聴覚障害者制度改革推進中央本部ブログ

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(2010年4月16日付で、名称を変更いたしました)

■10/25 衆議院厚生労働委員会記録(その7)

2005年10月25日 | 【速報】10/25衆議院厚生労働委員会
浅輪/・・・で、困難な状況で小規模作業所の人たちには無理。今の人たちを解雇しないで抱えたままの活動が必要。場所的にも1軒屋をかりてやっているなど。長崎のほうでは、学校の部屋が空いていても貸さない。環境は良くないので、そこを見て方向性を見て細かい指針を。

郡(民主)/娘さんがガイドヘルパーでディズニーランドを楽しまれたと。この法案では重度の障害児でないと移動支援を受けられない。裁量的経費になっている。

浅輪/障害が軽いから支援が必要ないという考えはやめてほしい。私の娘は移動が難しい。駅から家まで連れて行っても次の日は疲れて休むことになる。その人に必要な援助の視点を。障害者に対する視点が狭くなる。

郡(民主)/医療費の激変緩和策の件、もっとくわしく教えてほしい。

水谷/公費負担制度の資料を。緩和策の18歳未満の育成医療の場合、非課税世帯は1万、所得が月30万以内は42000円の負担上限となっている。育成医療の負担増の計算は、現行よりも12.1倍、課税世帯でも8.5倍になっている。食事額の負担を含んでいる。780円/日で20日。上限で見ても月の負担が増える。月をまたがると更に増える。医療費に400-500万かかる場合、月数万円の負担増はやむをえないといわれるが、患者が心配しないように国で理解をしてほしい。

郡(民主)/厚生労働省は育成医療に所得に応じた負担としているが、負担率の不公平について意見を。

水谷/憤りを感じている。不公平について、医療は欲しくて買っているわけではない。生きるために命を守るために利用している。不公平と見られるとつらい。みんなで支える医療なので、応能負担は遺憾と思っている。育成医療は公平な制度と思っているが、入退院制度は今は日割りで計算だが、今度は月単位で計算なので、患者間の不公平がある。患者の立場に立って考慮をお願いしたい。

郡/他にも伺いたいが時間なので、これで終わる。

笠井/ご苦労や辛い立場をうかがって、真の社会参加のための施策が必要だと感じた。相澤さんに。長年、精神障害者の家族会で運動をしてこられた。悩みなどをどのように感じられているか。

相澤/精神障害者は特別視され他の障害者から差別されていると感じるが、法律上軽減する方向はよい。しかし、最も心配なのは親の死後はどうなるのかということ。障害者自身生きていけるためには所得確保が必要になる。また、就労可能な者にはその場を確保してほしい。障害特性の違いから長時間働くことは困難な人が多い。短時間就労が好ましい。ジョブコーチや付き添いがいれば、乗り越えられる。他の障害と比較して、就労意欲の率が高い。統合失調症では認知の問題がある。「できる思い」と実際にできるかは異なる。これが意識調査にも表れている。就労の場の開拓をしてほしい。ハローワークに行っても紹介してもらえない状態。訓練は就労の前後で十分必要になる。

笠井/工賃も利用料に消える不安感がある精神障害者にとって施設の意味は?通所できなくなることについては、どうか。

相澤/精神障害者だった息子は5年前に急死した。彼は通所できなかった。大学を出て、それなりのプライドもあった。通所そのものに抵抗感があった。施設は働いて稼ぐ他に生活をする場でもある。体内時間も昼夜逆転して、生活が乱れ病状も悪化するが、
通所により病状も回復、安定するし、仲間がいて共に喜ぶことができ生きる意欲わく。
これは大きい。そのうえで自分が評価されたい、社会的に認知されたいと思っている。工賃が低く、利用料と差がないとなると元気もなくなる。

笠井/水谷さんへ。心臓病の場合は更生医療に移っていくが、費用負担について。

水谷/心臓病、重度の方には手術を繰り返して大人になる。18歳以上になると更生医療対象になる。高額に医療費が掛かった場合に、72000円が負担上限になっている。医療費がいくらかかっても自己負担はこの範囲でカバーされる。育成医療は42000円が負担上限。更生医療は上限がないので、自立支援医療は1割の負担なので、月80万を越えると育成医療の上限を超えてしまう。心臓手術については自立医療から外れる。厚生労働省の資料による負担増の例で、300万の費用場合で10万から13万+食費の負担になる。その部分の負担が増える。

笠井/審議すべき問題として、育成医療の緩和措置が経過措置になっているが、その意見を。

水谷/育成医療は激変緩和になっている。重度かつ継続の場合が対象。若い親の世代が主に対象。手術を受ける若い親の負担の緩和には恒久的な制度にしてほしい。親の負担を考慮して恒久措置に。

笠井/最後に、障害者の施設を訪ねて懸命に頑張っている姿を見てお金を集めるのに苦労していることなどを伺った。最後に特にご意見があれば。


浅輪/ 年金制度の改正は困難と聞いている。現状では重度障害者雇用はむずかしい。だから公的な仕事を委託することが必要になる。障害者が可能な仕事を探してほしい。いきいきと生活できるように所得保障に対して共に考えてほしい。

笠井/思いを受け止めて審議していきたい。

阿部/参考人の方々に法案の問題点のみではなく、根本を指摘していただいた。参考人招致は3回目。更に問題点が浮き彫りになった。負担の軽減策に関しては、親の蓄財をはきださないとならない、また親との分離について、お話いただいた。広田さんからは障害者の年金制度が全く改正されてないことを指摘された。医療を福祉に投げ込んだことにより、生きる権利が侵害されることになると、水谷さんが具体的な数値を示された。医療と福祉は異なるとの意見。そう思う。これについて再度お願いしたい。

水谷/医療こそ、買うサービスではない。生きるために必要となるもの。応益(定率)負担となる対象なのか。これは見直しを。健康権は誰もが保障されている。公的保障とするべき。

阿部/亀井さんも言われたが医療が確立されないと。高額医療に対する自治体の負担も生じてくる。自治体としては、どう思うか。

亀井/継続していくものと思う。基礎的自治体として縦割り・横割りで法案の整備が必要と思い、支持する立場である。発達障害の場合でも医療、福祉、教育の3分野に絡んで適切に対応していきたい。

阿部/自治体の医療費助成制度、育成医療制度もあるが、このままでは国の負担割合が減っていく。本人に負担がかかってくるおそれが。医療費の負担では自治体も大変になってくるのでは。25年前に国立小児病院に勤めた経験があるが、1955年に出来て1964年に育成医療が始まった。小児医療では重い病気を支えてきた。両者は車の両輪として 親が不安なく利用、実施してきた。育成をやめて自立支援医療になって、どうやって負担をしていくのかという不安がある。水谷さんの資料の負担の試算には何倍にもなると出ている。実際の負担者にとっては負担額が払えるのかという問題がある。子供の疾患の場合、窓口で100万の負担がある。還付があったとしても100万の現金の準備が必要。お金の工面の苦労が目に浮かぶ。今までは応能負担で44000円ですんだが、若い親の世帯の場合、年収いくら程度の負担のことなのか? 所得税額48000円以下の人も100万近くのお金の用意が必要となる。手術が必要になった場合、手術ができるのか?自立の助けになるのか?子供たちが育ってきて自分で働き出すのにこんな負担を押し付ける制度はマイナスとしか考えられない。負担額の多さはどの程度所得に人を想定しているのか?

水谷/大変な負担になる。税額30万以上は適用外となる。その所得は年収670万円。確かに670万は社会の中では若い世代ではそこまで行かないが、ほぼありうる数字と思う。かなりの人が対象になる。個々の医療保険で負担額を見ていただくとの厚生労働省の見解があるが、年収670万円は中堅の世帯では超えてしまうことがある。100万近くの立替はとても大変なことと思う。

阿部/就労後自立したいと思っても更生医療の廃止が問題。自立支援医療にかかる人は少ない。審議では是非このことをとりあげてほしい。

糸川/「コミュニケーションネットワーク福井」で施設内の状況を視察した。知的障害者雇用10年目。一般就労にも一定の成果を挙げている。現場での苦労に接し志の高さに感銘した。全国に広がりをと思っている。就労支援の現場からの声を松永さんに伺いたい。高額工賃を出せるポイントは?

