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日本縦断ライダーと日本一周ライダー

2020年04月12日 18時11分38秒 | バイク・旅の話題


2019年の北海道トランポ・ツーリングで、小樽からフェリーにのる際にカワサキZ650Fがいた。ザッパーだ。軽い車体とパワフルなエンジンでナナハン・キラーとよばれたモデルである。何十年前のバイクだろうか。カウリングがついていて集合管がはいっている。CRキャブにパワー・フィルターもついていた。



キャスト・ホイールになっているが、これはザッパーから派生したアメリカン・モデルのZ650LTDのものだろうか。フロント・ブレーキもダブル・ディスクになっているが、これもLТDのものかもしれない。Z650LТDと言えば思い出すことがある。


カワサキZ650リミテッド ウェブ・オートバイより あらためて見るとカッコイイ!

1983年の北海道ツーリンクのことだ。当時私は大学生で網走駅に泊まろうとしていた。あのころの野宿場所は国鉄(JRの前身)の駅がいちばんで、二番かキャンプ場だった。今では考えられないことだが、鉄道の駅に若者が泊まるのは大目にみられていたのである。興味のある方は『1980年代の札幌駅での野宿風景』もどうぞ。


ホンダXL250S ホンダのHPのカタログより

私が網走駅の待合室のベンチに座っていると、ホンダXL250Sに乗るライダーがやってきた。私よりも年上の28くらいの方だった。XL氏は日本縦断の記録作りに挑んだ直後だと語った。当時自転車による縦断記録への挑戦はさかんにおこなわれていて、記録は人間の能力の限界まで達した感があった。最短記録をつくるために不眠不休で走ったのである。一方でバイクによる挑戦は聞いたことがなかった。

私はこれはたぶん日本ではじめてのことだから、オートバイ誌とかモーターサイクリスト誌のような専門誌に連絡すべきだと言った。しかしXL氏は自分のためだけにバイクに乗っている人で、そんな気はまるでないのだった。

XL氏はZ650LTDも所有していて、20代の後半になる今まで、ツーリングばかりの人生をおくってきたとのこと。しかしバイト先のスーパーが正社員になってくれと言うので、この旅から帰ったらそうするつもりだと語った。XL氏は網走駅に泊まるのかと思ったら、もう少し走れると言って夜の国道にもどっていった。



1983年の北海道ツーリング。



網走湖。



バイクはスズキGSX400F。



俱多樂湖。


ホンダCB250T ホンダ・ホーク ホンダのHPのカタログより 当時はヤカン・タンクだとか座布団シートなんて言われたけど、今見るといいね。

そのXL氏と函館のむつ行きのフェリー乗り場で再会したのである。私は日本一周の旅に今日でたと言う札幌の年下の青年といっしょだった。彼はホンダCB250T、ホンダ・ホークにのっていた。XL氏は友人にもらったと言うホタテをたくさん持っていて、今夜は八甲田の友人のところでホタテ・パーティーをするとのこと。そこにいっしょにゆかないかと私たちを誘うのだ。船がむつにつくのは夕刻で、その後で八甲田までゆくのはかなりの時間がかかりそうだが、その話にのることにした。

ホンダ・ホークの日本一周ライダーは20才の人で、旅に出るために仕事をやめてきたと語っていた。ホーク氏は当時は少数派だったジェット・ヘルをかぶり、コンペ・シールドをつけていた。ジェット・ヘルもそうだが、バイクも古臭くて不人気車にのっている方で、自分の好きな形にこだわる人だった。そして無口な男だった。

フェリーで海をわたり、むつにつくと雨がふりだした。3台で八甲田にむかうがXLがとまってしまう。以前から雨降りだとリークしてエンジンがとまる癖があるとXL氏は言う。右ハンドル部のキル・スイッチから水が入って、リークするというのだ。キル・スイッチを分解して組み直すとエンジンはかかった。しかし走りだすとまたリークしてしまう。XLのエンジンはとまってしまった。

雨は降りつづく。またキル・スイッチの修理をしても、降雨がやまなければまたXLはリークしてしまうのだ。私は近くにあるむつのユース・ホステルに泊まろうと提案した。しかしXL氏は民家の倉庫の軒先をかりて、そこで雨がやむのをまち、キル・スイッチを乾かして八甲田にゆくと言ってきかない。私たちにはユースにいってくれと言うのだ。そこでホーク氏とむつユースに泊まるとこにしてXL氏と別れた。


恐山でホーク氏に撮ってもらった。

夜のうちに雨はあがった。XL氏は八甲田にむかったのだろう。私はホーク氏と恐山をめぐって青森にでた。私は酸ヶ湯をとおって十和田湖にゆきたかった。ホーク氏は日本海側の日本キャニオンを見たいとのこと。そこで青森でホーク氏と別れた。それじゃ、と言って。私はXL氏が通ったであろうルートをとったが、彼に会うことはなかった。ホーク氏と再会することもなかった。

Z650LТDは不人気車だった。大型免許があれば、皆ナナハンに乗りたかったのだ。650は中途半端だった。ホークも4気筒エンジンが全盛のときに、時代遅れのバイクだった。400の車体なのに、エンジンだけ250にして、車検がないというのが訴求ポイントだったから、若者がえらぶオートバイではなかった。その2台に乗っていたふたり。自分にあったものをえらんでいたのだなと思う。

1983年の北海道ツーリングもどうぞ。

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