みちのくレースのおたのしみ

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菅原雅文騎手復帰/その他

2005年09月29日 | 岩手競馬
 9月18日の2レース、イーコノロッチ号に騎乗して菅原雅文騎手がレース復帰を果たしました。約1年と9ヶ月のブランクを乗り越えての、奇跡的とも言っていい復帰でした。

 菅原雅文騎手が落馬したのは昨年1月2日の、やはり2レースでの事でした。タカノアプローズに乗って快調に先頭を走っていた彼は、馬が故障したために落馬、後続の馬群のただ中に投げ出されてしまいます。
 その後の瞬間、馬群の中で彼がどうなったか、正確な事は分かりません。ただ、担架に乗せられて戻ってきた彼を見た人は誰もが、最悪の事態を想像したといいます。



 そのシーズンは村上忍騎手が、翌シーズンは菅原勲騎手が、落馬・負傷して長期の戦線離脱を余儀なくされています。が、2人は実は非常に運が良かったのだと、紙一重の差で命を失わずにすんだに過ぎないのだと、菅原雅文騎手の事故から思い知らされました。
 馬が交錯する。人が馬の下敷きになる。そんな落馬も時折見るせいか、そして案外、騎手も無事に帰ってくる事を見るせいか、なんとなく落馬という事に鈍感になりがちです。乗っている人たちにしても「落馬を怖がってちゃこの仕事はできないよ」と淡々としていて、横で見ている自分たちのような者は余計に鈍感になるような気がするのですが、やはりレース中の落馬は危険なのです。
 いや、レースそのものが危険に溢れているとしかいいようがない。十数頭の馬と十数人の騎手がレースに出て、全員・全馬無事で帰ってくる方が奇跡的。そんな気すらします。
 
 菅原雅文騎手が運が悪かったのではなくて、ある意味そうなって当たり前の世界で騎手たちは生きている。事故に巻き込まれて大きな怪我もなく終わる事の方が、はるかにあり得ない、奇跡のような幸運に恵まれたという事なんだと思います。



 1年9ヶ月ぶりにレースに乗った菅原雅文騎手は、「人間の方が全然身体が戻ってなくて。人間が能検からはじめなきゃダメですね」と冗談交じりに話しつつ、「4コーナーのあたりでは勝てるかも、と思ったんですが」と、雅文騎手らしい強気なコメントも残していました。やっぱり雅文騎手の持ち味は“ここぞ”という時に見せる強気・強気にレースを押していく姿勢ですからね。まだまだ身体もカンも戻って無くて思い通りにならないのでしょうが、1レースでも早く、雅文騎手らしい強気なレースを見せてほしいと願っています。



 ちょっと話が変わりますが、菅原雅文騎手の事故の後、他の騎手たちが変えたモノがあります。それは、俗に下敷きだとかプラ板とか呼んでいる、ゴーグルの前に重ねる透明な板です。
 それまでは固い透明プラ板を切った物がほとんどだったようですが、菅原雅文騎手の事故の後、柔らかいビニール製の物に変えた騎手が増えました。
 雅文騎手の怪我を必要以上に大きくしたのは、装着していた透明プラ板が顔に刺さってしまったせいだと言われています。少なくとも周りはそう受け取ったそうです。
 今は引退してしまった山本裕次郎騎手は、このプラ板を使わない方でした。その理由を聞いたところ彼は、「これ、ヘルメットの内側に差し込むようにして使うでしょ。落馬した時どうなるか分からない。絶対に危ないよ」と言いました。雅文騎手の事故を聞いてこの話が頭に浮かびました。

 こうして書きながらレースの写真を見てみたところ、岩手ではほとんど柔らかいタイプのようですが、固いタイプを使っている騎手も何人かいます。両方使い分けている方もいるようです。JRAや他地区の騎手は固いタイプが主流のようですね。
 いや、復帰した雅文騎手もまた固いタイプを使っていたりしたのですが、固いタイプを見る度に、やっぱりちょっと気になってしまいます。固い方が使いやすいだろうという事は、なんとなく分かるのですが・・・。
 柔らかいタイプに替えてくれないかなあ。

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