松永/本人の願いとわれわれの思いを具現化することを考えた。地域の理解も得た。政治力もあった。車の両輪として調和のとれた施策を実施してきたからか。

糸川/施設で能力を伸ばし、一般就労すると、事業運営に支障はないのか。
視察して多種事業を実施していることは分かった。一般就労後、もどってくるケースを考えると施設の事業を縮小化もできかねる。国に求めたい支援策は?

松永/確かに一般就労は施設にとって惜しい。しかしそれを阻止することがあってはならない。就労支援の実績があがれば、施設運営が苦しくなる。
そのため、事業構築をおこなっている。ジョブコーチも支援要員としての研修をおこなっている。福井は施設整備率が高い。居宅支援事業を行なうにあたり、職員には生活支援に対応できるよう、ホームヘルパ― 3級を義務付けている。これからは事業を創造する支援が必要となる。設備整備への支援も。社会福祉法人には適用できない支援について考えてほしい。

糸川/政治の立場から努力したい。就労支援で、重度障害者の不利、地方の不利が言われているが、この点は?

松永/地方では仕事がない、東京は物価が高く生活しにくいことはあるが、地方には利点もある。その地方で雇用が出来ないことに問題がある。官からの仕事の受注もあるが、一般企業等からも下請けも含めて出来るだけ受注していきたい。福祉工場で、重度の障害者であっても最低賃金をクリアしている人もあるし、軽度でもクリアしていない場合もある。環境整備が重度障害者の雇用につながっていく。

糸川/その思いは伝わってくる。市町村作成の障害者計画では水準の低い箇所の底上げを図るが、事業所の実態の把握が必要と思うが。

松永/障害者が自分たちの暮らしについて障害者本人が考えること。その中で自治体が考えていかないといけない。法案にも当事者の意見を聞くようにと書いてある。

糸川/亀井さんは?

亀井/松永さんと同意見。地域には地域での就労の機会がある。そういう場を3年で100箇所くらい計画している。農業等の後継などもありうる。病院でのクリーニングなどの仕事もある。施策作りもしたい。

糸川/参考人に一言ずつお願いしたい。法案の審議が足りないのではとか、いろいろあると思うが。

亀井/法案の熟度の問題かと。条例もそうだがこれで確定ではない。これから進化させていくと思っている。法案を通していただいて地域福祉の追い風にしたい。

松永/小規模作業所についてだが、育成会の副理事長を6年間やった。国との協議で、国の補助は3年間が目処。その後、移行が必要だがいろいろ制約があるので、規制緩和が必要と思う。障害者で一番儲けているのが障害者。できない職員を置いておくのが問題。職員の福祉対策ではない。法案の成立を望む。

浅輪/施設職員には能力以上の活躍をしている人もいる。関係者の声はもっと聞いてほしい。この法案の骨格が悪いとは思わない。が白紙委任状で法案を通すことはできない。

相澤/法案には未解決の問題が多い。上限措置の設定と応益負担の問題。
国際的な基準に照準してもおかしい。応益負担ありきであって、全てを捕らえている。これに対する説明を。市町村間の格差を埋めていく手順がしめされていない。これについての議論を

水谷/経済的、精神的な自立、社会の一員となっていくことが自立。施設利用や補装具併用となると、個別に負担が生じる。このことについての審議も不足。

広田/安心して死ねる日本の福祉であってほしい。所得保障は補正予算を組む勢いを示してほしい。障害程度区分も特性を考えていない。日本に生まれてきてよかったと思える施策をグローバルに展開してほしい。

糸川/貴重な意見を受けとめて審議したい。

委員長/参考人の貴重な意見陳述に謝意を述べたい。 委員会は26日に再開する。 これにて散会。

【終わり】

■10/25 衆議院厚生労働委員会記録(その6)

2005年10月25日 | 【速報】10/25衆議院厚生労働委員会
福島: この法案の審議のスピードが速かったが、支援費制度が財政的に危機を発しているのでやむを得ない部分もあるが、当事者にしっかり説明することが国として必要。
続いて松永参考人にお聞きしたい。大変感銘深く聞いた。こういう取り組みを全国で進めていかなくてはいけない。 私は支援法の審議の中で、障害者に求める負担をいろいろ考えている。最終的に応能負担に近づいた形になっている。障害者の人も共に参加をして障害者を支えるサービスの制度を担っていく観点が必要。就労してわずかな工賃なのになぜ利用者負担なのかという意見がある。就労支援を今回の法案で見直してそれぞれの事業を安定させ、工賃も引き上げて、その中で負担できるところは負担していただく。就労支援の事業を幅広くしている参考人の意見を聞きたい。

松永: 私は就労の中で雇用契約を重視している。国民として大人になれば働く。雇用契約を結んでいないと労働災害も認められない。労働の正しい評価をするのも契約。 第一は雇用、福祉工場はプロ野球でいうと一軍、授産施設というのは二軍のようなもの。そこからメジャー、一般企業に送り育てていく事が私たちの仕事。授産施設は月額2万9000円を目標にしている。難しい中身としては通所の中でケアが必要な人は15%、この中でたいていは家庭のトラブル、ここをきちんとすれば働ける。私どもの施設で働いている人の内約18%がいわゆる自閉症。自閉症だから働けないというのは間違い。2万9000円は最低賃金の約50%で、雇用契約は可能。月額5~6万の雇用契約は可能。私の福祉工場で賃金手取り額は年間約60万円。昨年の昇給率は7.8%。できる人は一般企業にいったからさがった。彼らの昨年の公的な社会保険等負担額は288467円。安全衛生対策をしっかり教えることによって労災保険金額が4.9%減額になった。実績から所得保障の中から負担は可能であると思う。

福島:ありがとうございます。次に浅間参考人にお尋ねしたい。小規模作業所についてどういう事業をになうのか、法定内の事業所としてきちんと位置づけて経営基盤を強化する必要がある。実際親が負担している部分を安定して今後地域の資源とすることが大事。その点で心配の声があるが参考人のコメントは?

浅間:現在の小規模作業所は非常に複雑な仕事をしている。 ひとくくりにして同じ方向を向けるのはとても大変。なぜそうなったかは障害者がいろいろ求めてるからそうなった。私のところは就労継続支援をめざしていこうと思っているが、そんなことはできないといっている人もたくさんいる。障害をきちんと理解したうえで運営するのが必要だが、雇うお金がない。私のようなおばさんがいっぱいいる。中身の濃いものができない。利用者の立場を考えて運営するための支援の仕方があると思う。

福島:小規模作業所は生活支援や就労支援など多様な支援が考えられると先の国会でも政府の見解を示した。障害者が安心できるような具体的な対策を政府が示していく必要がある。専門的な人を雇えるような事業基盤が必要なので、国会の審議で深めたい。
次に広田参考人に聞きたいが、国会での議論で通院公費がなくなると自殺する人が増えるという人がいる。見直しがどんな影響があるか?

広田: 32条は社会防衛だが、普通の病気にしてほしい。22年間で20数名の自殺者を見てきた。 みな薬を服用していて自殺した。医者がきちんとインフォームドコンセントをしてないから本人が病気の自覚をしていないで自殺したとか、生きる目標を見失っていた人がいる。 3万人を超す人が死んでいるが、社会の中で孤立している人が自殺に結びついている。私の経験ではお金がなかったから薬を飲まなかったという理由で自殺した人はいない。 しかし多くの仲間が危惧しているのも事実。本人に対する所得保障をしてほしい。薬をのまなかったために自殺した人はいないが飲まなかったために悪化して自殺した人はいる。

福島:ありがとう。今度の見直しで気をつけなくてはいけないのは、精神障害者が阻害されていると受け取られるようなことは避けなくてはいけない。時間がないので最後に育成医療について、国として将来に向かって支援していかなくてはいけない。引き続き努力していきたいと申し上げたい。

郡 : 民主党の郡です。貴重な意見ありがとうございます。日本の福祉行政は皆の働きで進んできたのだなあと改めて認識し重く受け止めている。
まず浅間参考人に伺いたい。小規模作業所を運営している立場で、様々な不安や危機感が感じられる。全日本育成会では支援法の早期の成立を強く要望しているという要望書が出ているが、育成会の総意ではないのでは。要望書提出のいきさつを聞きたい。

浅間:どう答えたらいいのか、事実だけをいいます。ここに全日本育成会の速報28がある。育成会に様々な意見要望抗議が載せられている。この中育成会は組織として統一した見解を持っている組織ではない。地方の団体が自分の意見を持つのは当然、というようなことが書かれている。私は、拘束しないという意味ではないかと思うが、それでは全日本は誰のための団体なのかと疑問を感じている。事実だけを申し上げる。

