建築設計者の日々是好日

建築家として感謝をもって生きる日々の記録

建築学会

2015年09月05日 | 建築
今日は何年かぶりに建築学会に参加するので気になるセッションに顔を出そうと思います
それにしても東海大相模原は家から2時間近くかかります

まずは1号館で環境分野の発表を聞きます
始めは音環境で拡散音場と入射角の関係
次に電力研究所の省エネ改修の発表
蓄熱や熱回収を含め年間の省エネ効果は改修後48%で負荷を平準化できた
どのくらいの費用がかかるか?とこの先どのくらい運用できるか?で評価も変わると思いますが立派な数字です
デシカントの発表も聞きたかったのですが終わっていたようです

お昼は14号館4階で行われた建築基本法準備会の昼食懇談会です
少人数でよかったのですが、時間が足りなかったのが残念でした
この国の建築文化復興の力になるのか?
建築は経済論理で消費される対象から文化にできるのか?
長期にわたる都市形成の良き指針となり得るのか?
制定までにはまだまだ時間がかかりそうですが、課題は山積しています

午後は14号館地下で建築学会賞展示を見て帰りました

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32年ぶりの丹沢大倉尾根

2015年07月22日 | 
日曜日に古くからの登山仲間と丹沢の大倉尾根を登ってきた
何しろ本格的な登山は32年間行っていない
高尾山には行っているがハイキングだと思う

結果はさんざんで、花立小屋で時間切れノックアウトとなった
今年の夏に槍ヶ岳登山にお誘いいただき、その気になったものの脚力の衰えが気になりバロメーターとして大倉尾根に出かけたのだった

今までのブランクは大きい
毎年北アルプスに行っていた頃は、片足スクワットを50回できて、大倉尾根を走って登っていた
しかし、今は3回がいいところで、両足50回もやっとという状態
これでは槍ヶ岳はきびしい
山は自己責任である
人様にご迷惑をおかけすることはできない

お誘いはうれしい限りだがお断りするのが正しい選択だろう
また鍛えて来年はぜひ行きたいと思う
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国立競技場再設計提案;このままでは建築家の名が泣いてしまう

2015年07月13日 | 建築
最近非常に気になることがある
国立競技場の設計案について新聞やテレビでの報道が連日のように出ているが、これも喉元過ぎればなんとかで消えてゆく「一時的事件」なのだろうか

そもそもこのコンペ結果が公表された時には建築界の各方面から懸念の声が上がっていた
それらの声の本質は正確に取り上げられず議論されずにここまで来てしまったと感じる
論点は非常に多く、焦点が定まらなかったかに見えたが、工事費が当初想定の2倍に膨れ上がったころから取り上げられるようになったようだ
いろいろな意味でもこのコンペはどのような性格のコンペだったのか理解しなくてはいけない

われわれが考える一般的な設計のコンペティション(設計競技と訳される)は敷地、法的制約、予算、要求空間と面積などが提示され、それに沿ったデザインを含めた計画案を作成して競うものである
これらは設計条件と呼ばれるが、これに違反しているもの、合致しないものは当選案とななれない

今回のコンペはどうだったのだろうか
敷地は与えられていたのに、当初案では中央線を飛び越えるというものだった
本来はこの時点で失格であるはず
審査員はデザインを選べばよかっただけではないことは自明のことである
細部は審査員の能力で法的に実現できるか?技術的に実現可能か?予算的に収まるのか?などつまり想像力に委ねられていた
さらに提出後に当初案から反転した案に変更になるなど、規定にも違反している疑いがある

ここまで問題が伸ばされてくると時間的な制約も厳しくなると思うが、当初のデザインとは全く別物の実施案はさっさとあきらめて、当選者にあやまり、国際的にもきちんとあやまり、再コンペを行うことを提案したい
そうでなければ、当選者も胸を張って自分のデザインだということはないようなしろものが出来上がってしまう
国民のみならず当選者にとっても不幸な結果が残ることになる
この辺が、マスコミでは理解されていないと感じる
さらに、日本ではコンペのいいかげんさだけが歴史に残ってしまい、今後の建築文化の発展への影響が心配だ

