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Rー50人生100年時代の私のライフデザイン。定年後の定年のない人生。終身フリーランス。

Rー50、50歳未満入場禁止。年金に頼らずに楽しく仕事を続けていくためのライフデザインとビル管理業界の話。

R-70 死を意識したライフデザイン(5)- 一人になってしまった場合

2025年04月12日 23時36分39秒 | 70歳の転職
先週までの結論:

・86歳で死ぬ。

・元気なのはあと5年、77歳まで。

・必要な貯金は500万円

・カミさんの意識改革

・死を意識して毎日を有意義に過ごすことが大事



「あと5年」、カミさん共々元気なうちにすべきこと。それは今できていることを続けることであった。

それは、

・仕事のない日のカミさんとの街歩き

・長男夫婦や次男との定期的な食事
 
であった。

カミさんと同時に人生を終えるのが理想で、現実的には6歳年上の私が先に行く確率は高い。

しかし、万一、「あと5年」の中でカミさんが先に亡くなったらどうするか。

「どうするか」であって「どうなるか」ではない。

「どうなるか」は本や映画で面白可笑しく紹介されている。

炊事洗濯をしたことのない旦那が・・・・・・話し相手もなく・・・・・・酒におぼれ・・・・・・

「どうするか」

・仕事は続ける
 仲良しのカミさんがいなくなるのは相当なショックであろう。
 だからといって、仕事をやらずに「もういいや」では、人とのコミュニケーション量や運動量が減り、ボケへまっしぐらとなる。
 メンタルも含め健康のために仕事は続ける。

・仕事のない日の街歩き
 土日のどちらかの最低半日は家事に割き、残りで街歩きを行う。
 (土日のどちらかの最低半日は家事に「割かねばならず」と「どうなるか」に流れそうになるが)
 いままで生で見たことのないボクシングやバレーボールなどのスポーツ観戦もよい。
 カミさんの足では歩き回れなかった山歩きもいいね。

・長男夫婦や次男との定期的な食事
 息子たちに心配させないためにも定期的に会食。

さて、旅行はどうするか。

(続く)
<街歩きで見つけた松崎しげるの事務所らしい場所>
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R-50 Life Design:この歳になっても 仕事は続けます。でも、休暇も必要。

2025年01月05日 19時53分42秒 | 70歳の転職
明けましておめでとうございます。

毎年、年末年始はライフデザインの見直しを行っています。

去年は自分にストレスをかけすぎたようで約60年ぶりに入院。

しかし、退院した翌週から通常勤務、9月からはほぼ毎週末、立ち合いの仕事を継続。

カミさんが心配し始めました。

今年も柱になるのは仕事。

「当たり前だろう」と言われそうですが、私の年齢で「フルタイム」で仕事をしている人は僅かです。大学の同期で働いているのは、5%くらいでは。

「おいくつですか」と良く聞かれますが、見かけの年齢を答えています。

以前、記事で書きましたが、ビル管理の仕事に就き、顧客を外資系に絞り、「英語力×技術力」で勝負しています。

収入は一般的なビル管理従事者の3倍です。

あと20年若ければ正社員として働き最低でも年収1500万円くらいはもらえるはずです。

それだけ英語ができるエンジニアが「いない」、「来ない」、魅力がない業界なのです。

仕事を続ける理由は経済的な理由が一番ですが、「健康のため」が二番目の理由です。

よって、入院しては意味がありません。

仕事をすると今ある知識の切り売りではすまず、新たなことを学ばなければなりません。

それは顧客に関する知識であったり、様々な業務管理システムであったり、結構、頭を使います。

「頭を使うこと」で「脳が活性化」し、「体の健康」も保てると確信しています。

という訳で今年も仕事は頑張ります。

しかし、がむしゃらは捨てて、一旦、長期休暇を取る予定です。

それができるのは個人事業主の特権。

今年も、

<やったるで>
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ビル管理業界は俺たちのもの。ここで人生を楽しもう。