郡:先ほどの意見でも、支援法に対して、せっかくつかんだしっぽが逃げていくようだといっていたが、どの点に一番不安を感じているのか。

浅間:人は自分が死んだ後を考えなくてはならない。普通の子供は自分で考えて生きていくが、障害児は誰かの手が必要。未成年の場合は親や学校。親は自分の力で生きてほしいと思っているが、後ろから支えていかなくてはならない。県や市がつけてくれたいろんな基金制度をいろいろ考えている。私は共済制度で年4万かけて、夫が死ねばずっと入ってくる。支援法が始まって年金からいろいろ引かれる。入所施設にはいれば25000円のゆとりがあるというが1ヶ月7~800円、映画もみれない、そういう保障しかされていない。今までしてきたことが足元から崩れていくようだ。贅沢をしようとは思わないが好きな時にテレビを見たり、たまにはファミレスに行きたい。所得保障もしてもらいたいし、扶養義務もはずしてもらいたい。親が一生懸命お金をためてもそれさえもっていかれそうな制度だと思う。

郡: 生きる権利も剥奪されるような不安がよくわかりました。
次に支援法では小規模作業所が新事業への道と切り開かれる。小規模作業所のこれからについて大変な不安を持っているということだが、具体的にどういうことか。小規模作業所は貧しい資源と貧しい人材で運営されている。これからの展望について浅輪参考人はどう考えておられるのか。

浅輪:小規模作業所は自宅から通える所という発想で作られた。 私はそういう概念で作ってきたが、自分にあったところがあると電車やバスで通ってくるが、本来の形ではない。地方格差がある中で、補助金が少ない中で質の高い人材を確保するには手当てをつけたりするなど事業主負担が発生している。 レベルの高い職員がいて、その見返りに通所の人によい対応ができる。日々楽しければいいという形の作業所が発生しているがそれでいいとは思わない。ある程度しっかりした資金で活動支援型が必要。私の娘は40直前で解雇されたが、一般の企業にはいけない。ソフトランディングのためのいろんな形の場が必要だが、運営するには法人格が必要と言われているが、なかなか取れるものじゃない。今の小規模作業所の人たちには自分の方向がみえなくなってしまう。今いる人たちを解雇しないで運営しなくちゃという義務感がある。人に合わせた活動をしていかなくちゃいけない。場所的にも古家で活動しているところがある。学校に部屋があいていても部外者だからいれないというところがある。環境的にもあまりよくなっていない。そういうところをよく見てもっと細かい指針をだしてほしい。

郡: ありがとうございます。代わって、娘さんがガイドヘルパーとディズニーランドに行って楽しかった話を聞いた。今回の法案では重度障害でなければガイドヘルプは個別給付ではなくなってしまう。負担も義務的経費ではなく裁量的経費に変わるがこの点について親としての立場で意見は?

浅輪:障害が軽いから支援費は薄くてもいいという考え方はやめてほしい。たとえば私の娘は移動がとても困難。その人に必要な援助をする視点をもってほしい。障害を持つ人や家族が自分の世界を広げることは人生に必要。

■10/25 衆議院厚生労働委員会記録(その5)

2005年10月25日 | 【速報】10/25衆議院厚生労働委員会
【委員長】参考人の意見陳述が全て終わった。次に、質疑応答に入る。石崎岳くん。

【石崎(自民党)】石崎です。参考人の方々から貴重な意見をいただいた。感謝する。現場でご苦労されている方々の意見を聞いて審議することが必要。ありがとう。
6名から意見をいただいたが、順次質問をしたい。
亀井氏からは、市長の立場で意見をいただいた。地域福祉ということで、現場をよく知っている基礎的自治体が障害福祉を担う、地域住民と連携しながら地域福祉を推進していくことが大切であるというお話だった。先ほどの意見の中で、現在の支援費制度では、がんばっている自治体ほど、財政的に窮屈になるというものがあった。そういう観点を踏まえて、この自立支援法案が出されたと。地方財政をあずかる市長の立場から、この自立支援法案とこれまでの支援費制度は、地方財政面から見て、どういった評価をされるのか。

【亀井利克】支援費制度というのは、障害者が社会参加するための導入的な法律で、優れた制度だと思っている。ただ、確かにがんばっている自治体ほど財政的に厳しくなる。同じ自治体でも、サービス提供ができてない、というところもある。

【石崎(自民党)】地域格差、自治体間格差がある。自治体間格差を解消する方法を、市長なりにどのように考えているか意見を聞かせてほしい。

【亀井利克】小規模自治体は施設がなく、マンパワーがいなくて財政的にも大変なのだと思う。例えば規制緩和をすることで、小学校の地域支援を活用するとか、空きテナント、空き倉庫などを活用して事業を展開することができるのではないか。社会福祉法人だけではなく、NPO法人でも参画できるようになれば、地域間格差は解消していくのではないだろうか。
かねがね思っていたが、高齢者に対するサービスについてはいろいろな事業者が参入してきているのに、障害者に対してはそういうものがなかったのでは。

【石崎(自民党)】最初の意見陳述で縦割行政を横割に、というお話があったが、まさにその通りであり、痛感している。
松永氏の話を聞き、就労について成果をあげているということ、取り組みをずっと続けておられるということに感銘を受けた。障害者に対して就労支援をするための種はいろいろなところに転がっている、という話を聞くと、皆さん力がわくと思う。松永氏に聞きたい。就労支援するための種は、具体的にはどういうところに創意工夫の種が転がっているのか?アドバイスがほしい。

【松永正昭】就労への取り組みについて説明する。特別なことはしていない。授産施設というのは、職業訓練をして、社会的自立することを目的としている。授産施設の就労支援に関する取り組みは、平成4年に全国社会福祉協議会就労支援センターで、いわゆる3つに分けられている。就労の訓練をして、就労に結びつけるということも書いてある。このことは、資料の84ページにあるように、一般就労に向けた支援、企業で雇用することが困難な者については、一定の指示のもと就労するいわゆる福祉工場。就労困難な者については日中活動にする…としている。これは平成4年に定められた。これを真摯におこなっていれば、私たちのようになるのは事実。私が全国各地を訪ねると、実際にこの授産施設の本来の目的をやっているのは約2割。あとは殆ど日中活動を重視した混合型の施設。私は常々職員に「それはズサン施設だ」と言っている。目的をはっきりしろ、と明確に言っている。それと同時に、授産施設や福祉工場の職員というのは、全国どこを歩いても、仕事のネタはある。例えば、資料として提示した「高齢者と障害者の生きがい作り推進事業」というパンフレット。日本財団の曽野綾子さんの支援をいただき、こうした僻地での遊休施設を活用した、田地田畑を活用した取り組みをしている。これをしたことで、お年寄りも元気になって医者要らずになった。また、わずかなお金を得て非常に助かる、という声もある。遊戯の経験を生かして、障害者と一緒に働いて職業指導をやっているということ。一般的には福祉大学を出てきたという有資格者も、実際には働く経験が少ない。こういうことを活用すると、この資料の108ページにあるように、私の施設では55の業種を担当している。その人に合った仕事をどう作るかということが、職員の仕事。重度障害者で、一日で、3人で730円しか稼げなかった事例があった。それを、職員が器具を開発して、2人半で7,000個やっている。そういうことをするのが、職員の仕事。職員の仕事を明確にしているだけ。特別なことはしていない。

【石崎(自民党)】浅輪氏も作業所をされていると聞いた。浅輪氏、松永氏の取り組みを聞かれた感想は?

【浅輪田鶴子】
私のところは小さい。でも考えていることは、松永氏と同じと思う。
私のところは、病院と老人ホームと契約をして、清掃作業を請け負っている。重度障害者もいるが、その人に合った場面を工夫し、「自分たちが掃除をした!」という達成感を持ってもらえるようにしている。授産施設ではないと思っているが、今あることだけをやらせていて、向上心をもたせないという施設がないわけではない。松永さんのところのように、やることも大事。

【石崎(自民党)】松永さんの資料。障害→障碍。通常の表記とは違う。最近は「害」を「がい」とする場合もあるが、漢字を変えているのにはなにか理由があるのか?