今度は、完全公開で、設計条件をはっきり提示し、予算も守れないような案は捨ててもらい、何か問題があるときの責任区分もはっきりして、臨んでもらいたいものである

コンペは選ぶ方も審査されるのである
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卒業式のシーズン

2015年03月25日 | 活動
今日は出身小学校の卒業式に出席してきた。
学校評議員として来賓の立場だった。
毎年恒例で同じような進行だったが、今日はなんとなくいい雰囲気だった。
読み聞かせや、空間ワークショップのボランティアを通じて顔見知りの児童がいたこともあるかもしれない。
しかし、卒業証書授与の後の校長先生の祝辞が良かった。
「ありがとう」「ごめんなさい」「さようなら」の3つの言葉の効用を紹介し祝辞としたのだ。
それぞれ、感謝、勇気、独立をあらわし、彼らのこれからの長い人生に向けたメッセージとしていいものだと感じた。

そしてこれも恒例の4、5年生による卒業生を送ることばとコーラス。
それに応える卒業生の歌声が素晴らしかった。
終了後に参列者が口々に聞き惚れたと賛辞を送っていた。

かくいう私も保護者として息子の高校卒業式に出席した。
こちらは体育館が大きく、天井が半円形で祝辞やコーラスの響きが良くなかった。
この高校の設計には、建築家協会のメンバーが建設委員会に参加していたということなので残念なことである。

今日の小学校の卒業生の将来を語る言葉の中に「建築家を目指したい」というのを聞いた。
空間ワークショップのボランティアで昨年の秋に担当した子供たちだったので、少しは建築の楽しさをわかってくれたのかなと一人うれしかった。
卒業生には夢を追い続けてチャレンジして欲しい。
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プロフェッショナル(職人技を持つ人たち)の生きる道

2015年03月05日 | Weblog
 われわれ建築設計者は無から有を作り出す仕事と言える。
しかし、その中身は昔とはずんぶん変わってきた。
私が組織設計事務所に入った頃は、まだアルミサッシができはじめたころで、学校の設計でもサッシといえばスチールサッシで、さらにスチールの型材を組み合わせて特注サッシを作る方法を教えられたものだ。

 翻って、現在はどうだろう?
スチールの特注サッシはできないことはないが、いざやろうとするとべらぼうな価格になってしまう。
スチールがいいと言っているわけではなく、そのような職人技を持つ人たちが減っていて、いたとしてもとても特殊な技能の持ち主という位置付けになっていることが心配なのである。
 なぜ心配かといえば、特注のサッシではなく一般の既製品のサッシを使っていれば(設計で仕様を指定することを意味する)なにも困ることはないのだが、ちょっと寸法を変えると高いものになってしまい、全体のコストコントロールを考えると躊躇してしまうという状況がいいとは思えないからである。
 そして、デザインの幅が狭められる。

 どの世界にも職人、匠、親方、プロフェッショナルといろいろな呼び方で専門家が存在する。
しかし、今の社会は特別なことをする、できる人間を使わない方向にあるように思う。
これは、非常な社会の損失と言える。
規定の製品しかできない社会になってしまったら、なにかの拍子に機械が止まったらなにも対応ができないということになりかねない。

 「技術は人についてくる」
人がいなくなればその技術も消える運命にある。
なんとかみんなでプロの技を使うことにしよう!
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住宅の設計施工一括請け負いで起きている問題と建築主の不利益

2014年12月05日 | 建築
住宅の設計施工一括請け負いで起きている問題がある

設計事務所登録もしている施工会社が設計者となり施工も請け負うことは法的には問題がない
ところが、設計事務所登録をしていないため(していても同様だが)、設計を他の設計事務所に依頼して建築確認申請では設計者は別で、施工のみ自己名義として、設計施工一括請け負いするケースがある
設計者欄には設計事務所の名前が記載され、施工者欄に施工会社の名前が記載され法的には設計監理責任は設計事務所に帰すことになるわけである
しかし、ほとんどの場合は建築主と設計事務所との間で設計委託契約は取り交わされず(素人は設計施工一括で設計を下請けに出していると思っているので)、施工会社が下請けとして建築確認を取る為にだけ設計事務所を利用するケースが目に付く
建築主から見ると設計者は設計事務所であり、施工は別の法人であるはずなのに、設計料が設計事務所に直接支払われることはなく責任の所在が曖昧だ

