つくづくわたしはアマノジャッキー(天の邪鬼のこと)だなと考える。
例えば「好きなもの」を写真にとる被写体だとしたら、
その被写体をまんなかにはおきたくはないのです。
被写体をまんなかからずらして、まんなかには空間をおいておきたいのです。
まんなかにはゆらめきをおいておきたいのです。
わかるかな。
けれどそのわりに、まんなかからずらしているわりに、
すごい集中力でその被写体を必死で刻みこもうとする。
そして、好きなもの、は好きなものだけを好きなのではなくって、
わたしの日常とセットで好きなんだって気づいたんです。
わたしの日常によくなじむ、好きなもの。
例えば、ふつうの日の夕焼け空、ふつうの日に歩くふつうの歩道、
ただ顔をあげて見た枯れた田園風景、ちょっと散らかった部屋でぼんやりとする時間。
わたしの好きなものは、そんな何でもないわたしの日常に、
トイカメラのようなぼよぼよとした色彩をかぶせ、ちょっぴりアーティスティックに彩る。
そこが好きなんだと気づいたのです。
君に会いに川を渡っているのはわたしではなくて、
君が渡ってきてくれているのだ、と。
だからこんなにもわたしのふつうの日常になじむのだ、と。
先日初参加した都内某所でのスピッツのDJイベントで、
たくさんの人たちの可愛いらしく盛り上がっている様子をながめながら、
ひとりはじっこで頬をつきぼんやりとそんなことを考えていました。
例えば「好きなもの」を写真にとる被写体だとしたら、
その被写体をまんなかにはおきたくはないのです。
被写体をまんなかからずらして、まんなかには空間をおいておきたいのです。
まんなかにはゆらめきをおいておきたいのです。
わかるかな。
けれどそのわりに、まんなかからずらしているわりに、
すごい集中力でその被写体を必死で刻みこもうとする。
そして、好きなもの、は好きなものだけを好きなのではなくって、
わたしの日常とセットで好きなんだって気づいたんです。
わたしの日常によくなじむ、好きなもの。
例えば、ふつうの日の夕焼け空、ふつうの日に歩くふつうの歩道、
ただ顔をあげて見た枯れた田園風景、ちょっと散らかった部屋でぼんやりとする時間。
わたしの好きなものは、そんな何でもないわたしの日常に、
トイカメラのようなぼよぼよとした色彩をかぶせ、ちょっぴりアーティスティックに彩る。
そこが好きなんだと気づいたのです。
君に会いに川を渡っているのはわたしではなくて、
君が渡ってきてくれているのだ、と。
だからこんなにもわたしのふつうの日常になじむのだ、と。
先日初参加した都内某所でのスピッツのDJイベントで、
たくさんの人たちの可愛いらしく盛り上がっている様子をながめながら、
ひとりはじっこで頬をつきぼんやりとそんなことを考えていました。