【松永正昭】1998年6月3日の地方新聞に「20世紀未来への記憶」という記事があった。そこには、ドイツ中世都市のバダマールという絵に描いたような美しい町で障害者がガスによって虐殺されたと書かれていた。いわゆる知恵遅れなどで、医師から「価値なし」と判断された人々が10,072人も殺されたという。医師が断行した。ヒットラーが知的障害者らの安楽死を、医師に対して極秘に許可したという記事だった。なぜこんなことが起きたのか?
従来は、私が使っていた漢字を使っていたそうだ。それが、1940年頃から、繁栄を阻害する邪魔ものとして、現在の公用語である「障害」になった。意味を知ってショックを受けた。文字を変えてほしいという要望もしている。
「薄弱」という言葉もあったが、以前小泉首相が「まだこんな言葉使っているの?」とひと言言って、変わった。

【石崎(自民党)】松永さん。一点だけ。福祉亡国論が大きくなりつつある、と話されていたが、そのように認識をされているということ?

【松永正昭】全国重度障害者雇用事業者協会。重度障害者を雇用する団体、約300が加盟している。年に数度研修会がある。障害者を抱えながら、雇用、事業の運営をがんばっている。「こんなにお金が出ているのに、なぜ所得保障ができないのか」という意見がでる。税金の使われ方があまりにもおかしい、という声もある。

【石崎(自民党)】時間がないので終わります。

【福島(公明党)】初めに、亀井参考人に聞きたい。
この法案について、いろいろ審議されている。障害程度区分判定が十分にできるのか?という意見があった。実際にこの事務を担当される市長の立場で、この判定についてどう考えるか。

【亀井利克】判定の問題は、もっとも悩ましい問題。ここがきっちりできていないと、この法案は成り立たない。モデル事業として、私たちの市で判定させてもらった。当事者も入ってもらった。精神障害者については参加が難しいのかな、とは思ったけれど、今後の検討事項としたい。

【福島(公明党)】地域生活支援事業が事務的経費ではないということで、どれだけのサービスが提供できるのかという声も上がっている。まず自らの現場、自治体でがんばるという必要があると思う。

【亀井利克】指摘の通り。まず国の制度があって、そこから選んでいく…ではなくて、自分たちの地域で福祉のあり方を描くことが大切。

■10/25 衆議院厚生労働委員会記録(その4)

2005年10月25日 | 【速報】10/25衆議院厚生労働委員会
委員長/ありがとうございました。次に広田参考人。

広田/おはようございます。私は1983年に精神科に通院しました。当時夫なし、子なし、職なし、金なしでニートのような状態でした。それまでに自殺未遂も何度もやっています。そして5年後、通院中に働けるようになりました。代わりに母親に通院してもらいましたら、本人をよこすように言われて、翌週、会社を休んでいきました。すると医者が怒っていて、「あなた、たまに薬を飲み忘れているんじゃない」と早口で強い言葉で言いました。私は飲んでおりませんでしたから、まったくインフォームドコンセントも行われておりませんでしたから「ええ」と答えたら「注射を打ちます」と。「私はアレルギー体質ですから困ります」と言ったが、打たれてしまいました。1日22時間、アカシジアといって、座っていられない、立ってられない、じっとしていられない。視力も落ちる。そしてご飯を食べても、お茶も鉛のような味がする。幻覚を体験しました。そして、信頼できないから横浜市大へ行きたいと言ったとき「今の状態ではどこへ行っても手のほどこしようがありません。私に任せていただきたい。私のミスでした。緊急入院してください」私は入院しました。ところがそこは鍵と鉄格子のある閉鎖病棟でした。私は1か月入院して、薬を調整して8時間横になれるようになって退院しました。病気ではなく注射の副作用で入院した人間として「精神医療のサバイバー」精神医療からの生還者という言葉を使っています。私よりひどい体験をした仲間が全国にいることを議員の方々にわかっていただきたい。辛い体験をしたことを言えない仲間がいます。そしてこの瞬間にも34万人の入院患者がいます。私も注射を打たれて退院後も現在も多量の薬を飲まないと一睡もできなくなっています。途中口が渇くのでお茶を飲ませていただきます。
 私が今日、ここに来たのは、障害者自立支援法案の審議の過程ですが、こういう体験をした人間がいる。こういう病気でなく注射の副作用で入院した人間がいる。そしてその精神病棟に34万人が入院している。そのうちの7万2千人は厚生労働省社会保障審議会障害者部会で社会的入院と位置づけましたが、私は外国へ行ったりしていろんな人の話を聞いて、20万人くらいが社会的入院ではないかと思っております。それを放置した国の不作為だ。自分の体験を含めて立法府ならびに厚生労働省に謝罪していただきたい。私は尾辻厚生労働大臣に謝罪していただきたいと思っています。その謝罪はお金をいただく謝罪ではなく、これからこの国に生まれてよかった、この国に暮らしてよかったと思えるような施策に転換していただきたい。では障害者自立支援法案はそういう法案なのか。
 私は12時間ぐらい横になってられないと生活が成り立ちません。今日ここに9時に来るのは大変な思いをして来ています。34万人入院している患者のところへ行っていただきたい。皆さんは選挙でいろいろなところへ行きます。それは票がほしいからです。精神病院の中も票になります。投票も行われているかわかりませんが。議員の皆さんは、顔の知られていない、選挙区等と関係のない所へ行って、議員を名乗らず三食ともするという体験をしていただきたい、閉鎖病棟でいると、この国の精神病棟の一部分が理解できます。皆さんにお願いしたい。この間、厚生省は各新聞で取り上げてもらっています。それは精神障害者が精神サバイバーという呼称で厚生労働省の委員会に入ったと取り上げています2001年のことです。しかし厚生省はその前から精神障害者本人を委員に入れたかった。しかし関係者や精神科医が「もし精神障害者を入れるとみんなで叩いて、潰れるよ」と。だから入れないほうがいいという歴史が続いていました。だから私も今日ここを出るとたたかれます。普段から叩かれています。当事者だけでなく関係者も含めて大変な世界です。精神障害者をとりまく業界のなかで、自分の発言しようとすると命がけです。しかし一度精神医療で殺されています。これ以上は寿命まで殺さないで、生かしておいてと仲間たちにお願いします。
障害者自立支援法案の精神保健福祉法の32条、通院公費負担です。この問題で全国の仲間が署名活動をし30万弱の署名が集まりました。配りましたように国会議員も720人おられれば、16人くらいの精神疾患がいてもおかしくない。厚生労働省も国会があるときにはほとんど精神障害者状態です。それぐらい大変な状況です。うしろに来ている方も大変。6時にいらしたそうです。お手柔らかにしてあげてください。
 昔はとにかく謝罪してほしいということと、厚生労働省に言いたいことがいろいろありました。実際に委員になっていて、ラジオに出ているので終わって夜中になります。夜中に厚生労働省に寄り、何日も徹夜した人もいる。これはこの国の国民を代表して選ばれている国会議員に知ってもらう問題なんだ。今日はそれで来ています。通院公費負担32条あれは社会防衛上できたもので、精神障害者を守るために出来ている法律ではありません。昭和39年にライシャワー駐日大使がアメリカの大使館をジョギング中に太ももを刺された。刺した人が結果的に精神障害者だったということで世論が精神障害者を野放しにするなということで通院公費負担制度ができています。その制度を唯一の国家保証だという人もいます。
 しかし私は精神疾患は去年の3月25日に「心の健康の正しい啓発の普及」の副座長としては小泉総理に報告書をお届けしましたので、皆さんも読んでいただきたい。生涯5人に1人の精神疾患にかかる。それでは、この国は破綻するんじゃないか。考えるのは皆さん。相澤さんが先ほど定率負担の話をしましたが、必要なのは所得の保障です。個人的活動をしていますが、仲間が5か月入院して、退院すると医者がホームヘルパーと生活支援センターに行ったらどうかという話をすると、本人はどこがいいか。生活支援センターよりドトールコーヒーがいいっていうわけです。これも社会支援(資源?)なんです。お金をもらって自ら消費する。それが医療か、福祉か、ドトールコーヒーか、カラオケか。選択肢がある、それが地域で暮らすいち住民です。すべてが医療や福祉で完結するのではない。生活の幅を広げることを考えると、与野党で所得の保証を議員立法で作っていただきたい。私は好きで精神障害者になったわけではない。たまたま精神科へ行って、そこでひどい目にあってきた。入院して、退院してきた。落ち度はないので堂々と生きています。しかし、実際にはどうか。堂々と生きていけない環境があります。もう一つ議員立法をお願いします。12月9日が障害者の日です。この日を国民の休日にしていただきたい。障害者のことを理解してほしいといっても皆、忙しい。「障害者の日」になにを考えてほしいかというと、精神障害、知的障害、身体障害についてではなく、性同一性障害とか若いママが子育てで悩んでいるとか、高齢者が障害を伴うなど。広い意味での障害を考える日を年に1度作っていただいて、超党派でやっていただきたい。
 スウェーデンの教科書には、障害者のことが社会科で出てくる。あなたも障害者になるかもしれないと出ている。それも読んでいただいて参考にしてください。障害者が町に出るにはいろんなものが必要です。たとえば援護寮やグループホームや作業所や生活支援センターなど。当事者が当事者による当事者のための総合支援活動や当事者の人権擁護活動の拠点となるケアサポートセンターなどが必要になりますが、お金をとりやすくしてください。障害者のことを考えるなら厚生労働省をたたくのではなく、厚生労働省を応援していただきたい。その中でぜひお願いしたいのは、援護寮をグループホームを精神病院の敷地内に建ててしまいがちです。そこに住んでいる人が「私はいつ退院できるの」「あなたは退院してるの」「でも、入院の時と同じ」そういうことのないようにぜひ、敷地の外に出して、町の中、村の中へ出て退院していると思えるようにしていただきたいと思います。
2例、紹介します。一人は32年間精神病院に入院していた。石川県の人。援護寮を見て退院する気になりました。今、1人暮らしをしている。もう1人は31年前に事件を起こした。大した事件ではありません。それを契機に措置入院。いちばん厳しい強制入院。15年間入院していた。病院が退院させたところ、家族が不安になって、同意の元に医療保護入院。また15年。30年たった。その人は「広田さん援護寮はガス、トイレつきのホテル並です」
 私自身が生活保護で暮らしている。グループワークでなじまないいろんな人が家に泊まっていきます。駆け込み寺です。そういう活動をしている人は他にもいます。所得を保証していただいて、可能性のある生き方とともに生活保護や年金で活動して、生きていくことが社会的に、いろんな生き方が認知される社会であってほしい。くれぐれも所得の保障と障害者の日を休日にしていただきたいということを議員立法でお願いして広田和子の話を終わりにいたします。ご静聴ありがとうございました。