どういうことが起きているか?
設計のみ下請け的に事務所にやらせて設計料を支払い、監理業務はやらせないで施工会社が勝手に自分の都合のいいようにすすめるという事態がおきる
設計事務所は依頼されていないものをやるわけにはいかないし、やる必要もない
工事の進捗に必要な設計内容の確認が設計監理者によることなく工事が進められるばかりでなく、工事完了時の完了検査を受けずに(工事中に問題があれば検査が通る訳はないので)引き渡され、使用開始されるケースが非常に多い
これは、建築基準法違反ではないのか?

後になって違反状態が露見するのだが、完成当時は素人である建築主は知る由もない
建築主が増築をしようとしたときに、検査済み証がないために申請も出せず許可が下りずに不利益を被ることになる
時間が経っている為に建設会社が倒産でなくなったり、設計事務所も閉鎖していて責任を問うことが出来なくなっているケースもあるだろう

これは誰が責任を負うべきなのか?
設計者なのか?施工会社なのか?
設計者は頼まれた設計だけをやったと主張するだろう
その上、建築確認申請では、「設計者」に加えて「代理者」という欄がある
建築確認申請を行う代理者という意味である
この代理者の責任は?
なおわかりにくいのは、建築確認申請書で、(設計)監理者という欄があるが、これに設計者が記名しているのがほとんどだが先に述べたように実際には監理していない
設計監理者は監理報告責任から逃れることは出来ないはずだ

当面は検査済み証を取得しないで建築主に引き渡すことを厳しく処分するしかないと思う
一般向けに検査済み証がない建物に入居することは違反であることを法律で明示し広報するべきだ
一般の方にはわかりにくい建設業法、建築基準法、建築士法を一挙に整理統合して建築に係る法律の再整備を急ぐときだと感じる
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わかりにくい日影規制

2014年08月18日 | Weblog
みなさんは日影規制という言葉を耳にしたことがあると思いますが内容をご存知でしょうか?

例えば近隣商業では3階かつ10m以下の建物は日影規制に該当しません

それでは北側の1種低層住居専用地域に建物の影が落ちるときにもこれは適用できるのでしょうか?
答えは複雑で我々設計者にも難題です。
建物が建っている状況などで変わるのです。
建物の敷地が全部近隣商業地域の場合はもちろん規制は近隣商業地域の定めの通りです。
しかし敷地が近隣商業地域と1種低層住居専用地域にまたがっているときは複雑です。
敷地の中の地域の境界線をまたいで建物が建っている状況では規制の厳しい1種低層住居専用地域の基準が適用されるのです。しかも1種低層住居専用地域の境界線を境にそれぞれの地域が受ける規制値をクリアしなければなりません。

建物が近隣商業地域の境界線の中に収まっている状況では北側の1種低層住居専用地域に日影が落ちても3階10m以下であれば日影規制自体が適用されません。
いかがですか?
わかりにくい規定です。

余談ですが、
東西に走る道路の路線20mの近隣商業地域で道路の南北の敷地ともに測定水平面GL+6.5mというのもおかしな話ですね
道路の南にある敷地は日影が道路に落ちるので比較的高い建物が建設できるのです。
また、以前は日影規制の判断基準面が地面+4.0mだったのですが現在は6.5mですから整合性がとれません
(ある建物で1997年当時の建設時には4mだったものが今は6.5mです)
こんなことでは社会の法の公共性、信頼性、継続性を失わせることになりますね

