留」と三様あったようだが、いずれも読みは「あきる」なのだそうで、神社名としては「阿伎留」が正式な名称とのことだ。
秋川市と五日市町が合併して、あきる野市が発足してから既に10年以上が過ぎているようだが、秋川市の前身の「秋多町」の更に前身は、東西・「秋留村」で、現在のあきる野市地区は古来より、「秋留」又は「阿伎留」と呼ばれていた訳だナ。
この由緒有る大事な地名を、どうして「あきる」と平仮名にしてしまったんだろうか、勿体ない気がするなぁ。
「南セントレア市」や「中央アルプス市」とか言うふざけた市名が、住民の反対でご破算になったのは記憶に新しいが、あきる野市の他にも、さいたま市・さくら市・つくばみらい市・みどり市など、挙げればきりが無いほど、歴史や住民を無視したネーミングが横行しているのはどうしたことだろう。
市長や市議会議員、そして木っ端役人どもの、100年の計を立てられない発想の貧困さが、これらに如実に現れていると思うが、違う?
五日市線の線路の北側にある、大悲願寺に帰路立ち寄ってみたが、堂々とした山門をくぐると、創建当時の姿に復元したという、見事な極彩色の本堂(写真下)が迎えてくれた。地獄や天国を描いたそれぞれの緻密な彫刻も素晴らしく、暫し呆然と立ち尽くしてしまったのだョ。伊達政宗が訪れた際に、ことのほか気に入ったと言われる「白萩」が咲く頃に、是非もう一度来たいもんだ。
秋川市と五日市町が合併して、あきる野市が発足してから既に10年以上が過ぎているようだが、秋川市の前身の「秋多町」の更に前身は、東西・「秋留村」で、現在のあきる野市地区は古来より、「秋留」又は「阿伎留」と呼ばれていた訳だナ。
この由緒有る大事な地名を、どうして「あきる」と平仮名にしてしまったんだろうか、勿体ない気がするなぁ。
「南セントレア市」や「中央アルプス市」とか言うふざけた市名が、住民の反対でご破算になったのは記憶に新しいが、あきる野市の他にも、さいたま市・さくら市・つくばみらい市・みどり市など、挙げればきりが無いほど、歴史や住民を無視したネーミングが横行しているのはどうしたことだろう。
市長や市議会議員、そして木っ端役人どもの、100年の計を立てられない発想の貧困さが、これらに如実に現れていると思うが、違う?
五日市線の線路の北側にある、大悲願寺に帰路立ち寄ってみたが、堂々とした山門をくぐると、創建当時の姿に復元したという、見事な極彩色の本堂(写真下)が迎えてくれた。地獄や天国を描いたそれぞれの緻密な彫刻も素晴らしく、暫し呆然と立ち尽くしてしまったのだョ。伊達政宗が訪れた際に、ことのほか気に入ったと言われる「白萩」が咲く頃に、是非もう一度来たいもんだ。
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