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はれっとの旅路具

(はれっとのたびろぐ)田舎暮らしと旅日記
金沢・能登発 きまぐれ便

北陸へ

2007-02-17 20:31:54 | 旅日記
14日から始まった今回の出張もようやく終わりに差し掛かっています。

お昼前に会場に入ったときは、曇り。
タクシーの運転手さんによると午後から雨なのだそうです。

そういえば、出張中はあまりニュースを見られません。
新幹線の車内では、ドア上の電光掲示板からトップニュースが流れているので、大きな報道は目にしましたが。


今朝、ホテルの部屋で流していたNHK朝ドラの芋蛸なんきん。
おリンさんと息子さんの対面。ほろりとしました。

そのせいでしょうか?
本日の会議では、とても優しい気持ちで臨む事ができました。

列車の乗り継ぎの関係で、会議後の交流会をやや早めに辞しました。
この会合には、僕と同じ学校で、しかも2年ほど通学時期が重なっていた方が偶然にいて、当時の金沢の街の話で盛り上がったりしていました。

会場から最寄の駅までの帰りは、予報通りの雨。
意外に寒くなっていました。

松江もそうでしたが、冬から春にかけての時期は、寒暖の差が大きく出張をしているとその調整が大変です。

昨日の名古屋での会合でも、戸外は寒いのですが、地下鉄内は暑く背中に汗がじっとり。

今回は、何故かマフラーを持参していました。
恩師のT先生の奥様から頂戴した羊さんの毛100%の奥様の手織りです。
奥様の姪御さんが、羊の毛から糸を紡ぐのが趣味だとか。
大量にできてしまう毛糸を送られるので、せっせと機織機で手織りされています。
完全な自然の毛糸のため、糸自体が一本一本色が違うこともあり、出来上がったマフラーも一本一本違うのだそうです。
それを写真に撮って、番号を振り、誰にあげたかアルバムに整理されていました。

このマフラーは、本当に暖かく、今回も有難く使わせていただきました。


途中新幹線への乗り継ぎの際、軽食のつもりで、きしめんを。
駅そばは、何故か食べてしまうのですが、名古屋ではやはりきしめんです。
鰹節がたっぷりかかったちょいと酸味のあるダシがなんともいえません。


米原で北陸線の特急に乗り換え。
列車は石川県内に戻ってきました。

金沢駅からバスで、勤め先に戻り、帰路につく用意をして、漸く能登への家路です。

帰宅は、多分日付が変わる頃になるでしょう。

明日は、ゆっくり休むことにします。

松江より

2007-02-15 22:54:52 | 旅日記
今日午前中は、出雲市で会議。
この会議は随分勉強になりました。

・「僕は何でも知っている」という態度は、その場に居合わせている(実は隠れた専門家など)他人から内心、自らのレベルを知られてしまう
・人の意見を聞かずに、自説ばかりを述べていると、本当は自分に貴重な話を聞きそびれる可能性がある

こうやって整理してみると、当たり前のことなのですが、その場でどのように振舞っているかは中々客観的に判らないものです。ですから、なお更に怖いと感じました。

僕の中で未だ消化しきれていないので、批判めいたニュアンスをお感じになられたら、それは僕の未熟さの現れです。お許しください。


恐らく表情はかなりムッとしていたと思いますが、態度は「教えを請う」という姿勢を取り続けようとしていたつもりでした。

久々の修行になりました。


その後、目の前のはずの出雲大社にお参りをしたかったのですが、ご同行のDさん、S君の同意を得られず(ということは、積極的に求めなかった自分のせいですが)、JR出雲市駅に逆戻り。
ここ一番という土地で、親神様にご挨拶をするのが僕流なのですが、現代っ子のDさんS君にはわかって貰えそうにも無く…

ここには、一畑電鉄という私鉄もあるので、自分だけでも…と急遽時刻表を調べ始めたらあいにくたった今、出たばかり…。
どう調べても、その電車に乗らなければ、次の予定までに松江に戻れません。

出雲大社に行けたら、僕のこのブログをご覧の独身の方々に良縁をお願いにとも思っていたのですが…

それでも止む無く、列車が出たばかりの電鉄出雲市駅に行きました。出雲大社駅キーホルダ
すると切符販売窓口に、各駅の記念キーホルダがありました。
願掛けのお守りとは全然比べ物になりませんが、それでも気持ち…と求めました。
これをお守り代わりに、僕なりに願かけさせていただきますね。