都市計画的法規制は経済的事情で判断されるべきではないと考えています
マンション建設を念頭に繰り返される容積率緩和措置、天空率、総合設計制度などは一般の方にはとてもわかりにくい法体系です
法は誰もが直感的にわかりやすくなければいけないと思います
ドイツやイタリアなど欧米の街々を見るにつけ、何世代にも渡り守られ誰にも分かりやすい指針となるデザインコードを決めるような法体系にする必要があると強く感じます
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リシマキア

2014年07月30日 | 環境
地面に伏せるように広がるのがリシマキアです。
北米原産のサクラソウ科多年草。
匍匐性がありグランドカバーとして適しています。
手入れもほとんど不要です。
土がはねないように木の根元に植えるのがオススメです。
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都市計画的見地からの法規制と文化としてのまちなみ

2014年07月30日 | Weblog
少し専門的な話をしたいと思います
先日、幹線道路に面した土地をお持ちの方からご質問を受けました
「道路の南側の土地と北側の土地の評価額は同じだが北側の土地は日影規制で有効に使えない。これは不公平では?」
というものでした

近隣商業など路線20mで指定されている地域で、日影規制が道路の南北ともに測定水平面GL+6.5mで同じという場所もありますがおかしな話で不公平ですね
また、以前はGL+4.0mだったのですから整合性がとれません(イデアのある場所は以前は4mでしたが今は6.5mです)
こんなことでは社会における法の公共性、信頼性、継続性を失わせることになりますね

また、都市計画的法規制はそのときの経済活動の事情で判断されるべきではないと考えています
マンション建設を念頭に繰り返される容積率緩和措置、天空率、総合設計制度などは一般の方にはとてもわかりにくい法体系です
法は誰もが直感的にわかりやくすく、公平なものでなければいけないもののはずです
ドイツやイタリアなど欧米の街々を見るにつけ、何世代にも渡り守られるべき分かりやすいデザインコードを決めるような法体系にする必要があると強く感じます

合わせて相続税を始め土地を経済的価値のみで課税する税法も、まちの姿をどうするのかということと連携して見直されなくてはなりません
まちは長い歴史の中でひとびとに育まれてきた文化そのものです

京都の世界遺産は17の寺社仏閣など「古都京都の文化財」が指定されていますが、世界の古都のように「街並」そのものが指定された訳ではありません
世界遺産であるべきだった「京都の街並」の惨状を見ると日本人として恥ずかしい気持ちになります
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過ちては改むるに憚ることなかれ

2014年05月12日 | Weblog
ご存知の通り論語の一節である。
これを躊躇させるような事例が出ているという。

ことの発端は例の「姉歯事件」である。

最近の法令違反摘発事例で、建築許可(法令では確認という)が出て工事着工した案件で、工事中に許可時には誰も気がつかなかった誤りを発見して適法状態に直す手続きをしたところ、その後の国の査察で違反事例として摘発されたというもの。
これでは誤りを見つけても直さずそのまま工事をした方がいいと考えるやからも多くなると推測される。

誤りをそのままにするのではなく、直ちに訂正し正しい方向に工事を進めることを選んだ設計者ははたして違反者なのか?
設計時のみを考えれば違反だったかもしれないが、直して工事を指示したのであれば結果オーライなのでは?と思うがどうだろう。
国は設計者と工事監理者が別のケースを想定しているように感じる。
そうであれば、違反設計を行った設計者は処罰され、それに気がつかずそのまま工事を行うように指示した監理者は処罰されないのか?
不条理きわまりない事例と考える。

姉歯の事件後に建築士法ほか規則やら告示が出てひどく息苦しい時代に入ったと感じる。
早急な改正を求めたい。
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東京の雪とエアコン

2014年03月12日 | 建築
やっと暖かくなって来ましたが今年の冬は異常でした。

雪の重みで体育館の屋根が崩壊した報道がありましたが、エアコンの故障はあまりメディアには出ていません
しかし、実際には東京のエアコンは寒冷地仕様ではないし、防雪フードもついていないものがほとんどで実際には故障したエアコンは多かったのではないでしょうか?

