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「朝日」記者は「マリナーズ最下位濃厚」と断じる根拠を本当に持っているのか?

2006年03月12日 | Baseball/MLB

(土俵に上がる前から「朝日」に「最下位濃厚」なんて書かれたらたまらないだろう)

自戒の念も込めて書くのだが、一言一句の重みを知らない物書きほど悲しい存在はない。それが大新聞社の記者ともなれば、その軽はずみな1行が社会的に大きな影響を及ぼすこともある。

さて、昨日3月11日付の「朝日新聞」夕刊(東京第3版)13面スポーツ欄の短期連載「スポーツ人物館(大リーグ編)」イチローが取り上げられていた。いきなり「孤高の天才」とか、形容詞も文章の内容も陳腐で新鮮味がない。もちろん記事としてまったく面白みがない。そのうえ、記事の中でこんなことを「断定してしまっている。

「チーム(マリナーズ)は今年も3年連続最下位が濃厚自身の活躍とチーム成績が連動しないのも、悲しい宿命だ」

思わず「ちょっと待ってくれ」と言いたくなったのは、おそらく私だけではないはずだ。メジャーリーグはまだオープン戦の最中である。WBCが終わればイチローもチームに合流する。それ以前に、この記者を含む朝日の運動部は、今シーズンのマリナーズやア・リーグ西地区の戦力分析を本当にしているのか?

確かにエンゼルスは抜きん出ている。おそらく投打の陣容は西地区、というよりもア・リーグ屈指の顔ぶれだろう。だが、他の3球団はどうなのか? 私はそれほど大きな差はないと考えている。まずアスレチックスは確かに「マネーボール」効果で日本のスポーツジャーナリズムにおける知名度・認知度は上がったが、2年続けてポストシーズン出場を逃していることを忘れてはならない。昨年は一度辞表を出したケン・モッカ監督を呼び戻して再契約したり、ここ数年まともに試合に出ていないフランク・トーマスがオフ補強の目玉だったりと、らつ腕GMビリー・ビーンにも「手詰まり感」が漂い始めている。何よりも観客動員が低迷を続けており、地元ファンの後押しがないのが弱点だ。
昨年30球団最強の破壊力を誇った打線を擁するレンジャーズも、課題である投手陣の整備は依然十分とは言えない。またソリアーノをナショナルズに放出したあとの新たな打線の構成にも不安を残している。
そしてマリナーズだが、少なくとも過去2年間のチームよりははるかに選手層が整っている。昨年鳴り物入りでFA移籍しながらまったくの期待はずれだったエイドリアン・ベルトレイがWBCで好調だし、昨年途中昇格して4勝、防御率2.67の好成績をマークした20歳のエース候補フェリックス・エルナンデスも本格的な開花が期待されている。城島健司の移籍も攻守ともに大きいし、DHには昨年ホワイトソックスで世界一に貢献したカール・エベレットも加わっているし、エンゼルスはともかく、アスレチックスやレンジャーズに比べて、極端に見劣りする顔ぶれではないし、確かにGMと監督はどうしようもないが、どうしようもないフロントや監督の下でも優勝することがあるのは、近年の例(あえて実名は出しませんが=笑)でも何度か見られており、主力選手の大量バーゲンを敢行したフロリダ・マーリンズあたりならともかく、間違っても今年のマリナーズは「3年連続最下位が濃厚」と決めつけるような戦力ではない。

結局、天下の「朝日」ともあろうものが、根拠も薄弱なまま「3年連続最下位が濃厚」と書いてしまったのは、この記事の主役であるイチローの「孤高の天才」ぶりを盛り上げるため、勝手にマリナーズのア・リーグ西地区におけるステータスを言わば「捏造」したとしか考えられない。つまり、、まず「イチロー=孤高の天才」という結論ありきで記事を書き始めるから、どうしてもマリナーズには最下位になってもらわなければ困るわけである。まさに本末転倒とはこのことではないだろうか。
「朝日」のプロ野球報道におけるスタンスについては、私が籍を置く野球文化學會の論文集「ベースボーロジー」最新版(4月刊行予定)で、このBlogでも何度か取り上げた「松竹ロビンスはベイスターズのご先祖?」問題を含め、徹底的に追及している。いずれこのBlogや公式サイト、リニューアル予定の「野球文化學會」ホームページでもお目にかけたいが、関心のある方はぜひ野球文化學會の現ホームページをご覧になって、購入していただきたい。

まあ、結局イチローほどの選手でも、この記事を書いた朝日の記者氏にとってはそのプレーヤーとしての実像や人間性のユニークさを追求する対象ではなく、どこかで聞いたような感動ストーリーを判で押したような記事で申し訳程度に紹介するだけの存在なのだ。別に順位予想が野球担当記者の仕事だとは言わないが、長いシーズンを通じて一貫した論点・論調の記事を書き続けるためにも、MLB30球団、両リーグ、3地区の勢力地図や戦力分析をしておくのは、プロフェッショナルとして当然の準備ではないのか? それにしても、こんな不用意な1行を見逃して紙面に出してしまうデスクも、もはやその役割を果たしていないというしかない。朝日新聞運動部(に限ったことではないが)は、新聞記者の集団として、報道機関として、完全に機能不全を起こしているのである。



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2 コメント

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ジャーナリスト宣言 (やんけ)
2006-03-12 19:36:15
朝日新聞の危機は、最近の「ジャーナリスト宣言」なるCMにも

現れています。「言葉は身勝手で、感情的で、残酷で、ときに無力だ。それでも私たちは信じている、言葉のチカラを。」

それは言葉のせいじゃなくて、言葉を発する人間、そして言葉を拾う人間(ジャーナリスト)に原因があるんですよ。朝日新聞さん、大丈夫ですか。目が曇ってます。ペンの力に溺れています。
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記事に署名を (Ryoichi Urata)
2006-03-15 06:56:08
個人的な意見で記事を書くこと、大いに結構。

また、そうあるべき。各社各論大いに望むところです。しかし、それには「署名」が絶対条件です。大新聞が匿名の記事を載せるのは、「ペンの暴力」だと思っています。

朝日だけの問題ではありません。



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