夏は、百日紅の季節でもあるが、蔓草がそれこそ蔓延る(はびこる)季節でもある。ノウゼンカズラなど、美しさにはっとすることもある。
先日も炎天下を歩いていて、学校のグラウンドのネットに、すくすくと絡みつく?蔓草を眺めていた。ちょっとした涼を感じさせる蔓草ではあるが、何故か気になった。
某外資系企業を退職してから6年経つが、その企業につとめていた40歳台のころを、最近いろいろ思い出している。15年前、10年前の自分に、もし会えたら、どう「生き甲斐の心理学」の知識で役に立てられるかという妄想?でもある。
昨日は、44歳の時の仕事で使った手帳をずっと眺めていた。
ふと気付いたことがある。仕事をしていれば当たり前なのだろうが、仕事上での不安=企業としての不安、が自分の個人の不安(実感がなくても)に妙にオーバーラップしていることだ。そして、自分本来の実感から遠いことが、あたかも実感しているかのように、認識していたり、行動したりしている。自分は決して、経営者などではないのに。
カールロジャースの人格形成論に19個の命題があるが、その9番、10番を思い浮かべてしまった。
急激に変わる時代の中で、こころの健康を維持するためにも、自分の真の実感・感情を大切にすることは大切だと思う。
蔓草は迷うことなく、蔓草として生きている。それは健全だと思う。
<今更人に聴けない「生き甲斐の心理学」 5/12>
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