Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20200915-OYTET50000/?fbclid=IwAR0VnHZfpci1UGsldUTfeW5LqhB1czo869ru6Y846YSEZVgucBOQPWqv5pY
肉はだめ? 乳製品もよくない?
診察室では、食事に関する質問をよく受けます。
インターネットでは、がん患者さんに対する食事療法の情報が飛び交い、それに関する書籍もたくさん出版されています。肉は食べてはいけないとか、乳製品をとらないようにしたらがんが治ったとか、糖分はがんのエサになるから厳禁とか。
こんな情報を目にして、「食事を根本的に変えなければいけない」と思ってしまう患者さんやご家族もおられるようです。
好きなものは制限せず、何でも食べて
私の答えは、こうです。
「これからの食事内容で、がんの経過が変わるという明確な根拠はありません。『がんに効く』とか、『がんによくない』なんてことは考えず、今までと同じように食事を楽しめばいいんですよ。お好きなものは制限したりせず、何でも食べてくださいね」
食事療法を信じて熱心に取り組んでおられる患者さんに向かって、頭ごなしに否定するようなことはしませんが、食事療法のせいで食事が楽しめていなかったり、苦痛になっていたりするような方には、「無理しない方がいいのでは?」とお話しします。
「大好きだったお肉をガマンしていますが、隣の人がおいしそうに焼き肉を食べているのを見ていたら、食べたくなってしまいました」
「野菜ジュースを毎日飲んでいるんですが、正直言って、おいしいものではなく、憂鬱です」
ガマンしたり、憂鬱になったり。それが「健康」のためだと患者さんはおっしゃるのですが、私には、健康とは逆のようにも思えます。
楽しいはずの食事をストレスにしない
苦痛に耐えて食事療法に取り組んで、その苦痛よりも大きい利益(ベネフィット)が得られるのであればいいのでしょうが、食事療法によって何らかのベネフィットが得られるという根拠は、ほとんどありません。それよりも、楽しいはずの食事の時間がつらくなったり、ストレスを感じたりすることは、生活の質を落とすことになりますし、がんの治療経過にも悪影響を及ぼしかねません。
自分で信じているわけではないのに、家族や親戚から強く言われて食事療法をしているという場合は、もっとつらいですね。患者さん本人とよく相談した上で、私から家族を説得するようなこともあります。
もちろん、その食事内容が自分にあっていると感じられて、体調もよく、特別な費用がかかることもなく、ストレスも感じていないのであれば、それを続けても大丈夫ですが、その場合も、食事とがんとを結び付けることなく、純粋に食事を楽しめばよいのではないかと思います。
食事のたびに、あるいは、食事を準備するたびに、メニューや食材を見て、「これはがんにいい」「これはがんによくない」と区別しなければいけないというのは、ストレスにもなりますし、おいしい料理も純粋に楽しめなくなってしまいせっかくの楽しいお食事タイムですので、がんのことは忘れて、料理とだんらんを満喫できた方がよく、その方が、より元気になれるのではないかと思います。
無理して食べなくてもいい
どんなときにも食事をとらなければいけないと思い込んでいる患者さんもおられますが、体調が優れず、食欲がないときは、無理して食べなくてもいい、ということもお伝えしています。「食べたくないのに食べなければいけない」というのもまた、つらいものです。食べたいときに、食べたいものを、食べられるだけ食べればいい、というのが私のアドバイスです。
「これがいい」「あれはダメ」「食べなきゃダメ」「食べない方がいい」といった情報に惑わされることなく、「何を食べたいのか」という心の声を聞きながら、自然に食事をするのがよいのではないかと思います。
科学的根拠がほとんどない食事療法
何がよくて何がダメなのか、情報源によって、違うことが書いてあったりもして、食事療法にもいろいろな流派があるようなのですが、共通しているのは、科学的な根拠がほとんど示されていないということです。「免疫力が高まる」とか、「がんのエサになる」というような説明がされていることもありますが、「免疫力」「エサになる」というのが具体的に何を指しているのかは、よくわからないことが多く、これらのキーワードは、科学的にではなく、イメージとして使われているような印象です。
その食事療法をした場合としなかった場合とを比較した臨床試験によって、食事療法の有効性が示されていれば、「科学的」と言えるのですが、食事療法の有効性の根拠として紹介されているのは、多くの場合、患者さんの経過報告や体験談で、その信ぴょう性も、あまり高くありません。
「食事療法が効いた例」のカラクリ
以前、食事療法で有名な医師からお電話をいただいたことがありました。私の患者さんのCT検査の画像を提供してほしいというのです。よく聞いてみると、この患者さんは、その医師のもとで食事療法を受けていて、それがよく効いた症例として書籍で紹介したいということでした。でも、この患者さんは、同じ時期に、標準的な抗がん剤治療を受けていて、それによって、がんが小さくなっていたのでした。食事療法がいい影響を与えた可能性もあるのかもしれませんが、抗がん剤治療を受けていたことに触れずに「食事療法がよく効いた実例」として取り上げるのは不適切です。ご依頼は丁重にお断りしましたが、その医師の著書に出てくる「食事療法がよく効いた実例」のカラクリがわかった気がしました。
食事に関するご質問は多くいただいているので、次回もこのテーマについて考えてみたいと思いますが、とにかく、私が一番お伝えしたいのは、「食事はおいしくいただきましょう!」ということです。
自然に楽しく食事ができれば、それは人生の彩りを豊かにしてくれるでしょうし、生活の質もよくなるはずです。そして、「免疫力」というものがあるのなら、それもきっと高まるのだと思います。(高野利実 がん研有明病院乳腺内科部長)
糖尿病教室「食事療法について~糖尿病とがん~」