富弘美術館のお次はR122を日光方面にすすみ、足尾銅山を目指します。
あいにくのお天気でしたが、途中の山々の木々は赤や黄色に色づいていて、
淡い金色のベールをかぶっているかのようです。
足尾銅山に着いてみたら、これがびっくりするくらいの残念な観光地。
父と母は一回見たから見ないというので、見学するのをやめようかとおもいましたが、
それでもせっかく来たのだからと、わたし1人で坑道内を見学することにしました。
入坑料は大人800円。
ちいさなトロッコに乗り足尾銅山の坑道を目指します。
(トロッコ乗車の際、ごちんと頭を強打。ひとりのため派手に痛がれず)
歩いた方が早いんじゃないかとおもうほどゆっくりなスピードで、ゴトゴトとトロッコはゆるやかな下り坂を動きだします。
坑道の手前でトロッコを引いていた気動車を切り離し、
トロッコ自体の動力で坑道にはいるのですが、ここから急にハイスピード!
トロッコで坑道全体を見学できるのかとおもったら、50m入ったくらいからは歩いての見学です。
足尾銅山は江戸時代から昭和48年の閉山まで、銅を始めいろんな鉱石を採掘したそうです。
明治時代には東洋一の生産量を誇ったそうですが、
製錬過程からでる廃水は渡良瀬川の水を汚し、田中正造が問題解決に生涯を費やした公害を発生させました。
(一部地域は今なお枯れ地です)
見学できる坑道はほんの一部ですが、迷路のようで、暗くて狭く、ポタポタと水滴がしたたり落ちています。
当時の坑夫さんたちの様子を再現したお人形が置いてあるのですが、わたしは途中からこれが非常にこわくなり、
また坑道内はひっそりと人気がなく、前にいる見知らぬ家族連れを見失わぬように見学しました。
さらに、ここで地震があったらどうしよう!とこわいことを考えてしまい、
ずっとドキドキしていました。
だけれども、わたしは想いを馳せるのが好きなので、
足尾銅山に携わった人々の繰り返される日々の暮らしのなかのちいさな幸せや、
ふつうの暮らしのなかにあった笑顔をおもったりもするのです。
観光地としては残念な感じだけれど、
日本の遺産としてはとても貴重なところです。
あいにくのお天気でしたが、途中の山々の木々は赤や黄色に色づいていて、
淡い金色のベールをかぶっているかのようです。
足尾銅山に着いてみたら、これがびっくりするくらいの残念な観光地。
父と母は一回見たから見ないというので、見学するのをやめようかとおもいましたが、
それでもせっかく来たのだからと、わたし1人で坑道内を見学することにしました。
入坑料は大人800円。
ちいさなトロッコに乗り足尾銅山の坑道を目指します。
(トロッコ乗車の際、ごちんと頭を強打。ひとりのため派手に痛がれず)
歩いた方が早いんじゃないかとおもうほどゆっくりなスピードで、ゴトゴトとトロッコはゆるやかな下り坂を動きだします。
坑道の手前でトロッコを引いていた気動車を切り離し、
トロッコ自体の動力で坑道にはいるのですが、ここから急にハイスピード!
トロッコで坑道全体を見学できるのかとおもったら、50m入ったくらいからは歩いての見学です。
足尾銅山は江戸時代から昭和48年の閉山まで、銅を始めいろんな鉱石を採掘したそうです。
明治時代には東洋一の生産量を誇ったそうですが、
製錬過程からでる廃水は渡良瀬川の水を汚し、田中正造が問題解決に生涯を費やした公害を発生させました。
(一部地域は今なお枯れ地です)
見学できる坑道はほんの一部ですが、迷路のようで、暗くて狭く、ポタポタと水滴がしたたり落ちています。
当時の坑夫さんたちの様子を再現したお人形が置いてあるのですが、わたしは途中からこれが非常にこわくなり、
また坑道内はひっそりと人気がなく、前にいる見知らぬ家族連れを見失わぬように見学しました。
さらに、ここで地震があったらどうしよう!とこわいことを考えてしまい、
ずっとドキドキしていました。
だけれども、わたしは想いを馳せるのが好きなので、
足尾銅山に携わった人々の繰り返される日々の暮らしのなかのちいさな幸せや、
ふつうの暮らしのなかにあった笑顔をおもったりもするのです。
観光地としては残念な感じだけれど、
日本の遺産としてはとても貴重なところです。