なぜ女子だけ?高梨沙羅ら4か国5人がスーツ規定違反の大混乱…ノルウェー選手「通常の測定方法ではなかった」と訴え、ドイツ監督は「クレイジー!」と激怒
北京五輪から採用されたスキージャンプの新種目、混合団体で7日、大混乱が起きた。大ジャンプを見せた高梨沙羅(25、クラレ)が、抜き打ち検査により、まさかのスーツ規定違反で失格。続いてドイツ、オーストリア、決勝ではメダル圏内にいたノルウェーの2選手と合計5人のすべて女子選手が失格となる異常事態となった。ノルウェーの選手が「通常とは違う測定方法だった」と問題点を指摘するなど失格となった各国から不満と怒りの声が出ている。
太もも部分が2センチ超過。極寒で筋肉萎縮?
まさかの事態が起きた。日本の先頭バッターとして出場10か国のうち6番目に飛んだ高梨がK点を越える103.0mのビッグジャンプを見せ、女子が飛ぶグループ1が終わって暫定2位に食い込んだが、競技後の抜き打ち検査で「スーツ規定違反」を指摘され失格となった。
ジャンプ競技では、国際スキー連盟(FIS)が、体重、身長に応じた板の長さから、グローブの縫い目の位置、長い髪の毛の収め方まで細かく規定しており、スーツについても「ジャンプスーツはすべての箇所で選手のボディーにぴったり合うものでなければならない。 直立姿勢でスーツ寸法はボディー寸法と一致しなければならず最大許容差はスーツのあら ゆる部分においてボディーに対し 最低 1センチ、最大 3センチ(女子は最低 2センチ、最大 4センチ)とする」との規定がある。
少しでも大きなスーツが空気抵抗を得て有利になるため、ミリ単位で違反を取り締まっているものだ。
日本の場合、各選手が数着のスーツを持ってきているがチームがチェックして用意。今回、高梨が4位に入賞した2日前のノーマルヒルで着用した同じスーツが使用され、試合前の検査はクリアしていたが、抜き打ち検査では、太もも部分が規定より2センチオーバーしていたという。
体重や体型は、日々変化するためスタッフも、神経をとがらせているが、チーム関係者の説明によると、北京のジャンプ台は、氷点下16度の極寒のコンディションだったため筋肉が萎縮してしまい、結果的に予期せぬ、誤差が生まれたのではないか、という見解だった。 だが、スーツ規定違反に引っ掛かったのは高梨一人だけではなかった。
グループ1で最後の10番目に飛び83.0mだったオーストリアのダニエラ・イラシュコシュトルツ、グループ3では、ノーマルヒルで銀メダルを獲得しているドイツのカタリナ・アルトハウスもアウト。ドイツは8か国に絞られる決勝に進むことができず、なんと決勝では2位につけていたノルウェーのアンナオディネ・ストロム、シリエ・オプセトの2人の女子選手が失格を申し渡されメダル圏外に脱落。日本が4位に浮上、一転、メダルのチャンスが出てくるという大混乱を生むことになったのだ。
結局、スロベニアが金メダル、ノルウェーと2位争いをしていたROCが銀メダルで3位がカナダ。日本は高梨が涙をこらえて決勝では意地の98.50mを飛び、ノーマルヒル金メダリストの小林が奇跡のメダル獲得をかけて106mの大ジャンプを見せてカナダを追いかけたが、4位に終わった。
高梨はコメントを発せず、日本チームは一切、不満を口にしなかったが、五輪という大舞台で、計5人が失格となり、しかも、そのすべてが女子選手だという異常事態に「クレイジーだ!」と怒りを爆発させたのが、ドイツのシュテファン・ホルンガッハー監督だ。
欧州をカバーしているスポーツ専門チャンネル「ユーロスポーツ」によるとジャンパーとしても五輪に3大会連続出場しているホルンガッハー監督は「まったくクレイジーだ。(予選で)3人の女子が失格になってしまった。その女子選手は、いつもワールドカップで優勝している選手たちだ。我々には何の説明もなかった。彼女(アルトハウス)は個人戦で同じスーツを着てジャンプしたのだ。そして何の説明も受けていない。ありえない」とまくしたてたという。