北陸での語り継がれなのか、僕の周りだけがそう言っているのか判りませんが、出雲大社と伊勢神宮の両社参りをすると願が叶うと聞きます。

それで、一年の間に両社にお参りをしたことが、過去に二度あります。

今年お伊勢さんにお参りできるかは、ご縁ですが、どうか皆様に良縁が結ばれますように、甚だささやかですが、ご祈念致しております。


午後から松江でも会議。松江城近くに松江城が見えました。
加賀前田藩の城下町金沢と、松平不昧(ふまい)公の松江は同じ日本海側の城下町の風情を残す街として列せられるようです。
二つの街共に茶道が盛んな事。そのためお茶菓子が有名な事。どちらの地方でもトビウオのことをアゴということ(これは北前船の影響か?)など共通点もあります。

方や外様の大藩、こなた幕府の雄藩と、幕藩体制下では相見える間柄だったのですが、時の流れが全てのわだかまりを流し去っています。


あまりお酒を召さないDさんとS君。
今夜は、宿近くの焼き鳥店で軽く(僕としては、です…)やって、早めに戻ってきました。
明日は、僕だけこのまま名古屋に移動してまた会議です…(^^;ゞ


●参考ページ
松江藩(by 下総綜合ken究所)
松江開府400年祭(by 松江開府400年祭推進協議会)

冒険義塾世界遺産合宿編・続編

2007-02-12 23:30:16 | 旅日記
こちらを初めてご覧になる方は、前編(冒険義塾世界遺産合宿編(2007-02-11))をお先にどうぞ。

さて、翌日11日の冒険合宿です。

前夜、午前3時過ぎまで語り合った後、仕事で戻らなければならない摩茶さんは奥能登へ。皆が飲んでいるのに、呑まずに準備だけして帰る思いは如何程か…。
無事の帰還を祈るべきですが、僕はトロトロ転寝。
ごめんね。摩茶!

さて、朝になって気づいたのですが、あたりはすっかり雪化粧。

6~7cm程積もっています。
東京組は歓声。(^^)

五箇山特産の栃の実パンとコーヒー(コーヒーを飲めない僕は紅茶…(^^;ゞ)で朝食。

その後、近くの五箇山和紙の里(公式ページ)で紙漉き体験です。五箇山和紙漉き体験葉書3枚コースと、手漉き和紙コースに分かれます。
葉書コースは、葉書3枚を作ります。
手漉き和紙コースは、ランチョンマット大の一枚を漉きます。

僕は手漉き和紙コース。

葉書は、溜め漉きといって、型の上から繊維を含んだ水を乗せ流して厚みを増すやり方。
和紙は、流し漉きといって、竹の簾に繊維を残すように流しながら漉いてゆくやり方。

と漉き方も違います。

僕の作品和紙漉きは何度か体験していますが、ほぼ瞬間芸なので毎回緊張します。
今回の「作品」…です。
左側の二つの葉の他、右にも小さな葉っぱがあるのが、見えるでしょうか。


途中、摩茶さんから電話。
徹夜仕事の最中でも僕らのことが気にかかっている様子。
ありがたいやら、申し訳ないやら

こっちは何とかするから、仕事に専念してくんろ~


漉いた和紙のアイロン!最近、和紙体験コースには参加していなかったのですが、こんな巨大アイロン!であっという間に乾かしてくれます。
こんな便利な「装置」があるんですね~

手前が手漉きコースの作品。奥が葉書コースの作品を乾かしています。


モナリさんの葉書葉書コースのも手漉きコースも葉っぱは一人3枚まで。
モナリさんは、そのうちの一枚を細かくちぎって散らしていました。
さすが!クリエイター。


大騒ぎの和紙漉き体験後、しばらく走って上梨地区へ。雪の五箇山引き続き、雪に煙る五箇山の景色です。

暖冬の今年。
貴重な墨絵です。


上梨のバス停横にある国指定重要文化財「村上家」合掌造りと雪の花東京組は、内部を見学。
僕らは、色々と準備・段取り。

その間に見かけた、村上家の茅葺屋根と雪の花。
今年のような暖冬では、降った直後でなければ、木々に咲く雪の花を見ることはできません。


昼食は、お隣の庄九郎こきりこ.com)さん。昼食を頂いた庄九郎さん
下見をしに摩茶さんと、鈴娘さんが来たとき、こちらでお昼を頂いて、即決めたのだそうです。

中は味わいのある伝統的な間取り。

こきりこ節のささらを鳴らすはれっと

村上家を見学中のメンバーを待つ間、僕らは先に上がりこんでこきりこ節に欠かせない「ささら」の鳴らし方を教わっていました。


僕も…(連日の出張でかなりお腹が出てしまったのがお恥ずかしい)


美味極まりの山菜定食鈴娘さんのチョイスによる今日のお昼は、山菜定食。写真には写って居ませんが、そば椀もついています。
これが、また美味しかったこと!

