ヒジュラ暦1427年サファル(2月)25日 ヤウム・サブティ(土曜日) |
【能書き】
以前、「ムスリマのベリーダンサーはけしからんのか?」というシリーズを綴りましたが、そこではベリーダンス自体にはあまり触れていませんでした。
イスラムとベリーダンスには本来直接の関係は無いのですが、ベリーダンスがアラブ文化やイスラム文化の一部だとみなされている現状(たとえそれが人為的に形成されたものであっても)もありますし、少しばかり歴史的な経緯を調べてみようかな…という気になりました。
いつぞやコメント欄でアリーマさんが、「自分のブログでベリーダンスの歴史についていずれ掲載する予定」という旨を書かれていたので、ちょっと躊躇したのですが、「私なりの考察も加えて独自性を出すから、先に書くのを勘弁してね」という気持ちで書くことにしました。(アリーマさん、すみません。お先に失礼します)
私は音楽やダンスについては全くダメ(知識、実践とも)なので、詳しい人から見たら「何をトンチンカンなこと言っとるんだね、キミは?」ということもあるかもしれません。そこら辺はコメント欄で優しく諭してあげましょう(←いきなり弱気)。
例によって一回で綴るには量が多くなりそうなので、こちらもちょっとしたシリーズで綴っていくつもりです。
【参考文献や調べ方】
日本語ではあまり参考になる本が無かったので、とりあえず "bellydance" (by Dolphinia) なる本をアマゾンで取り寄せてみました。
見開きでたった2ページだけ歴史が載っていて、あとはとてもきれいなオールカラーの技術書でした。
たぶん、イランやサウジには持ち込めそうにありません。
著作権の問題がありそうなので、画像などはアップしませんが、興味ある人はアマゾンで取り寄せてみてください。会う機会のある方には希望があれば直接お見せします。
"Oriental Belly Dance " (by Ozdemir, Kemal) というペーパーバックも注文してみましたが、「世界中で人気があり発送時期が集中しているため、すご~く時間がかかるよ!」というメールが届きました。
その他、いくつかのサイトも参考にさせて頂きました。そのまま引用などはしていないので、特に参考サイトはリストアップしません。
【概 観】
ベリーダンスは広い地域に広がりましたし、時代とともに変化してきました。
現在では、エジプシャン、ターキッシュ、フォーク・アンド・エスニック、アメリカン・トライバルなどの種類があるそうです。
それだけに、「ここがベリーダンスの発祥地」と一カ所に起源を特定することは困難です。インド、北アフリカ、アフガニスタン、中東など諸説ありますし、当然ながら複合説も有力になってきます。
もともとは多産や安産を祈願したり、地母神を崇めるための宗教的儀式だった可能性が強いのも、複合説の根拠になりそうです。
多産、安産を祈願する儀式というのは、広範囲に普遍的に見られるからです。
そのような儀式には、男性は禁忌だったのが普通で、もともとは女性が女性のために踊ったダンスだと考えられます。
"bellydance" (by Dolphinia) によると、男性がこのダンスを見るようになったのは19世紀以降となっています。
ただ私の考えとしては、イスラム世界に乱れが見られ始めた17~18世紀あたりには、男性を楽しませるために踊っているダンサーもいたのではないかと思います。
そのあたりの根拠についてはいずれ記述するつもりです。
【ベリーダンスの呼称について】
ベリーダンスの、アラビア語での呼び方については、"bellydance" (by Dolphinia) ではラテン文字転写で"raks sharqi"となっていましたが、日本語のサイトでは「ラアス・シャルキ」 「ラクス・シャルキ」 「ラアス・シャルイ」など、さまざまな表現が見られました。
よくわからないので、『パスポート初級アラビア語辞典』(本田孝一・石黒忠昭:編、白水社)で調べてみると、「ベリーダンス」は
رَقْصَةُ الْبَطْنِ (ラクサ・ル・バトゥニ)
となっていました。"raks sharqi" も 「ラアス・シャルキ」 「ラクス・シャルキ」 「ラアス・シャルイ」もアラビア文字で表した資料が無かったので、勝手に推測しましたが、おそらく
رَقْصٌ شَرْقِيٌّ (ラクス・シャルキ または ラアス・シャルイ)
という綴りではないかと思います。
ق (カーフ)
をフスハーだと「かすれたカ行」、エジプト方言だと「かすれたア行」で読むため、フスハー(正則アラビア語)なら「ラクス・シャルキ」という読み方になり、エジプトのアーンミーヤ(方言)だと「ラアス・シャルイ」という読みになると思うのですが…。
アラビア語に詳しい方、当たっているでしょうか?
