(ソーサの600号本塁打をpick upした大塚投手。近づいてきたフラッグディールの目玉でもある=大塚投手の公式blogより)
昨日のエントリーで触れた特待生問題とそれに群がる「シロアリ」どもなど、野球界をめぐる話題には最近不愉快なことが実に多い。そのなかで、先日サミー・ソーサ(レンジャーズ)の通算600号ボールを同僚の大塚晶則投手がブルペンでゲットしたというニュースは、久々にうれしい話題であった。大塚投手が「これはサミーのものだ。彼に渡すよ」と堂々と見事な英語でテレビのインタビューに応えていた姿には拍手喝采だった。
(大塚晶則投手公式Blog)
http://www.aspara.co.jp/aki-otsuka/
バリー・ボンズがハンク・アーロンの通算755本塁打に接近しており、またおそらく同じような話題が流れるのだろうが、近年、記念のホームランボールがメモラビリアとしてオークションなどで異常な高値を呼んでいるため、メジャーだけでなく日本でもボールの「争奪戦」が観客席で繰り広げられるようになっている。
しかし、私はベースボールファンのひとりとして、たとえ何百万、何千万、あるいは億の値段がつくとしても、「球史」をお金に換えるようなやり方、またそれをあおるようなメディアの報道姿勢にはかねてから疑問を抱いている。それは、以前渡米した際に目にしたある光景が脳裏に焼きついているからだろう(このことは以前のエントリーでも書いたかもしれないが、あえてこの時期なので再度書くことにする)。
1999年9月、私は「月刊メジャー・リーグ」の松林善一編集長(当時)からカル・リプケンJr.のインタビューを依頼され、ボルティモアのオリオールパーク・アット・カムデンヤーズを訪れていた。前年の9月に自らの意志で偉大な2632試合連続出場にピリオドを打っていたリプケンは、この年は長年の勤続疲労のためか、選手生活において初、そして8月にも2回目の故障者リスト入りを経験していたが、9月に入り復帰した彼は、通算400本塁打、そして3000本安打を目前にしていた。しかし同時に、この記録を花道に引退するのではとの噂も流れ始めており、あるいは「鉄人」へのラストインタビューになるかもしれないとの覚悟を胸に、私はリプケンの取材に臨んだ。
プロの取材者が、取材相手に仕事中、サインなどの個人的な頼みごとをするのはスポーツに限らずいかなるジャンルにおいてもルール違反である。だが、インタビューの終わりに、私はささやかではあるが、この禁を破ってリプケンにある頼みごとをした。
「私はいままで、ずいぶんメジャーの試合を観客として、取材者として見てきたが、いままで記録達成などのマイルストンに立ち会ったことがないんです。あなたは通算400号本塁打まであと1本。私は今日を含めてあと2試合しかここであなたのプレーを見るチャンスがない。何とか『その瞬間』を私に見せてもらえませんか」
リプケンは何ら戸惑いの表情を見せることもなく、「OK」と力強く答え、私と固い握手を交わしてくれた。その翌日、リプケンは見事に目の前で記念すべき通算400号本塁打を達成した。スタンドにいた私は、その瞬間、ベースボールを見てきて初めて、感動の涙を流さずにはいられなかった(もちろん、私一人のためだけに打ってくれたなどとうぬぼれてはいませんが=笑)。そして、試合後の記者会見でもまた感動的な光景を目にした。
記者会見の席には、リプケン本人や家族(彼の父カル・シニアはこの年の春、ガンのため他界していた)のほか、見知らぬ青年が同席していた。聞けばレフトスタンドで記念のホームランボールをキャッチした人物だという。もちろんブルペンにいた同僚や、球場職員ではなく、スタンドで観戦していた一般のファンである。
この青年は自らボールをリプケンに手渡すと、リプケン本人から記念に直筆サイン入りのバットを受け取り、一緒に記念写真に納まり、記者からも質問を受けていた。もちろん当日のニュースや翌日の新聞記事に彼のことが紹介されていたのは言うまでもない。
もちろん人によって価値観は異なるだろう。しかし野球ファンとして記念ボールを本人に渡して直接感謝の言葉を述べられるのと、多額の現金に換金するのと、果たしてどちらが幸せなことなのだろうか?
私はベースボールを純粋に愛するのであれば、記念ホームランボールのような「史料」はやたらと個人の所蔵に帰するべきではないと考えているし、まして売って金に換える、そのために子供を突き飛ばしてまで争奪戦を繰り広げるなど愚の骨頂だと思っている。リプケンに記念ボールを手渡した青年や、今回の大塚投手の行為がベースボールの世界においては当たり前の光景でなければならないのである。
そうした「理」を唱えず、ただいたずらにボールの争奪戦をあおるような報道をしていたどこかの国のメディアは、おそらくまもなく達成されるであろうボンズのタイ記録、新記録の際にも、選手としてのボンズの足跡や、その記録に暗い影を落としているステロイド問題はおざなりにして、ボールの値段を嬉々として伝えるのだろう。あ~あ、そういう意味じゃ、日本のスポーツ報道っていうのは「(せこい)筋書きのあるドラマ」というほかありませんね……。
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