丘を越えて~高遠響と申します~

ようおこし!まあ、あがんなはれ。仕事、趣味、子供、短編小説、なんでもありまっせ。好きなモン読んどくなはれ。

Try to remember

2010年04月25日 | 四方山話
仕事を終えて、慌ただしく車に飛び乗り、子供達の待つ家へと向かう。久しぶりの黄昏。金色に染まった河川敷を左に見ながらひたすら車を走らせる。
 ラジオから歌が流れてきた。柔らかいバリトン。アンディ・ウィリアムズの声だった。

Try to remember the kind of September  
 When life was slow and oh so mellow  
Try to remember the kind of September  
 When grass was green and grain was yellow  
Try to remember the kind of September  
 When you were a young and callow fellow  
Try to remember and if you remember  
 Then follow, follow, follow…  

 私が生まれる前の歌だ。これが流行っていた頃は知らない。でも昔家にレコードがあったので曲はよく知っている。そしてこの曲を聴くと、私はいつもタイムスリップするのだ、十九歳の頃に……。

 十九の私は某大手英語ビジネス系の専門学校に通っていた。あれは夏休みの英語の短期集中講座だっただろうか。通常の講師とは違う先生が私達のグループを担当していた。確かアメリカ人の若い男性だった。名前は……確かマーリーとかなんとか言う名前だったような気がするが、はっきり覚えていない。栗色のふわふわの髪と同じ色の優しい瞳の青年だった。私達よりは二つ三つ年上だったように思う。女の子達にちょっとからかわれると、すぐ真っ赤になって照れるようなシャイな人だった。アメリカ人とは思えないような、可愛い感じの人。理由は忘れたがクラスでディスコの真似事のようなダンスパーティーをした時も、少し踊っていたがすぐに部屋の隅っこに行ってしまった。どうやらリズム音痴だったようだ。
 そんなだから、他所のクラスの女の子達からも随分人気があった。金魚の糞のように彼に着いて回る女の子達が何人もいた。彼は頬を赤らめながら困った顔になりながらも、一生懸命ニコニコ微笑んでいた。
 当時の私は少々無愛想な、時々つっけんどんになるような、どこかしら醒めた目で周りを見ている可愛げのない女の子だった。が、何故か彼はラウンジでコーヒーを飲んでいる私の傍にふらりと来ては、他愛の無い世間話をしたりした。取り巻きから避難するためだったのか、担当の私が妙に醒めているので気を使ってくれていたのか、それはわからない。別にイヤではないので、私も普通に世間話をしたりして……。ほんわりと流れる時間はなかなか居心地が良かった。
 もう少しで短期講座が終わるという頃、せっかく友達になれたのだから記念に何かプレゼントでも贈ろうかと思い、近くの百貨店に行った。色々な雑貨をぷらぷらと見て回っていたが、ふと足が止まった。それはアクリルケースに入った小さな手回しのオルゴールだった。金色のプレートには「Try to remember」と書かれている。ハンドルを回すと、素朴なでもきらきら光るような音色があの優しいメロディーを奏でた。
 これにしよう。確か故郷に帰るのだと言っていた。もう二度と会う事はないだろう。もし渡せなくても好きな曲だから私が手元に置いておけばいいや……。
 
 最後のレッスンが終わった。人気者の彼の周りにはあっと言う間に女の子達が群がって、私が声をかけるような余地は全くなかった。連絡先を聞かれたり、電話番号を渡されたり、大変なモテっぷりだ。臨時講師が生徒とプライベートな付き合いなんぞ掟破りに違いないが、帰国するという話なので皆遠慮がない。帰り支度をしながらしばらく様子を見ていたが、彼は女の子達に押し出されるようにして教室から出て行った。部屋から出る時、一瞬視線が合ったが手を振る間もなかった。

 ……オルゴールは私の物になりそうだな。

 私はプラプラと一人帰路についた。ほとんど生徒のいなくなった帰り道。いつもの高架下の道をのんびり歩く。夏の夕方。少し傾いたお日様は少しずつ金色に変わっていく。ビルの隙間から斜めに差し込む光の眩しいような、名残惜しいような。夏休みももう終わり。こうして静かに季節は変わり、人は去る……。
 
 ふと足が止まった。少し離れた横断歩道のところに彼が立っている。私の姿を見つけると、大きく手を振った。

 ……なんでいるの? 帰ったんじゃなかったの?

 私は目をパチパチしながら近づく。取り巻き達の姿は一人もなかった。これはどう見ても私を待っていてくれたという展開……かもしれない。うぬぼれでなければ……。 
 
 急ぐこともなく歩いていく私と、急かすこともなくニコニコしながら待っている彼。

 ようやく彼の前に立つ。さて、何を言えばいいのやら。気の効いた言葉など、それも英語でなんか一言も思いつかなかった。
 教科書に載っているようなつまらない言葉で短期講座のお礼を言う。彼もまたテキストの例文のようにありきたりな会話で返してくれる。まるでラウンジでコーヒーを飲みながら交わす会話のような、なんとも他愛の無いやりとり。これがきっと最後の会話になるのだけれど……。

 私はオルゴールを出して彼に差し出した。彼は顔を赤らめながら受け取ってくれた。そしてハンドルを回してキラキラ光るメロディーに耳を傾けた。
「……知ってる? この曲」
「もちろん」
 柔らかい微笑を浮かべながら、何度も何度もハンドルを回す。
 そして私達はお別れの握手をした。

Try to remember the kind of September  
 When life was slow and oh so mellow  
Try to remember the kind of September  
 When grass was green and grain was yellow  
Try to remember the kind of September  
 When you were a young and callow fellow  
Try to remember and if you remember  
 Then follow, follow, follow…  

 想い出はそれで終わり。
 連絡先の交換もなにもしなかった。彼が今どこで何をしているのか、想像すらつかない。でもこの曲を聴く度に、あの夏の一瞬の風景が甦ってくる。二十年以上経った今も、色褪せることなく、きらきらと、優しく、柔らかに。そして、そう、きっとこれからも……。
 



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2 コメント

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Unknown (太陽)
2010-04-25 14:10:07
久し振りに散歩によって見ました。
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Unknown (ちえぞー)
2010-05-03 11:15:07
>太陽さま
ようこそいらっしゃいました~。
久しぶりと言わず、ちょいちょいお立ち寄りくださいね。

一週間に十日来い♪
(古いってば)
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