豆腐の深い味わい。
牛蒡の香り高さと、出汁のバランスの良さ。
ご飯も、漬物に至るまで、山の幸の美味しさを本当によく知って、自然にそれらを引き出しているのです。


この後、急遽予定を変えて未だ訪ねていない世界遺産の集落「相倉集落」へ。世界遺産・相倉集落の撮影スポット案内看板駐車場の横を見ると、こんな看板が…
その先は、棚田のあぜ道。
勿論、この日は、雪で真っ白。

でもそう書かれては、行かないという選択肢は、冒険義塾生にはありません…(^^;ゞ


ここが撮影スポット途中、世界遺産の光景を見に来たのだか、単に雪合戦をしに来たのだか、よく判らない餓鬼の精神状態を経て、ようやく到達しました。


撮影スポットからボタン雪に沈む相倉集落ここからの世界遺産・相倉集落、雪の光景です。


しばし、見とれて…(本当かぁ?)
悪戯をしながら、慣れない一列縦隊で戻ります。

そのまま、帰京する一団。
延泊する一団。
彼らを送って、僕らは一段落。


その後、僕は仕事に突入…しました…(^^;ゞ


●参考ページ
05.8/31~9/2五箇山ウォークと越中八尾「風の盆」(a href="http://www.sikoku-basecamp.co.jp/" target="_new">アウトドア・ベースキャンプさん)

冒険義塾世界遺産合宿編

2007-02-11 02:10:26 | 旅日記
東京出張から富山空港に戻り、その足で飛騨高山へ
そして一旦、能登に戻った翌日の本日。
冒険義塾の冬季合宿です。

今回は、世界遺産に泊まろうがテーマ。

残念ながら世界遺産の施設には宿泊できなかったのですが、
(都会生活に慣れている塾生には、返ってよかったかも)
世界遺産のイベントに突然、主催者側参加して「遊」ぱせて貰いました…


五箇山IC東京の冒険小学校からの参加者、金沢からの参加者と、ルートが違う僕は五箇山ICで待ち合わせ。
遠くの山が晴れたり、雪雲に隠れたり。
みんなは昼食などで遅れ、小一時間ここで待ちました。

久々にポケッとできた時間。


先遣隊と合流した後、早速合掌集落の一つの菅沼(すがぬま)へ。
連休の間、ライトアップイベントがあります。

萱沼集落集落外れの駐車場には、観光バスや遠方ナンバーの車が…。

集落にも、大勢の方がこられていました。




雪解けの他に写る合掌造り地元の方に伺うと、「僕は半世紀以上生きてきたが、こんな冬は初めて。これでは4月上旬並み」とのことです。

集落内の小さな田の雪が解け始め、池のようになっています。


僕らは、イベント主催の観光協会の方の依頼で、二手に分かれました。
東京からの参加者は、沿道の灯篭にロウソクをすえたり、雪だるまのキャンドルを作る係り。

僕を含めた石川からの三名は、国道の歩道からライトアップを撮影する人の誘導係り。

撮影スポットは限られていますが、中高年を対象に趣味の撮影の方を集めた観光ツアーが企画されているようで、かなり大勢が三脚を構えています。

ところが…

僕のように、中学生の頃からSLを追いかけて撮影行脚をしてきた人間からは、信じられない行動をされます。

三脚を伸ばして、広げたまま、あちこちに移動しようとするのです。

三脚の脚は、車道に出る。後ろで、他人の通行の邪魔になる…

大変失礼かもしれませんが、僕らの世代からすると、人生の大先輩に相当するこの世代の方々が、人の迷惑を感じられない。自らの危険を察知できないという行動を目の当たりにして、思うところが少なくありませんでした。

最初は、黙々と棒(光る警棒)を振っていたのですが、あまりにも無防備な方が多くて、しまいには声を出すようになりました。


合掌集落のライトアップ皆さんが「命がけ」で撮影をしていたのは、これです。
手伝いを終えて、コンパクトカメラで三脚無しでの撮影ですから、素晴らしい機材でのシーンとは比べ物になりませんが。

聞くとは無しに、耳に入ってくる会話から、まともに自分のカメラを操作することができない女性もいて、同行の男性が完全に代行しています。

そうして撮影した一コマは、彼女の作品ではなく、代行した男性のもののような気も…(^^;ゞ

彼女の機材は、とても手が出ないようなレンズ・カメラ…
彼女の仲間もみんな同じような機材を持っています…

凄い機材を持っている人同士が、「なんだぁ~M(マニュアルモード)で撮っちゃだめだよ~。P(プログラムモード)でなくちゃ~」なんて会話をしているのを耳にすると、なんだかなぁ…