意味は「東方のダンス」ということになり、各参考資料の訳とも一致します。そして、日本でも「オリエンタル・ダンス」という言い方もするようになっているようですし。
ということは、アラビア語で「東方のダンス」ですから、ベリーダンスの起源は中東よりは東の方ということになり、中東が起源ということはではなさそうです。
もっとも、イスラム圏の多くの国がヨーロッパの植民地になった時代、ヨーロッパ人が「オリエンタル・ダンス」と呼び、それがアラビア語に訳された可能性もありますが。
これについてもいずれ記述するつもりですが、長くなったので、今回はここまででやめておきます。
長々と呼んでくださったみなさま、お疲れ様&ありがとうございました。
アラビア語はそれであっているそうですよ。「東のダンス」を意味するアラビア語は、比較的新しい言葉らしいですね。欧米での呼称が逆輸入された可能性が高いそうですが、文献的な裏づけまではどうかなぁ。ガワージーとの関連もありそうです。続き、楽しみにしています!
ライラさんも、サイトでガワージーについて書かれていましたけど、日本語だとホントに参考になる資料が少ないですね。
門外漢なりにいろいろ調べて考えて文化史的に綴っていくつもりです。
今後もアドバイスなどよろしくお願いしますね。
面白いテーマなのでそのうちやろうと思います。パクらせてください(あほか、おまえは!)
最近、食い物ブログをはじめて、そっちに熱中しております。ぜひ遊びにきてくださいまし。
http://honyarara.livedoor.biz/
『横浜ほにゃらら日記』
『横浜ほにゃらら日記』
「子ブログ」をTBさせていただきました。
いきなり押しかけてすみません。
しかも、ハラールじゃない店ばっかりですね、よく考えると。
スミマセン、スミマセン。
現在、インド起源説に関して、「ジプシー(ロマ)」「フラメンコ」「ジャーティー(カースト)」「スペイン語とアラビア語とヒンディー語」などをキーワードに、どう構成していくかを模索中です。
アウトラインというか記事はもう書けているのですが、もう少し裏付けがないと説得力がでません。
やはり、ロマが絡んでくると、歴史的に不明な点が多くて難しいです。
参考文献を読んでいても、「本当にそうかな?」という疑問点も多く、いちいち確認するのに時間がかかっています。
たまには、『横浜ほにゃらら日記』に出ている店でも行って気分転換してきます(そういえば昨日も横浜で晩飯食べました)。
ワタシ、ホテル時代にもうそれはそれは大変な苦労をしたので。ノー・ポークの場合、肉だけじゃなくて、出汁もだめ。あ~それでソースにアルコール入れたら何にもなら~ん!みたいな。
差し支えなければ、教えてください。
私の場合、そこまで突っ込むつもりはぜんぜんなかったんで、ひたすら感心してます。
まあ、あの変の文化は行ったり来たり混ざったりしてるので、まとめようったってまとまらないじゃん、とか最初から投げた態度の私は、恥じ入るばかり。
あの基本音階はどこの発祥だったのでしょうかね?
あれに合わせた踊り、ということで独特の動きになったような気がするのだけど。
記事ができたら、是非『ぶらぶら』でも紹介させてくださいまし。
お待ちしてます~。
食生活についてはトップシークレットです(←なぜ
でも実際問題、完全にシャットアウトは難しいのですよ。
でも、ここのところ思考停止状態です。
ということで、後は任せました。と言いたいところです。
でも、音楽的なアプローチはお願いします。そっちが本筋なんですけどね。本当に音楽の知識が無いモンで…
アル・アインのアラブ料理大会も、ペンディングのまま。
一度いってゆっくりジアードさんと相談したいけど、どうも一人じゃ行きにくい店なのでね。
あと、ダンスにしてもなんにしても、間口をインドに広げると全てのテーマは闇に吸い込まれるようにわかんなくなってきます。
私も音楽は弱いのですが、弟が民俗音楽フリークなので、そのうちゆっくり聞いて見ます。