茨城から発信します

旅が好きです。
見て 聞いた 茨城を紹介します。
昔の写真から旅の思い出を紹介します

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茨城から発信します 水戸芸術館の パイプオルガン再開記念スペシャル

2012-04-29 09:59:50 | 茨城紹介

連休が始まったが関係なく過ごしています。

水戸芸術館のエントランスホールではパイプオルガンの

再開記念スペシャルが催されています。

入場料無料で著名なオルガニストの演奏が聴けます。

4月28日、昨日聞きに行きました。

会場に着いたのは20分前、超満員で2階の会場です。

13:30分定刻に始まりました。

お馴染みの作曲家と演奏曲目です。

オルガニストは椎名雄一郎、解説を加えての演奏です。

演奏中は写真撮影は出来ません、残念!

手鍵盤と足鍵盤、左右に身をくねらせての演奏は初めて見ました。

手すりに縋り付き立ったりしゃがんだり辛かった!

素晴らしい演奏に1時間最後まで聴きました。

勿論アンコールに応えた演奏もありました。

5 ~ 6 月はパイプオルガンの演奏が無料で楽しめます。

 

 

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茨城から発信します 国営ひたち海浜公園のネモフィラ

2012-04-28 07:00:00 | 茨城紹介

「みはらしの丘」へ移動中です。

丘の麓には昔を偲ぶために古民家が保存されています。

「みはらしの丘」ではネモフィラが見頃を迎えていました。

ネモフィラは和名で瑠璃唐草・耐寒性一年草です。

 baby blue eyes カナダ西部から米国メキシコに咲いています。

青い~ 目をしたお人形 ♪ 可愛い花は笑顔に見えます。

スイセンガーデンを見て「みはらしの丘」頂上まで約2km少し疲れます。

「みはらしの丘」の標高は58mでひたちなか市で最高地点です。

阿字ヶ浦の海水浴場は右の方にあります。

建設中の常陸那珂港は日本を代表する物流企業が集積しています。

北関東自動車道は常陸那珂港 IC が起点になっています。

250万本のネモフィラはスライドショウで見てください。

 右端のマークをクリックしてください  ↑

ネモフィラが終わると丘は整備されコキア(ホウキグサ)が植えられます。

秋には丘がまっ赤に燃えるでしょう。

これからチューリップ園へ移動します。

 

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茨城から発信します 国営ひたち海浜公園

2012-04-26 07:00:00 | 茨城紹介

国営ひたち海浜公園

公園の総面積は350ha で東京ディズニーランドの5倍の広さです。

余り広くて隅々まで見たことは有りません。

スイセンが見頃を迎えています。

スイセン・ガーデン 1ha に100万本のスイセンが咲いています。

花には説明は要らないですね。

スライドショーを始めますので見てください。

 

右端のマークをクリックしてください   ↑

ここは昔 陸軍の水戸飛行場跡地です。

敗戦で米軍の射爆場となりました。

返還後は公園として市民が楽しんでいます。

次回はそのことについても紹介します。

 

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勿来の関 歌碑と山桜

2012-04-24 07:00:00 | 雑記

常磐自動車道の勿来ICから「勿来の関」は

およそ 3km の小高い山の上にありました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

“ 吹く風を 勿来の関と思えども 道も背に散る 山桜かな ”

源義家(1042 ~ 1106)が陸奥へ行ったのは

生涯で三度(1056年、1070年、1083年)と云われています。

関所の跡、すり減った石畳は歴史の重みを感じます。

と 同時にこんな所で関守が出来たのか不安に思えました。

砦も城跡も見あたりません。

石畳の両側には素晴らしい大きな石の歌碑が建っています。

源義家の歌碑は一番古く1851年に建てられたそうです。

「勿来の関文学歴史館」は休館日で資料が貰えません。

詩歌の小径 いしぶみ散策マップを照合しましたが

歌碑の順序は一致しないかも知れません。

山桜がとても綺麗で良いときに来ました。

遠くには勿来海岸と燈台が見えます。

そこには国道6号線が通っています。

何回通過したかは数えきれませんが「勿来の関」は初めてでした。

勿来の関はすばらしい所でした。

写真が多いのでスライドショウを作りました。

 右端のマークををクリックしてください ↑

斎藤茂吉、長塚節の歌碑や松尾芭蕉、角川源義の句碑もありました。

勿来の関歴史館に女性が来たとは思えないのに

勿来の関が詠まれている訳を聞くと「歌枕として

勿来の関」が使われていたと教えてくれました。

「勿来の関」は文学的に知名度が高かったのですね。

関所と云えば「安宅の関」で義経と弁慶が関守・富樫との

気迫の迫る歌舞伎の勧進帳を思い出しました。

関所とは惜別の悲哀も多かったのでしょうね。

その後に「五浦の六角堂」へ行きました。


 

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町内シニアの囲碁大会

2012-04-23 07:00:00 | 雑記

昨日は町内のシニア囲碁大会でした。

10数人が集まって白黒の石で陣取り合戦。

今日は3勝1敗でまあまあの成績でした。

上級者に負け、同級とそれ以下の人に勝ちました。

強きを助け弱きを挫く全く情けないですね。

その上級者が優勝、少し残念でした。

月に1回の頭の体操になりました。

町内にも旅行や囲碁で仲間との交流が出来ました。

世の中では孤独死が増えているようです。

それだけは避けたいですね。

勿来の関の櫻は散ったかなぁ ~ 

源義家、小野小町、和泉式部達は本当に勿来の関に来たのかなぁ ?

彼らや彼女達の歌碑が沢山あります。

勿来の関の写真を沢山撮って整理が大変です。

 


 

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