委員長/ありがとうございました。参考人に対する質疑に入ります。

■10/25 衆議院厚生労働委員会記録(その3)

2005年10月25日 | 【速報】10/25衆議院厚生労働委員会
(相澤参考人続き)自立支援というなら、障害者本人が親兄弟に気兼ねなく独立できなければなりません。ところが法案は、精神障害者法では「親たちの世帯収入を含みて定率の負担を負わせる」としています。で、「応能負担」は「応益負担」へと原則の大転換がなされようとしています。これは、障害者の自立、つまり独立を原理的に侵すものだと考えます。ただでさえ、親兄弟に大いに気兼ねして生きている精神障害者に、ますます大きな負担と気兼ねとを課すものになると心配しています。また、乏しい年金で暮らす老いた親に、障害者本人が40歳、50歳になっても経済負担を負わせ続けるということは非人道的です。
「利用者の応益負担」といいます、その「利用」を広辞苑で引くと、第1義は「それを使うことで利益・儲けを得ること」と読めます。第2義は「活用する」です。障害者福祉での「利用」は「活用」であるべきです。さて、利用に当たっては、公平の原則から「応益負担」といわれていますが、しかし、それは原理的に公平にはならない、矛盾するのです。イギリスでは「公平 FAIRフェア」の意味は「必要に応じて給付を受け、能力に応じて負担すること」であることが定説になっております。現在の法案における国会説明は、この国際的な「フェア」の原理に反するものと思います。当面は1割だけの応益負担とされていますが、しかしそれでも定率負担は、大方が低所得者である障害者の生活を損ないます。特に重度の障害者には、命綱の医療と福祉を断ち切る危険があります。生活保護需給世帯への負担の免除、年収80万円つまり障害者年金と同額程度以下の収入しかない世帯には月額1万5000円に負担軽減措置を講ずるから大丈夫、といわれています。しかし、それは変です。生活保護基準をはるかに下回る収入でも「収入がある」と負担を課せば、生活保護需給世帯と逆転するわけです。つまり、そのような段階的な負担措置を講じなければならないということ自体が、「応能負担」の原則が必要だと認めているのだと思います。このような矛盾は、先ほども言ったように本人の負担能力だけでなく、同一世帯の収入を勘案して負担を課すということに由来しているのです。本人が独立して暮らせる「応能負担」にしなければなりません。そして気兼ねなく医療と福祉が使えなくてはならない。親兄弟の経済負担撤廃を求めます。稼動できない障害者には、今述べたような観点からの所得保障が必要です。しかし、低所得者から定率の負担を差っ引くということは、人間として最低限の生活ができないということになります。それを避けようとすると、医療も福祉も受けられず、病気は重くなり、社会生活ができなくなり、却って社会的損失が増えるということを心配しています。
定率負担という原則を、全ての分野に適用するとなると、例えば精神障害者の福祉分野で圧倒的な役割を果たしております小規模作業所はどうなるのでしょうか? 福島県ではAレベルの作業所さえ、県・市町村両方から併せての600万円程度の補助で活動しています。水・光熱費などの運営費は、別に調達しなければなりません。私のところでは、一人月額1,000円、1500円程度の負担をお願いしています。スタッフはボランティアのようなもので、通所施設の工賃では、多くて1万円。近年は仕事もなく、いくらにもなりません。議員の先生方には想像できないでしょうが、通所者にとっては1000円の負担は、とても大きな額なのです。ただでさえ、今は収入が月1万円を下回ります。そうすると、通所する意欲をなくし、引きこもり、病気を再発させてしまいます。今法案で運営費や人件費の1割を通所者に負担させるようになれば、通所意欲を失い、病状が悪くなる恐れがあります。通所施設にはこの定率負担の影響は大きいのです。また、生活支援センターなどは期間限定で現行の補助を続けるといわれておりますが、その先のことは全く見えません。どうなるのでしょう? 低賃金でも熱意を持って、生活をかけて頑張っている職員の意欲と将来の生活はどうなるのでしょうか。大変心配でございます。
もちろん心配だけでなく、私どもも自発的に日夜創意工夫を凝らしております。例えば仲間同士のピア・ヘルパー事業を4月から始めるために準備をしておりますし、ピア・サポート、家族や本人たちによる活動も始めており、事業としても本格化させていきたいと考えております。そのような努力をしながら、ただ1点、審査をお願いし、私の意見陳述といたします。失礼しました。
(拍手)