2024年12月31日 11時04分02秒 | 70歳の転職
今年は30日(月)まで働くことになった。まあ、顧客が金融業界なので仕方がない。

それでも先週末、しっかり休め、31日から6連休なのは本当にうれしい。

以前からお伝えしているように、ビル管理業界はビルがなくならない限り続く。

人手不足は続いており、特に、英語力が必要とされる外資系業界は顕著だ。

英語のできるエンジニアは、IT大手やデータセンターに高給(1000万円以上)で抜かれる。

その「抜けた穴」に私のようなシニアが入る余地があるのだ。

英語力はあるが、技術力がない、という人は、3年、この業界の現場で修行しよう。

とにかくこの業界に潜り込んで3年修行すれば、違う未来が見える。

私は来年半ばで一旦、仕事を辞めて旅に出る。

個人事業主は自由。サラリーマンとは違う生き方ができる。

シニアの皆さま、仕事を活用して脳(と体)を元気に保ち、小銭を貯め、人生を最後まで楽しもう。

では、また、来年。

<ビルはなくならない>



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R-50 ライフデザイン:自分の転職の話(2)- 70歳での転職

2024年07月14日 20時56分09秒 | 70歳の転職
裕次郎の話が続いたが、「人のことばかり言って、お前はどうなのよ」と思った人もいたはず。

という訳で、以下は私(当時70歳)の転職活動の話。

「俺やってんだよ」」

2023年6月4日の記事(一部加筆修)********************************************************************************************************

新しい職場で働き始めて間もなく、元請の会社が次の5年間の契約を失注

その契約を取った会社に移るか、元請の会社に残って別の職場に行くかの選択が必要になった。

私は迷わず後者。すぐに元請の会社の社長に伝えた(8人メンバーがいて6人は新しい会社に移った)

その理由は、

・半年ほど今の仕事をやってみたが、仕事の範囲が想定よりも狭く退屈。週五日3人体制で勤務。3日働けば十分こなせる仕事量と内容。
 (書き物としてのScope of Work(職務範囲)は充実しているが、実際の仕事の範囲は狭かった)
 (その年で贅沢だね、と言われるが、退屈は嫌い。学ぶことも少ない仕事は脳の活性化に役立たない)

・元請の問題点を把握しており、これからも仕事をいただける可能性が高い
 (ソリューション営業なら当たり前に考えることですね)

・元請に自分で営業して取ったの仕事なので未練がある

という訳で、元請残留が決まり、次の職場に来月から行くことになった。
(新しい職場に行く前に2週間ほどに旅行)

契約金額が下がったのは残念。

また、新しい職場の指導的立場の人が入院したとか。どうなるんだろう!?

いろいろな問題がある元請・職場だから、この歳でも重宝がられて呼ばれるんだ。

<ビルの数だけFM/BM(Facility Management/Building Management)の仕事はある。だが、差別化には戦略が必要>
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R-50 ライフデザイン:自分の転職の話(1)- 70歳での転職

2024年07月06日 17時59分06秒 | 70歳の転職
裕次郎の話が続いたが、「人のことばかり言って、お前はどうなのよ」と思った人もいたはず。

という訳で、以下は私(当時70歳)の転職活動の話。

「俺やってんだよ」」

2023年5月27日の記事********************************************************************************************************

昨年の夏に就活してみた。

2021年の末で6年お世話になったJ社のビル管理の仕事を辞め、妹夫婦とともに子宮がんになった母の介護に専念。

自分もしばらく休みたいという気持ちもあった。なんせ、業務受託契約で6年間、代休以外の休暇はなし。

更にその前のS社も同様な契約で、かつ、完全にブラックな企業であったこともあり3年間休暇ゼロ、代休もゼロ。

母が3月に亡くなり、葬儀や納骨、遺品整理、役所の手続きが終わった6月末に旅行に行った。

その後、ビル管理業界を中心にネットで再就職先を検索。もちろん利用したサイトは複数。

自宅近くの物件を中心に大学や介護施設の設備管理10件応募。面談にこぎつけたのは、うち3件。

結局、全部不採用であった。不採用の理由は、年齢(これは推測)の他、横文字会社での転職が多いこと。転職がキャリア構築の一環と説明したかったが、その機会もなし。

という訳で、自分で営業開始。知り合いの会社と協力して、I社に的を搾った。知り合いの会社に声をかけたのは、個人では会ってもらえる確率が減るから。

外資系のビル管理会社であるI社はブッラック企業時代に薄く付き合っており、常に人材不足であることは分かっていた。

初回に社長と面談。やはり英語ができるファシリティ・エンジニアがいないとのことで、二回目の会議で入社がほぼ決定。

現場のマネージャーたちともTemasで面談し、11月1日から入社となった。

やはりニーズを探さないとね。営業の基本だ。

のんびりと仕事とはいかないが、新しい職場で新しいことを学び、脳に刺激を与えられるのが一番のメリット。

脳の活性化が一番の健康法だ。

こんな健康の話をすることが、70歳の証拠。

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