またドイツのチームマネージャーのホルスト・ヒュッテル氏は、ドイツのテレビ局「ZDF」の取材に対して「以前とは違う検査の手順が使用されたかのように思える。もしそうなら、プロセス全体に疑問を持たなければならない。男性を一人も抜き打ち検査していないのだ」と、検査方法に疑問を呈した。
ヒュッテル氏は、今回の問題に関して日本とオーストリアと緊急協議したことも明かしている。
また当事者のアルトハウスもインスタグラムにて「私は11年間、失格になったことなどない。言葉を失う」と悲しみを伝え、1回目に101mを飛んだ同僚のコンスタンティン・シュミットもインスタグラムにて「この悔しさは計り知れないもので、私の一日は台無しになった。私たちのチーム全体が非常に高いレベルのジャンプをしていたし、私も自分のジャンプにとても満足していた。
ワールドカップのシーズン中、ほとんどの女子選手のスーツが完璧にフィットしていたのに多くのチームで失格者が続出していることが本当に理解できない。私は人生をかけてトレーニングしたのに、経験を奪われたと感じているし、同じ状況の他の15人のアスリートもそうだと思う。このような経験は絶対にしたくなかったし、できれば二度としたくない」と怒りのメッセージを残した。
またノルウェーの「VG」紙によると失格となったオプセトは、「審判員がスキージャンプのスーツを測定する際、通常の手順に従っていなかった」という問題点を指摘したという。
「何と言っていいのかわからない。彼らはまったく違う方法で新しい手順で(スーツを)計測した。今までとは違う立ち方をするように言われた」
同じくストロムも、「検査が通常とは違う手法だった」と不満を訴えている。
身体とスーツの測定は、特製のノギスを使い手作業で行われる。FISのガイドラインでは測定時の姿勢などについても細かく定められているが、手業ゆえに誤差が生じることはこれまでも指摘されていた。今回は測定方法にまた新たな問題があったのかもしれない。
ノルウェーのブレード・ブラテン・コーチは同メディアに「本当に言葉を失った。選手たちにとってはとても辛いことだ。新しい種目を導入して、もう一つの種目に出場できたのにことにこんなことになってしまった。そして、なぜ女子だけが失格になったのか。残念ながら、私たちのスポーツにとって悲しい日となった」と話し、FISに対して説明を求める抗議行動を起こすことを明らかにした。
海外メディアも初採用となった混合団体で起きた異常事態を問題視した。前出のユーロスポーツは「冬季五輪のスキージャンプ混合団体戦は失格者が続出し一部の国が激怒したことで茶番劇に陥った。スロベニアが金メダルを獲得したことよりも最大の話題となったのは審判員の行動だ」と厳しい論調で批判。
ドイツのスキー専門メディアの「スキー・スプリンゲン・ドットコム」も「北京で失格の嵐…スポーツを破壊する行為だ」とのタイトルで問題視した。
国際スキー連盟の公式サイトも「トップの4チームのメンバーは、スーツがルールに適合していなかったために失格となった。これらの失格者がこの日の話題の中心となった」と伝えた。
そして、メダリストたちのコメントと共に、失格の恩恵を得て、銅メダルを獲得することになったカナダチームとのやりとりを紹介している。
「他のチームのジャンパーが失格になったことを考えると苦い思い出になるメダルではないか?」という厳しい質問に対して、アビゲイル・ストレートは、次のように話したという。
「メダルがほろ苦いとは思わない。これ以上なく甘いものだと思う。スポーツでは用具がとても重要で失格になることもある。スキージャンプではよくあることで、今回の五輪で起きたことは、最高レベルであるがゆえに、ルールが厳しく守られていることを示していると思う」
これも立派なコメントだった。
高梨は気丈にも「最後まで飛びます」と2本目のジャンプ台に上がり、98.50mのビッグジャンプを見せたあと、しゃがみこんで号泣。テレビカメラにむけて健気に数秒間にわたって深く頭を下げた。
ルールとスポーツマンシップがなければ五輪という最高の舞台は輝かない。だが、勝者も敗者も、どこか喉の奥に骨が刺さったような後味の悪い戦いになってしまった。その理由と原因をスキー界全体が究明せねばならないだろう。
(文責・論スポ/スポーツタイムズ通信社)