散日拾遺

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誰のために誰が苦しむか

2019-04-22 10:00:57 | 日記
2019年4月13日(土)~20日(土)
 韓国が、東京電力福島第1原発事故後の放射性物質の流出を理由に、福島県など8県産の水産物の輸入禁止措置を続けており、日本が不服を申し立てていた件について、WTOの紛争を処理する上級委員会は11日、一審にあたる紛争処理小委員会の判断を覆し、「必要以上に貿易制限的で不当な差別にはあたらない」との決定をくだした。(メディア各紙・HPなどより)
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 要するに日本が敗訴。
 腑に落ちないことは多々ある。対象となる8県の中に、なぜか海のない群馬と栃木が含まれていたりする(他は青森・岩手・宮城・福島・茨城・千葉)。何よりの不可解は、「科学的には安全性が立証されており、韓国の国内基準に照らしても問題ない」と明言しながら、完全な安全性を求める韓国側の「心情」に配慮してこの裁定を下していることだ。物理学より心理学というわけで、この種の案件の判断理由として説得的とは思われず、事実異例の立論であるという。異例といえば、一審小委の判断を二審上級委が覆すのも珍しいことらしい。
 そんな次第で、韓国側の強力なロビー活動があったとささやかれ、WTOの機能不全が他の証拠とあわせて取り沙汰されるのも無理からぬ次第。理不尽との印象は拭いがたく、水産業の現場で愚直誠実に働く人々に気の毒というほかない。
 ただ、この件を「理不尽」「気の毒」「韓国の過剰反応」等々で済ませてよいかどうか。韓国側は「放射能汚染処理が完了していない現状では、安全性が確立されたとはいえない」と主張した。日本側は具体的数値を挙げて反証し、その反証の合理性自体は認めつつも、上級委員会は韓国側に軍配を揚げた。「汚染処理が完了していない現状」への憂慮と警戒に、それなりの理があると見たことになる。
 反論したい気もちは自分の中にたっぷりある。しかし、われわれが震災と津波の破壊力を充分に評価できず、核のエネルギーのリスク管理に失敗し、結果的に人類共通のかけがえのない環境である海洋を手ひどく汚染した事実は否定すべくもない。「地震国」であり「海洋国」であり唯一の「被爆国」でもあり、かつまた技術力を立国の頼みとする日本という国にとって、これほど大きな恥と失敗が考えられるだろうか。
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 震災で失われた命と生活の甚大さに対する同情から、世界はこれまで支援と激励を送ってくれた。しかし、われわれが海を汚したこと、それも「地震」と「放射能」という、日本人が世界中の誰よりも知悉しているはずの危険を扱い損ねて、そのような結果に至ったことに対する、厳しい非難と問責が背後にはある。世界は言葉にするのを控えているだけで、決して見逃していないし忘れてもいない。日本人自身がどのように償うか、期待と懸念を抱いて注視しているのである。
 WTOの理不尽な裁定に反発するだけで終わりとせず、われわれが歴史の法廷で問われているより大きな責任に思いを致すこと、K君ならばそれこそが「前頭前野の正しい使い方」と主張するだろう。不条理に満ちた現実の政治的事件に神意を見るのは、旧約の預言者たちの身上であるが、決して旧約に限ったことではない。むしろ古今東西あらゆる文明の中にそうした声を発する者が常にあり、それが失われ沈黙させられた時に文明は内側から壊乱していった。
 ついでに言うなら、ここで「われわれ」と一括りにすることには実は大きな欺瞞がある。原発とは何の関わりもなく海で働き続け、その海を汚されたあげく国際社会からの拒絶と生活の困難に直面させられている漁民と、原発が供給する電力を消費し豊かな海の産物を享受しながら、WTOの裁定によってとりわけ不利を被るわけでもない都市生活者の自分と。恥と責任がどちらのものであるかは、考えるまでもない。これは単なる不公平の問題ではなく、加害/被害の関係ですらある。ホヤをとる人々を苦しめているのは、実は韓国政府ではなくて自分たちではなかったか。
 「唯一の被爆国」であるという理由から、日本と日本人が発信する平和のメッセージに対して世界は大きな敬意を払ってきた。「放射能で海を汚した国」という理由がその逆の現象を引き起こすことは避けがたく、放射能汚染を除去するとともにこの汚名をそそぐことが、後続世代の重い課題となっている。高齢に入りつつあるものとして、若い人々にまったくもって面目ない。
Ω


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