散日拾遺

日々の雑感、読書記録、自由連想その他いろいろ。
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忙中なればこそ閑はあるもので・・・

2015-03-04 08:33:20 | 日記

2015年3月4日(水)

 2月末締切のタスクの一つは、どうにかこうにか駆け込んだ。

 電車の駆け込みはゼッタイしないが、原稿は駆け込みばっかりだ。以前、放送大学の某有名教授が「原稿なんか、締切が来てから書くわよねえ」とあたりまえのように仰って同意を求めるので、返す言葉に困ったことがある。深く敬愛するこの方は、現在執行部の一員として、印刷教材の締切を厳守させる立場にあり、「私が言っても説得力がないんでございますが」と明るい笑顔で督励にあたっておられる。

 

 ひとつ切り抜けたというものの、その間に他の仕事を全部あとまわしにしていたから、3月を迎えて状況はかえって厳しい。どれもこれも終わらないのに、新しいことが入ってくる。頼まれるうちが花とばかり、原則として断らないのが文字通り積み上がっている。この忙しいのに、いやさ、この忙しさだからこそ、おろそかにできないものがあるんだな。誰にでもあるはずだ。そういうものがなければ、人はもたない。

 

 碁の話をしてるのでした。碁だけとは言いませんが。

 土曜日の石倉教室を休学するようになって、ますます貴重になったのが運輸技術部のFさんとの対局だ。といってもFさんは毎日出勤してるが、こちらはフレックスなうえ、出勤日はあちこち駆け回っているので、なかなか時間が取れない。1~2週に一度、昼休みに盤を囲むのだが、それもFさんはきっちり時間どおりに席へ戻らねばならないので、実質45分ほど。これだと素人の早碁でもめったに一局終わらない。プロの三大棋戦みたいに打ち掛けということになる。何だかカッコイイのだ。

 初めはもどかしかった。たいがい終盤の難しい局面でおあずけになるから、その後をああ打とうか、こう打とうかと、次の機会までさんざん考えることになる。あるときふと、これが案外上達に資するかもしれないと気づいた。ふだんは対局中にそこまで真剣に考えないからね。こっちだけかと思ったら、ふとその部屋の前を通りかかったとき、Fさんが打ち掛けの碁盤を何とも真剣に見つめて考えているのを見かけ、安堵もしおかしくもなった。

 Fさんは休み時間にいつでも検討できる。それならアンフェアじゃないよねと、こちらは写真をとって検討することにした。で、前々回の打ちかけ図である。

 僕の黒番で碁は終盤。中央の白一団を取り込んで大利を得たが、代償に白も左辺ぶっ通しの立派な地ができている。目算では(これが頼りないんだが)細かそうだ。ただ次は黒の手番で、右下にワリコミが成立しそうなのである。

 碁は物理学的というか天文学的というか、石が直接ぶつかりあっての接近力のほかに、強い一団が離れた場所にまで及ぼす遠隔力というものがある。電磁波に喩えようか万有引力ないし磁力に喩えようか、何しろ不思議なものだ。ワリコミが成立する状況はその中間態で、近傍に強い味方がいるとき、一間トビで連絡しているはずの相手の石の間に文字通りワリコむ強手が成立する。この手が見えるようになるまで、僕などはずいぶんかかった。

 で、ワリコんだ後はどうなるか。白の応手しだいで変化がいろいろあるが、場合によっては下辺白の一団が切り離されることになる。すると無条件では生きない、コウになると読んだ。黒絶対有利のいわゆる花見コウだが、終盤なのでコウダテが続く保証がなく、場合によってはコウに勝てないこともあり得る。Fさんはつながって打つだろうか、それともあえてコウを受けるだろうか。

 それぞれの場合の最善手を何通りも考えて知恵を絞るのが、僕にはちまたで流行りの数独よりもはるかに面白い。どう変化しても、それぞれの場面で最善を選んでいけば、どうやらわずかに黒に残りそうだと結論を出したが、確信はもてない。ところが日曜日の夕方、CMCCの理事会で会計資料を眺めている最中に、ふとアタマの片隅が点灯した。

 コウじゃないよ、無条件死だ!切れたが最後、白から打っても生きがない。白はどうしても切らせるわけにいかず、そうなると打ち方はかなり絞られてくる。Fさんはこの状況を同じように理解しているかな、それとも案外・・・

 

 碁の異名がいくつもある中で、中国などでは「手談」と言うのがあるそうだ。まさしく着手によってコミュニケートするんである。碁が勝負事だというのは間違いとはいえないが、ただの勝負事ならこんなに夢中になりはしない。理に適って打たれた碁石の形は、得も言われず美しい。美しい碁形を両者相競い、ある意味では力を合わせて創り出す。一方の王が討ち死にして終わる将棋・チェスと根本的に違った魅力がたまらない。加えてこのコミュニケーション性が玄妙である。

 今度の火曜日は、とにもかくにもワリコンでFさんに手を渡そう。さて、どう応じてくるかしらん。手紙の返事を首長くして待つような、そんな気分の日曜日だった。そして・・・

 

 碁敵(ごがたき)は 憎さも憎し なつかしき (作者不詳)