鴨下委員長/ありがとうございました。次に、水谷参考人にお願いをいたします。

水谷/全国心臓病の子どもを守る会の水谷と申します。先生方にはなにかと心臓病児者とご家族のために、これまでご支援ご協力いただきまして、ほんとに感謝申し上げます。また、本日はこのような機会を設けていただきましたことに、厚く御礼申し上げます。私は全国の数多くの母親や心臓病児者の思いにそいながら、今日は自立支援法案、その中の自立支援医療、その中の育成医療にしぼって発言させていただきます。不慣れなためにあらかじめ原稿を用意してまいりましたので、読むことになると思いますが、お許しください。私たちの会は今から42年前、1963年11月に結成されました。育成医療制度は1954年に創設しておりますが、結成当時はまだ心臓病には適用されていませんでした。まだ国内で初めて心臓にメスを入れる手術ができるようになってから10年にもならない時期でした。手術を受けられる病院は限られており、また、健康保険制度も家族は5割給付という時代でした。そういう中で当時のお金で50万、100万という負担が直接心臓病児者にかかってきたのです。当時の親や心臓病の本人たちは、手術を受ければ助かるという思いと、どこに行けば助けてくれる病院があるのか、手術のためのお金をどう工面すればよいかとの悩みをみんな持っていました。結成総会では、手術を受けるために内職をしてお金を貯めたとか、土地や家まで売ってしまって工面したという話が涙ながらに語られました。そして、会として初めて取り組みました陳情が「育成医療に心臓手術を適用して欲しい」でした。小さい子の手を引きながら、あるいは乳児を背負いながら、当時の厚生省や国会議員の先生方にお願いをして歩きました。そして、翌年の1964年、多くの先生方の賛同とお力添えをいただき、先天性の心臓手術にようやく育成医療が適用になったのです。その後40年以上にわたり、本当に多くの心臓病児たちがこの制度により命を救われました。心臓病児の多くは、適切な時期に手術をすることで、健常者と同等の社会参加ができることになり、たとえ重症の心臓病児であってもこの制度を利用して、障害の程度を軽くすることで、ある程度自立した生活を送れるようになっています。しかし、今回の自立支援法案で示された育成医療の見直しは、私たちがいわば心臓病児者の命を守る要の制度として作っていただいた制度にもかかわらず、大幅に縮小され、心臓手術には事実上適用されなくなってしまうということがわかります。とくにグランドデザイン案ではまったく配慮がなく、心臓病は初期のうちに手術をすれば治るというイメージで、いわゆる所得負担の中間層と呼ばれる対象からもはずされていました。その後、私たちも具体的な事例を示しながら繰り返し厚生省にお願いして、少し理解していただいた。法案提出の時点では、若い親の世代の医療費負担の激増に一定の緩和策がもりこまれました。また、今国会においても、参議院の審議で、大臣がさらなる緩和策として負担上限を設定してくださいました。この緩和策のためにご尽力、ご努力くださいました諸先生方、厚生労働省の担当の方々にはこの場をお借りして心から感謝申し上げたいと思います。しかしながら、この障害者自立支援法案には依然として納得のできない問題点、疑問点がございます。その第1は、1割の定率負担による負担増の問題です。お手元の資料をご覧いただきたいと思います。レジュメの1枚目、自立支援医療になった場合の現行制度と見直し後の負担額の一覧表です。2枚目は、医療費の実額と負担額との関係を表した資料です。3枚目以降は、私たちが試算した影響額をしめしてございます。育成医療でDの1ランク、所得税年額4800円以下の世帯で、緩和策をとっていただいたとしても、なお12.1倍の負担増。これはその月内の負担上限でありますから、翌月にまたがると負担は20.9倍にもなります。このような負担増は非常に問題だと私たちは思います。資料の最後に、私共の会報、『心臓をまもる』からのコピーがあります。この方の娘さんは今年二十歳になりましたが、小さいころに手術をして以降数回の治療を繰り返して、この8月に大動脈弁の置換手術を行い、人工弁を装着しました。手術代は約400万円かかっております。今は、更正医療で2万円くらいの負担ですみますが、これが自立支援医療の案で計算すると、月にまたがる入院なので、月ごとの計算になり、新たに食費が加わることになりますと、約14万という金額になります。長野の病院で治療を受けておりますので、今後定期的に長野まで通わなければいけない。医療費以外の負担も大変になってきます。このように育成医療で緩和策をとったとしても、なおかなりの負担増が残る。私たちの多くは、一回の手術ではすまず、何回も手術を繰り返します。また、手術のために遠くの病院まで行かなければならないケースもめずらしくはありません。福岡の病院で出産をして、ご主人が何度もその間東京との間を往復したという母親は、育成医療のおかげで助かったということで、こう話しています。「我が子に手術入院など、つらい思いを本当はさせたくありません。でも、この子達は手術をしなければ生きていけないのです。心臓病で今後どうなるかわからないという不安の中、ただ我が子がみんなと同じ普通の生活をしていけるよう望んでいるだけなのです。一番弱い立場の病児の医療費を削減したりしないでください。育成医療をこのまま存続していただけることを強く願います」
 第2の問題点は負担増による受診抑制の影響です。私たちだけでなく、心臓病の医療に携わってくださっている循環器の先生方もこのことを一番心配しています。しかも医療費の抑制という点でも、むしろ後になって医療費を増加させる可能性が高いのではないかというふうに考えます。心臓病の場合、応急に処置をした後、何年か経過をみながら適切な手術時期を判断して処置をするのが通常です。その際に受診抑制がおきれば、適切な手術時期が遅れてしまいます。この点を大変危惧しております。重度化すれば命にかかわることはもちろんですが、それだけたくさんの医療費や、支援のための費用がかさむことになります。また、適切な医療が与えられなかったことで障害の程度が重くなり、社会的支援を多く必要とする障害者となってしまいます。そのような状況を考えると、今、わずかばかりの医療費を抑制することが将来の医療費負担や福祉的費用の負担増につながりかねない問題だというふうに思います。
 第3の問題点は、厚生労働省が負担軽減策として提案している重度かつ継続についてです。現在までのところ、重度かつ継続の適用範囲については、育成医療の場合、腎臓機能、小腸機能、免疫機能と障害種別によって定めています。毎月確実に治療がかかせず医療費もかかる疾患というのがその理由です。確かに、心臓病の場合には手術を初めとする治療の時期と、経過をみる時期とがありますが、この割合は病状によってかなり違います。医学の進歩によって、昔なら亡くなってしまっていた重症の子供たちも外科的内科的な治療の組み合わせで生き長らえるようになり、学校にいったり、社会参加ができるようになっています。先天性心疾患のうちの生育歴の全国的な統計というのはありませんが、重症者の割合が増えていることだけは確かです。むろん、そういう人たちほど社会的支援を必要としています。手術を何度も繰り返しながら大きくなり、大人になってからも手術が必要になる人は今後も増えていきます。なぜそういう人たちが、重度かつ継続に属さないのでしょうか。厚生労働省は育成厚生医療については詳細なデータがない、2年以内に実証的な研究を行った上で考えるとしていますが、それならば少なくとも数回以上手術をしていて将来も手術の可能性があるという患者については、まず対象にしていただく。そして、実証データが出たあとで、外すのであれば外してもらうというのが、すじではないでしょうか。この点についてもこの委員会でよくご審議をいただきたいというふうに思います。  
 第4には、理念の問題です。現行の育成医療は児童福祉法に基づく制度で、障害者対策とは異なります。児童福祉法は「国民は児童の健全な育成に努め、また児童は等しく生活を保障される」との理念の元に、現在は、育成医療は身体障害者時代に放置すれば将来障害を残すおそれがある児童を対象にしております。胆道閉鎖症など先天性の内臓疾患児や口唇口蓋裂などの外科的治療にも適用されていますが、障害者自立支援法案では、法案のなかにそれを担保する規定がどこにもありません。このことは指摘しておきたいことです。 
 そのほかにもあらたに食費が自己負担になる問題、厚生労働省の公平、不公平という考え方への疑問、育成医療の緩和措置が低所得者層への軽減策などの恒久措置でなく、なぜ経過措置になっているのかという問題。自立支援医療が給付されない場合の高額療養費の立替払いの問題、さらには心臓病を含めた内部障害者への理解と社会的支援策への検討が立ち遅れている問題など審議していただきたい様々な論点があります。これからも衆議院でも十分な審議をしていただけると期待しています。自立支援医療の場合、生活の向上を目的としている福祉サービスと異なり、命を救うための医療を障害者自立支援法案に踏み込んだことにそもそも無理があると考えます。自立支援医療の3つの公費負担医療制度についても目的も対象も違う制度をひとくくりにするのはあまりにも拙速で無理があったのではないか。前の国会で問題になった基礎的データ資料の誤りや自立支援医療制度運営調査検討会で精神の障害範囲についても異論が出ていることが端的に表しているのではないかと思います。
 今、日本は国を挙げての少子化対策、子育て支援に取り組んでいます。若い人たちが安心して産める環境を作っていく。心臓病児を授かっても育てていける。その環境作りのひとつが医療費への負担軽減策だと思います。内閣府の最近の調査でも少子化対策として何が大切かという設問で、保育、教育、医療費への補助など経済的支援をあげた人が70%で、最も多かったという結論が出ています。育成医療の見直しをするなら制度拡充の方向で医療制度ともからめた政策作りが必要と考えます。
 最後に1通のメールを紹介します。厚生労働委員の先生に直接送られたものですのでお読みいただいた先生も多いかと思います。
『息子は今まで3回の手術を受けました。赤ちゃんのころは乳児医療、5歳のときは育成医療で手術費用を助成していただき命を助けていただきました。思いもかけず病気の子供が生まれ、子供が生きるか死ぬかの状況のなか、親は不安でいっぱいになります。そんなとき手術費用の心配をしないでいられて、なんて日本は良い国だと思い、たいへん感謝しました。息子は近々4回目の手術を受けることになっています。東京に住んでいますが、病院は関西にあります。交通費、親の滞在費もかかります。私の知る限り、心臓病の多くの子供たちは複数の手術を受けるし、先端医療を受けるので、遠方の病院に通院、入院することも珍しくありません。子供たちは手術を受けるという選択をするのではなく、生きるためにリスクを承知しながらも何回も手術を受けるのです。その子供たちとその子供を守る親たちがいることを知っていただきたい。どのような境遇に生まれた子であっても命を助けていただける育成医療の存続を希望します』
心よりお願い申し上げます。衆議院では審議が始まったばかりです。拙速な結論を急がず、慎重な審議をして私たちの不安や疑問に丁寧に答えてほしい。そういう国会、委員会であってほしい。ご静聴ありがとうございました。