まぁ、その方々は若い頃、できなかったことを今ようやくできるようになったと考えれば、攻めるのも酷ですね


塾生が作った雪だるまキャンドルさて、僕らがひたすら棒振りをしている間、他の塾生は、これを作っていました。

クリエイティブ系の方が多いせいで、どれも素晴らしいでき。
何も知らないお客さんからも好評で、この写真を撮る方も少なく無かったとのこと。

僕らの「遊び」も、お役に立てて良かった、良かった。


その後、近くの温泉にみんなで入り、いよいよ給食の時間。
給食の時間宿泊先は、研修施設なので給食は、摩茶さんが調達してくれた仕出し。
でもそれがこんなに凄い。

後から聞くと、二度ほどこちらに、来て調整をしたそうです。

奥能登に勤務していて、とても忙しいのに、こんなにマメに準備をしてくれていたとは。
有難いことです。

うっかりすると、「凄い接待」という評価で終わりになるものなのですが、その影には普通はできない手間暇が掛けられているものです。

だから「ご馳走(準備に馳せ走りまわる)」というのですが、いざ自分がそれをできるか。
と考えれば、その価値・意味の重さも計り知れるかもしれません。


お金に代えられない意味。
改めて、大切にしたいと感じています。

暖東京

2007-02-07 00:44:45 | 旅日記
暖冬とはいえ、今回の東京出張は汗をかくほどです。

着ているものを一枚減らし、
コートの内張り(?)をそっくり剥がして
春仕様にしてなんとか丁度…

ダウンのジャンバーなんぞ
しっかり着込んでいるお兄さん
全く信じられません。

生命力
大丈夫でしょうか?


さて、気づくと日付が変わっちゃいましたね。

昨日、今日(6日)と色々ありました。

出張前に起こった
とっても不思議なお話があるのですが
かなり長文で、原稿書きかけ…

さっきまで飯田橋で悪友のIと呑んでいたので
ホロ酔い加減の今、続きを書くのは置いておいて
この先は、おいおいまとめましょう。


今夜と明日の宿は、地下鉄東西線沿線

この宿は最寄の駅がちょいと郊外なためか
何故かいつも空きが目立ちます。

でも、九段下まで20分弱だし、
駅からも数分なので存外便利です。


21時まで仕事をしているIと合流するまでに
ちょっぴり時間が空いたので、チェックイン後
例によって、秋葉原めぐりをしました。

いつもは日中なのですが、
夜の秋葉原は初めてでした。

各店の閉店は意外に早く、
Iとの待ち合わせの21時まで
空いている店に移動しつつの
電気店のハシゴ…(^^;ゞ

これまであまり見かけなかった
メイド姿の女性にタントお会いしました。
(大通りで、客引きをする彼女たちにすれ違っただけですから…念のため…)


僕が学生の頃の秋葉原には、
適齢の女性の姿は殆ど奇跡的に見かけませんでした。

その後
電気部品の街から
家庭電気製品の街になって
女性・家族連れを見かけるようになり、
十数年ほど前、
パソコンの街になって
また見かける人(属性)が変わり
今また変わろうとしている
という処でしょうか。

日比谷線秋葉原駅から、電気街に出るにも迷いましたし…(+_+)
やっと出た電気街から振り返ると
まるで「ここは都会じゃないか!」と驚くばかりの
高層ビル群の明かり…


東京のほかの街も変わっているのだろうと思います。

でも、ラジオ少年・アマチュア無線少年だった僕が
定点観測してきた街は秋葉原だけなので
この小さな一区画の変化しか実感できていません。

街ごと変わる
そんなダイナミズムがこの都市にはあります。

しかし、一方で
変わらない下町のお江戸の良さも
この都市には同居しています。


21時少し前、駅に行くと
大勢の外国人の団体。

「東洋の不思議・観光名所秋葉原」を
巡るツアーの参加者のようでした。

そういえば、メイドスタイルの女の子を見て
大騒ぎしていた外国人のグループがいたっけ…


少し前まで余りにも大勢の群集に
飲み込まれそうで嫌いな都市・東京でしたが、
それはそれとして
ここ数年、何故か親しみも
自分の中に湧いていることに気づき
不思議な思いをしています。


明日から二日間、半蔵門近辺で朝から晩まで
缶詰です。


p.s.
書き始めの頃、想定したことと
全然違うことばかり書いているようです…
書き終わってみると(^^;ゞ