SP「My Way」(フランク・シナトラ)振付:ジェフリー・バトル
FS「ロクサーヌのタンゴ」振付:ジェフリー・バトル
10月
近畿選手権大会4位(193.11 SP1位 76.75 FS5位 140.71)
11月
第45回西日本フィギュアスケート選手権大会5位(200.57 SP2位 72.32 FS5位 128.25)
12月
第88回全日本フィギュアスケート選手権大会16位(193.39 SP10位 74.39 FS16位 119.00)
フジテレビ公式HPでウォーミングアップエリア360度カメラ、6分間練習(テレビ放送とは別映像)、キスクラ(テレビに映っていない時も)~インタビュー(テレビでは放送されない選手のインタビューも)がライブ配信されていたので、PCに三つウィンドウを開いて、TVと4画面で見た。
6分間練習のチャンネルでは演技中ずっとコーチを映していて、岳斗先生の横顔を堪能できた。
フリー滑走前、「中村優 23歳 大学4年」というテロップの下に「忘れられない選手だった、と思われる演技がしたい」というコメントが表示され、アナウンサーが「集大成」という言葉を使ったものだからザワザワしながら4回転挑戦を見守った。
インタビューで涙ぐみながら「今後どういう将来になるかわからないですけど」と。
「あったんですけど」が関西訛りになっていたのが同じ道産子として気になった。
1月
第75回国民体育大会冬季大会
個人2位(202.99 SP2位71.77 FS2位131.22)
チーム(北海道)5位

~追記~
4years.大学スポーツ2020年5月16日の記事「フィギュアのため北海道から大阪に 引退後は父と同じすし職人の道へ 関西大で活躍した中村優」より
昨年3月にさいたま市で開催された世界選手権を見に行ったときに「引退」の2文字が頭に浮かんだ。世界でトップ争いをする羽生結弦や宇野昌磨らを目の当たりにし、レベルの差を痛感した。「自分が将来、世界選手権で滑っているイメージがまったく湧かなかった。もし出られたとしても何が残るのか。出たからには上位にいかないといけない。このまま思い出づくりのために競技を続けても、自分にとってプラスにならない。社会に出た先の人生の方が長いし、早く社会に出たほうが自分のためになるんじゃないか」
昨年6月、中村はこのシーズン限りで引退することを決めた。8月に濱田コーチに引退の意向を伝えると、寂しそうな顔をしながらも「次の道を頑張って」と背中を押してくれた。
振り返れば、トップ選手が集う関大のリンクは中村にとってかけがえのない場所だった。とくに同じ大学に通う2歳下の本田太一(経済学部、関大高等部)はよきライバルだった。中村はループが得意でトーループが苦手、本田はその逆だった。「2人を足して2で割ったらちょうどいいのにね」と言いながら切磋琢磨(せっさたくま)した。
とくに印象に残っている試合は2019年1月のインカレだ。男子7、8級クラスで世界選手権代表の友野一希(同志社大、浪速)を抑えて優勝した。本田も3位に入り、関大から2人が表彰台に立った。
本田には今シーズンで最後になることは早いうちから伝えていた。本田はラストシーズンに向けて「楽しんで」と声をかけてくれた。2月、中村が東京であった引退エキシビション「明治×法政 ON ICE」にゲストとして出演したときも、見に来てくれた。「太一がいたから毎日練習を頑張れた。僕の支えになってくれました。いい仲間がいて幸せな時間でした」
引退後はすし店を経営する父の事業を引き継ぐため、見習いを始めるという。5回生で大学を中退し、経営の勉強もしていく。父にそのこと伝えたのは、昨年の秋。店は継がないと言い続けていただけに、どういう反応が返ってくるか気になっていたが、「いいじゃん」と、あっさり歓迎してくれた。「経済的に大変なスポーツをさせてもらった。15年間僕を支えてくれた分に匹敵するくらいのことをしていければと思います」
FS「ロクサーヌのタンゴ」振付:ジェフリー・バトル
10月
近畿選手権大会4位(193.11 SP1位 76.75 FS5位 140.71)

11月
第45回西日本フィギュアスケート選手権大会5位(200.57 SP2位 72.32 FS5位 128.25)

12月
第88回全日本フィギュアスケート選手権大会16位(193.39 SP10位 74.39 FS16位 119.00)

フジテレビ公式HPでウォーミングアップエリア360度カメラ、6分間練習(テレビ放送とは別映像)、キスクラ(テレビに映っていない時も)~インタビュー(テレビでは放送されない選手のインタビューも)がライブ配信されていたので、PCに三つウィンドウを開いて、TVと4画面で見た。
6分間練習のチャンネルでは演技中ずっとコーチを映していて、岳斗先生の横顔を堪能できた。
フリー滑走前、「中村優 23歳 大学4年」というテロップの下に「忘れられない選手だった、と思われる演技がしたい」というコメントが表示され、アナウンサーが「集大成」という言葉を使ったものだからザワザワしながら4回転挑戦を見守った。
インタビューで涙ぐみながら「今後どういう将来になるかわからないですけど」と。
「あったんですけど」が関西訛りになっていたのが同じ道産子として気になった。
1月
第75回国民体育大会冬季大会
個人2位(202.99 SP2位71.77 FS2位131.22)

チーム(北海道)5位

~追記~
4years.大学スポーツ2020年5月16日の記事「フィギュアのため北海道から大阪に 引退後は父と同じすし職人の道へ 関西大で活躍した中村優」より
昨年3月にさいたま市で開催された世界選手権を見に行ったときに「引退」の2文字が頭に浮かんだ。世界でトップ争いをする羽生結弦や宇野昌磨らを目の当たりにし、レベルの差を痛感した。「自分が将来、世界選手権で滑っているイメージがまったく湧かなかった。もし出られたとしても何が残るのか。出たからには上位にいかないといけない。このまま思い出づくりのために競技を続けても、自分にとってプラスにならない。社会に出た先の人生の方が長いし、早く社会に出たほうが自分のためになるんじゃないか」
昨年6月、中村はこのシーズン限りで引退することを決めた。8月に濱田コーチに引退の意向を伝えると、寂しそうな顔をしながらも「次の道を頑張って」と背中を押してくれた。
振り返れば、トップ選手が集う関大のリンクは中村にとってかけがえのない場所だった。とくに同じ大学に通う2歳下の本田太一(経済学部、関大高等部)はよきライバルだった。中村はループが得意でトーループが苦手、本田はその逆だった。「2人を足して2で割ったらちょうどいいのにね」と言いながら切磋琢磨(せっさたくま)した。
とくに印象に残っている試合は2019年1月のインカレだ。男子7、8級クラスで世界選手権代表の友野一希(同志社大、浪速)を抑えて優勝した。本田も3位に入り、関大から2人が表彰台に立った。
本田には今シーズンで最後になることは早いうちから伝えていた。本田はラストシーズンに向けて「楽しんで」と声をかけてくれた。2月、中村が東京であった引退エキシビション「明治×法政 ON ICE」にゲストとして出演したときも、見に来てくれた。「太一がいたから毎日練習を頑張れた。僕の支えになってくれました。いい仲間がいて幸せな時間でした」
引退後はすし店を経営する父の事業を引き継ぐため、見習いを始めるという。5回生で大学を中退し、経営の勉強もしていく。父にそのこと伝えたのは、昨年の秋。店は継がないと言い続けていただけに、どういう反応が返ってくるか気になっていたが、「いいじゃん」と、あっさり歓迎してくれた。「経済的に大変なスポーツをさせてもらった。15年間僕を支えてくれた分に匹敵するくらいのことをしていければと思います」