先日、とみさまに源内関連の小説ということで紹介していただいたなかから、
これを選んでみました。

才能に溺れて落ちていく男に、女は一途な思いを寄せ、慕い続ける・・
稀代の才人・平賀源内と野乃との人知れぬ恋。本草学者、戯作者で
発明家としても一世を風靡しながら、取るに足らない男を殺めて
入牢した源内は、獄中で回想と妄想に身悶えしながら、野乃との
狂おしい交情を憑かれたように綴る。しくじり続きの男をひたすらに
愛した女の情愛を描き尽くす時代長編。『源内狂恋』改題。
あの平賀源内を「しくじり続きの男」としたところにビビッときて
この小説を選んでみたわけですが、、これは良かった!
最近になくひどく気に入ってしまって、図書館で借りていたのだけれど、
中古本を取り寄せるまでしてしまいました(笑)
源内が、今ふたたび、愛おしくてなりません。
野乃は、源内が高松から連れてきた親子ほど年の離れた下女。
いつしか心惹かれ合いないがらも、源内はその思いに素直になれずに、
不幸な関係を続けてきました。
ふたりの20年にわたる歳月を、源内が野乃の目で振り返り、野乃の言葉で
綴っていきます。初めて金のためでも名声のためでもなく、見栄もなく
作為もなく、源内は書くことに没頭します。
源内の心のなかの野乃が語ります。
野乃は源内に憧れ慕いつつ、大いなる才と志を持ちながらひとつ事に
専念できずあれこれ手を出しては失敗し、巨額の債務と焦燥や嫉妬の念を
募らせてゆくばかりの源内を、冷ややかに批判的に見ています。
野乃がどう思っていたのか、ほんとうのところは源内にもわかりません。
しかし心のなかの野乃を介して、源内は己自身を奥底深くまで見つめ、
その醜い姿を容赦なく晒していきます。
当時は気づかなかった、あるいは向き合おうとしなかった自身の心。
自分はどこでなぜ道を誤ってしまったのか。
記憶を辿るごとに心を一枚一枚剥いでいくようなその作業が、
なんとも痛々しい。
馬鹿で哀れで滑稽な男でしかないかもしれません。
でも、その馬鹿で哀れで滑稽な言動も心の動きにも、
わたしは同情を感じずにはいられませんでした。
わたしも知っている。
まだ源内ほど深く自分をわかっているとは思わないけれど、
わたしにも仮面の下に隠した源内のようなわたしがいることを。
そういう人間が仮面の下の自分と向き合わねばならぬときの
恐怖、屈辱、怒り、慙愧、虚しさを。
源内は入牢したとき、脇腹に傷を負っていました。
筆が源内と野乃のつらい時期に進むつれ、その傷が疼き膿みはじめ、
やがて源内のからだを蝕んでいきます。
源内は尽きかける力を振り絞って、最後の場面を書き上げました。
あの事件です。それが野乃との別れとなりました。
源内がその命の最後に綴った物語。
語る野乃は源内の幻想。それでも、そこに語られた物語には
ふたりの「事実以上の真実が詰まっている」と源内はいいます。
「事実以上の真実」という言葉の切なさに思わず涙が溢れました。
実はこの小説、発表された当初『源内狂恋』と題されていましたが、
のちに『恋ぐるい』と改題、加筆改稿されています。
ちょっと興味があったので『源内狂恋』のほうにもざっと目を通して
みたところ、、最後の最後の違いにびっくり。
ですがどちらにせよ、この世で互いの真実をわかり合えなかったふたり。
ただ、その真実がかけ離れたものではなかったことを察せられる結末には
少しだけ救われた思いがしました。
昨年暮れの舞台『表裏源内蛙合戦』の余韻を引き摺り、
源内の外伝を読むようなつもりで手にとったこの小説。
そこに冒頭現れた源内はすでに牢のなかで、
天才でも奇人でもなく、実は気弱で忍耐がなく飽き性で、
そのくせ見栄っ張りの強情っぱりで嫉妬深くて寂しがりやで。
その人間臭さはやはり人並みはずれているといってもいいかもしれません。
そんな源内が、わたしにはひどく切なく愛おしく思えました。
思いのほか心を揺さぶられた小説でした。
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