かくいう私の事務所のエアコンの屋上に置いてある室外機も雪の後故障してしまいました
ほかにも、1年経っていない新築の老人ホームのエアコンが雪の最中に故障してしまい、入居の方が他の部屋に移動するという事態も起きています。
最近のエアコンは省エネの為にインバーターになっていて、ファンで雪を吹き飛ばせなくなってしまったのではないかと推測しています。
そのほか、住宅地ではお隣との間隔が狭いため、その隙間に置いてある室外機が屋根から落ちてくる雪で埋まってしまい、機能を発揮できなくなるという状態も見られました。

元々、エアコンはヒートポンプという機能で外気の熱を室内に持ち込む原理のため、外が寒ければ寒いほど効きにくくなるという宿命を持っています。
夏は40度になっても室内が27度であれば13度の違いでもかなり涼しく感じますが、冬は零度であるとして内部を20度に設定しても寒く感じるでしょう。
これでも、ヒートポンプの熱効率はいいので省エネの観点から見ると他の方式はなかなか採用できません。
なかなか難しい問題です。
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ソクラテス

2013年12月18日 | Weblog
「悪法も法」というのはソクラテスの言葉だ。
建築基準法はその「悪法」の域に達しているのではないか。
条文を一般の方が読んでもさっぱりわからないだろう。
かくいう、私が嫌になってくるほどだ。
内容が悪いかどうかではなく、理解できない法律は「悪法」といっていいのでは

私の頭が悪くなってきているのもあるかもしれないが...
法律は一般人にも理解できるものであるべきだと思うのだが、いかが?
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ドイツのまちなみ

2013年06月14日 | 建築
ドイツを旅行してきた
スペイン、イタリア、ギリシャ、と並ぶ街並の美しい国として以前より見なければと考えていた国である

いつものように日程は自分で決めてホテルを予約、レンタカーで回った
少し寒かったが天気にも恵まれて古城街道、ロマンティック街道など街並を中心に巡ってきた
そこには期待通りの街並が広がっていて、ドイツの地区詳細計画のすばらしさを実感した

それにしてもドイツの人達の街並に対する意識を見るにつけ、日本の美しい街並がほとんど壊滅してしまったことを残念に思う
ドイツでは面で保存されているが、日本では線、あるいは一部の連棟が残るだけで、その価値も広く認められているとは言いがたい
認めている人々も固定資産税や相続税で保存したくてもできないというのが実情だろうか

建築基本法はその手助けになるのだろうか
期待したい
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思い込みその2

2013年04月10日 | Weblog
またまたやってしまった!
続けて同じタイトルになってしまう

先日ドイツを旅行した
3月31日にバーデンバーデンへ行った
夜、コンサートを聞きに行った

ところが!
ロビーには人気がない
なんと!3月の最終日曜日から夏時間になっていたのだった
1時間進んでいたのだ
これは、どこかで「あさってから夏時間」というのを、すっかり4月1日からと思い込んでしまったために起きた

早めに出たので最初の部分を聞けなかっただけだが残念!
思い込みは怖い
飛行機に乗り遅れたのでなくてよかった!
皆様、来年3月に旅行する方はご注意を
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思い込み

2013年03月28日 | Weblog
やってしまった!
パソコンのハードディスクがクラッシュ!
バックアップしているのであわてなかった
が、、、、!!
見てみるとなんと!されていない!
あわてて修理屋さんに持ち込んだが後の祭り

今年の1月に今までのバックアップ方法から切り替えた
これが敗因だった
新しい環境はよほど慎重に確認しながら移行しなければならないという当たり前のことがされていなかった

こんなにやられたのはMacを買ってすぐのころに一度あったが、それ以降は専用のバックアップソフトを使って何重にもバックアップしていた
このごろ、2重バックアップも取っていなかった
1月までのデータは2重バックアップでどちらも確保できているのでそれ以降2ヶ月分くらいのデータが飛んでしまった
幸いというか、監理業務が忙しかったが設計図はほとんど年末までに終わっているので、図面の消失はほとんどないのが救いだった

皆様もお気をつけ下さい!
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