■10/25 衆議院厚生労働委員会記録(その2)

2005年10月25日 | 【速報】10/25衆議院厚生労働委員会
【委員長】次に浅輪参考人。
浅輪(参考人)/私には2人の子どもがおり、上の娘が障害者。娘が生まれたのは昭和34年。知的障害者福祉法が制定される前の年であり、知的障害者をめぐる法律はまったくなかった。私は、学校を卒業後、出版社に勤務していたが、娘が障害を持ったことが分かった時点で、会社勤めは出来なくなった。娘の就学時には、特殊学級がある学校を求め、あちこち歩き回った。その結果、埼玉県与野市に住み、親の会との関わりが出来てきた。娘が養護学校の中学部の頃、街で養護学校の卒業生を見かけるようになり、親の会でも作業所作りの話が出てきた。私は作業所の施設長になったが、その頃はまだ仕事をしていたので、週に1回程度顔を出せば良いのではないかと考えていた。しかし現実は毎日顔を出さなければならなかったため、結果、仕事を辞めて、施設長に専念し、19年間施設長を務めた。無認可の作業所だったが、定員を超えたので、新しい作業所を作ることになったが、それも大変なことだった。市に2つの作業所を建てる場合、2つ目の作業所は助成金の対象にならなかったので、2つめの作業所は100%自己資金運営で始めた。私の娘は昭和54年に養護学校を卒業し、運良く一般企業に就労できた。しかし、障害が重くなったことを理由に退職を勧められ、今は法人格の授産施設に働き、そして生活ホームに住んでいる。経歴でお分かりのように、私は単なる親の立場であり、親として、家族や障害者本人を見ているが、障害があるということでの、何らかのマイナスの要素を本人も家族も持ってはいけないと思う。そういう感覚を取り除いていきたいと思ってきた。法人を作るために苦労した人は分かると思うが、当時でも1億近くのお金がなければ法人格は取れなかった。ある日、養護学校の同期会に出たが、ある親御さんから「浅輪さんが来るとお金を取られるから、もう帰ろう」と言われた。大変悲しく、悔しかった。なぜこんなことをしなければならないのかと思った。施設を次から次へと作っていかねばならないとき、県から、半径300メートルの住民の全員の同意が必要だ、ということを言われた。これは大変な作業だった。その頃は特に、住民の恐怖感もあったと思う。私たちはなぜこんなことをしているのか。私は「親亡き後」と言う言葉は好きではない。しかし、現実に親は先に死んでいく。そのとき、自分のもう一人の子どもや親族に大きな負担はかけたくないと思っていた。気にかけては欲しいが、この子を丸抱えで見て欲しいとは言いたくない。そのためにも、障害者は自立のためのスキルを身につけ、国の補助があれば何とか自立できると思っていた。そのような中で、支援費制度は画期的な便をもたらした。例えば、私はジェットコースターが大嫌いで乗ったことはなかったが、しかし娘は若いヘルパーさんとジェットコースターに乗りました。私は、娘がジェットコースターを好きだということは、この時初めて知った。こうやって世界が広がることは素晴らしいと思う。支援費制度が始まって、やっと障害に対して理解が広まったかな、と思ったときにグランドデザインが出され、私たちはうろたえた。何回話を聞いても分からない。何となく改善されているように見えるが、よく分からないことがいっぱいある。私たちは知的障害しか知らないが、他の障害の方はどう思っているのか、知りたいと思い集会に参加した。そこでは、これでは生活出来ないと訴えていた。やっと掴んだ幸せが逃げていくように感じている。私たちは、負担金を払いたくないというのではない。しかし、そのためにはそれ相応の収入が必要のはず。更に、働く以前に生きていくためにお金がかかる人もいる。そういう人の社会活動を狭めてはいけないと思う。私たちの子どもたちは、障害が重い場合、施設でしか生きる場が与えられないという時代が長く続いた。そういう人たちが、自立支援法で日中活動が出来るようになるかもしれない。しかし、自立支援法での小規模作業所の位置づけを考えると、明るい未来が見えない。日中活動の場の地域活動センターは、支援費の対象でもなく、運営に関しても地方自治体に任されているということだが、場違いのような気がする。しかし、障害者の過半数が通っているのは、小規模作業所である。地域で生きていくことを奨励されているが、働けない人たちの生きがいをどうやって結びつければ良いのか?法案では親や兄弟への扶養義務も課せられており、本人の所得の保障もない。国と障害者の関係を見ていると、国は確かに大きな視野で法案を考えようとしているが、果たして色々な意見が確実に反映されているのだろうか?育成会が主催していく育成会の大会で本人部会というものがある。自分たちの要望をここから上げている。自分たちに関することを自分たちヌキで決めないで、という要望が何年も前から出されていた。その思いがどこまで活かされているのか?聞くだけ聞くけど何も活かされていない、ということを感じる。5月に緊急東京集会があった。そこでも緊急決議文があった。「私たちのことを私たちのことを決めないで、グランドデザインの内容を私たちに分かるように説明して欲しい、利用している私たちに良く分かるように説明して下さい」。こういった声を大事にして欲しい。

【委員長】次に、相澤参考人。
相澤(参考人)/今日の立場は件の家族会連合会会長と言うより、NPO法人の理事長という実践的な立場から述べたい。私は現在72歳、教員をまだ続けており、収入はそこから得ている。NPOは無給で活動している。私たちは、すべての住民に開かれた家族会運営を続けており、福島駅の側に地域生活センターを開くことが出来た。私たちはあくまでも超党派で、すべての市民・住民に理解を求めるとともに、絶対的に不足している福祉の拡充を求めている。地方における精神障害者とその家族の近況について述べたい。精神保健の基盤整備が決定的に立ち遅れている。病床数は多いのだが、入院条件は良くない。精神科の救急体制が整っていない。県で考えても、病床数が多すぎる。また、南会津では県立病院を含め、精神科の医師が1人もいないし、グループホームもないし、小規模作業所さえない。県の各地の保健所は広域統合をされ、現場に出ることができない。当事者集団が無理をして事業を行おうとしても、新規の設置が認められない。精神病院に入院している7万2千人の患者を地域に戻すという話があるが、そのための生活に必要な基盤は作られていない。精神障害者の福祉は他の障害と比べ物にならないくらい、低い。また、病理さえも定かでない。社会的偏見がひどく、2重の苦しみがある。本人だけでなく、親兄弟も苦しんでいる。子どもの発病と確定が遅く、その多くが低所得という状況。私たちは「親が安心して死ねる環境を」と励ましあってきた。障害者自立支援法に期待するものと心配するものを述べたいと思う。すべての障害者が安心して医療と福祉を利用できるようにしよう、というのは大賛成。現在は、それぞれの障害の法律が分断されている。全障害の一元化は大賛成である。また、この法案では就労支援を強調している。精神障害者でも、就労によって社会参加を熱望している人が多い。精神障害というだけで、会社からの門前払いを防ぐため、法整備をするのは大賛成。しかし、それを覆すくらいの不安がある。それが応益負担の原則。しかも家族ぐるみの応益負担となっている。障害者自立支援法は「自立支援」というなら、障害者が親兄弟に気兼ねなく自立出来なければならない。それなのに、親たちの世帯収入を含めて応益負担となっている。今でさえ親兄弟に大いに気兼ねして生活しているのに、ますます大きな気兼ねを課すことになる。

■10/25 衆議院厚生労働委員会記録(その1)

2005年10月25日 | 【速報】10/25衆議院厚生労働委員会
議長 本日は自立支援法案他、・・君5名提出の社会参加の促進のための身体障害者福祉法改正を一括議事します。参考人として名張市長・亀井利克君、社会福祉法人コミュニティネットワークふくい専務理事・松井正昭君、さいたま市手をつなぐ育成会会長・浅輪田鶴子君、福島県精神障害家族会連合会会長・相沢興一君、全国心臓病の子どもを守る会事務局次長・水谷幸浩司君、精神医療サバイバー・広田和子君、以上6名の方々に出席いただいています。参考人の皆さんは本日はご多忙中にもかかわらずありがとうございます。それぞれの立場から忌憚のない意見を述べていただき審査の参考にしたいと思っています。
議事の順序について。最初に参考人の方から意見を15分以内で。その後委員からの質疑。発言の際は委員長の許可を。参考人は委員に対して質疑できないのであらかじめ招致ください。まず亀井参考人。

亀井(名張市長) おはようございます。紹介いただいた亀井です。今日はこの委員会に案内いただき意見を述べる機会も設けていただき御礼いたします。また委員には日頃から格別な高配をいただき御礼いたします。早速自立支援法について意見を10分から15分で述べます。81年の国際障害者年からノーマライゼーションの浸透、施設から地域への流れ、平成2年に福祉八法の改正、以来、制度改正が進み、2000年には社会福祉法に改正、介護保険も始まった。社会福祉はこれから市町村が担って行く事になった。権限委譲、サービスの一元化に地域福祉が位置づけられた。基礎的自治体としての市町村は市民にもっとも近い位置で行政を担いつつ、現場を熟知している私どもが主体的に担う方向性は願ってもないと思っている。2003年から支援費制度がスタート。自立支援の切り口から制度導入、優れもので使い勝手がいい。利用者急増で、平均で1.5倍くらい伸びている。障害者の自己実現を図るに大きなインパクトを与えた制度では。ところが3年経過。課題が多く出ているのは確か。1つには頑張れば頑張るほど財政的に厳しく窮屈になる。持続可能な制度とはいいがたい。そして国の費用負担も明確ではない。残念なことはこの制度がありながらサービス提供ができていない自治体がある。精神障害は入っていないが、知的障害は40くらいの自治体が提供できていない現実。小規模自治体は施設がない、マンパワーがない。財政が厳しい。小さな自治体にお住まいの人の比率は5%くらい、大きな声になっていない。取り残されている。そういう自治体が多いという厳しい現実。地域間格差が大きくなってきている。それとサービスの一元化の中、精神障害者が取り残され就労対策が弱いと感じている。持続可能の制度としてもらわないと全国どこに住んでも一定水準のサービスというのを整えていかないと。その1つのツールとしての自立支援法は大変いい案ではないかと思っている。国の負担を義務的経費に、安定な供給・支給決定のルール、全国どこでも。基礎的自治体からすると高齢者・障害者自立支援という切り口からすると同じでは。医療が終わると自立支援介護が必要。介護保険、自立保険でもいいので、あとはカバー・フォローしていける状況がほしい。そうしていかないとならないと思っている。自治体をこれまでの縦割りを横割りに。地域福祉にかなう制度に。地域福祉計画は住み慣れた地域社会で生涯を通じで健康で活力に満ちた生活を送るためのもの。その中で暮らせる環境を整えていこうとするもの。高齢者計画、少子子育て、健康つくりとリンクさせて取組んでいる、国もゴールドプラン、障害者基本法、児童育成行動計画、グランドデザインの中で現実のもののとする一つの法律が支援法。ただ、事務が煩雑になることが予想。もっとシンプルにとも思う。自立生活支援事業は補助事業として残っている。県が行なうことができるが義務に。しわ寄せが市町村にくるのでは。また、サービス単価が示されていない。法人事業が…。自治体が担うのは大変。地域福祉計画は法人事業者と市民、行政が三位一体として進めていこうとするもの。サービス単価が。介護保険以上のものにされるかこと願っている。負担軽減の…こどもは選べない。国会で議員立法で発達障害者…支援法。今後サービスの一元化を図ってもらわないと。課題があるのでは。担当者に県からいろいろな説明が行なわれている、県の担当者に質問しても「国に伝える」しかない。国自らがブロックごとに出向き、政省令に反映させて。介護包括支援センターにも温度差。自立支援センターは将来的に考えて。わかっている人が出て説明するのがいい。12年に地方分権…法。基礎的自治体自立に向けた努力を余儀なくされている。自立の定義は3つ重要なことがある。税制的、市制に対して市民が参画共同の仕組み、住民自治の熟度が高まらないと自治体の自立もありえない。…の社会を築くための1つのツール。それを支える1つの法律が自立支援法と思っている。理解を賜りたいと思っている。おもっている。以上です。

議長 ありがとうございました。社会福祉コミュニティネットワーク、松永さん。

松永(社会福祉コミュニティネットワークふくい専務理事) おはようございます。紹介いただい、略してCネットふくいの松永です。本日は諸先生方に障害者雇用と地域生活の体験を話せるのは光栄です。資料を届けてあるので、骨子を示しています。ご覧いただきながら話をしたい。最初に自己紹介します。私には現在33歳の重度の知的障害を持つ男の子がいる。知能指数は26。判定はA1の重度。就労能力判定は重度。護学校を卒業して2年、通障害者授産施設で訓練。その後、福祉工場に就職して13年。今は1級障害基礎年金と所得で手取りで約150万。そのお金でグループホームで暮らしている。日々いきいくと暮らしていけるのを見て今後も継続的にこの法案について検討いただきよき方向で検討いただくことを願っている。私は障害者の就労雇用に携わって40年経過。最初は聴覚障害者の雇用をするにあたり、当時労働組合の執行委員長をしていた関係で労働条件の策定。その後、昭和44年に倒産企業の再建にたずさわった。従業員24名の内、8名が知的・身体・精神障害者。1/3がハンディキャップを持っていた。その人たちからいろいろなことを学んだ。真摯な努力で企業再建できた。49年。オイルショック。産業化は大きく急激な変化。倒産企業を再建した実績を評価され、現在の会社の他に7つの会社の経営に携わった。どの企業でも障害者が在籍。明るく元気に働いており、ものの考え方で心が豊になることを感じさせていただいた。なにより何事に対しても決意を持って取り組むことの大切さ。また法人は福井県育成会とは分離独立した法人で、59年から60年頃養護学校が教育義務化。私の子どもも学んでいて進路について企業施設の視察。この施設のあり方は一体何なのか。疑問と不審と不満を持った。意見を言うと学校の先生からは上着を引っ張られる。いわないでほしい、言うと子どもの行き先がなくなると。おかしい。では私たちで自分で進路を作ろうということで各養護学校の親をまとめて21世紀までの長期ビジョンを発表した。当時は親に何ができるかと、恫喝をうけた。しり込みする親を前に啖呵をきって、決意を持って臨んだ。平成3年に通所授産施設、翌年に福祉工場を創業して15年。現在登録数837人、小規模作業所の雇用数は171名、職業訓練中は214名。職業訓練中の7割は雇用に移行できると判断している。5カ年計画で事業計画。最終年度には目標を359人に修正。さまざまな取り組み。今日まで人としての存現に相応しい処遇確率。権利獲得。少子高齢化。国と自治体の財政困窮。一部で福祉亡国論が年々大きくなっている。障害者も可能な限り働き社会保障費の負担の具現化への指針を出すことが関係者の責務。改正前の法の第6条に示されている「障害者はその有する能力を活力……障害者に働く機会を与えない…」働きたい人を働かせないのは基本的に人権の侵害と考…重度の雇用者は…1.8%の内、0.4%が当法人。現場の職員が障害者の個性を尊重、誠実な支援に取組んだ成果。年2回職員の総合研修。保護者を交え関係機関に事業評価、。それを基に年俸制を導入、活動のプロセスを参考に昇給昇格。一昨年。小規模作業所の…・実態調査。約49%の障害者が働いて生きがいのある暮らしを望んでいる。親は一生涯を安心して暮らせる社会の持続。互助の精神を養い、まずは自助、届かない部分を公助・この仕組みを整えることを。この法案に記されている応分の自己負担について、支払い困難という意見を耳にするが、住民福祉の一部、老人福祉と一緒に市町村が考慮して働ける人には働く環境を保障して、所得保障。働くことが困難で所得が少ない人には自己負担の減免をするなど住民の合意を得られるような施策を。街には空き店舗を目にする。仕事の情報も転がっている。障害者に有効活用できる場、さまざまな仕事が創造できる。誰もが誇りを持って生き生きと、万人共有……リフレッシュの時期が来た。自由で安心して暮らせる仕組みをお願いします。