彦中三八ブログ 

彦島中学校を昭和38年3月に卒業した同期生のためのブログ。 掲示板「彦中昭和38年卒同期会」にもお立ち寄りください。

門司港

2013年09月24日 23時36分29秒 | 下関近在のスポット
今頃、なんなんですが、

火の山の山頂展望台でガラポンでピンズを買い、
3回とも北九州版だったのは、このまえ書いたとおりですが、
記事を書くとき、3個のうち一個が見当たりませんでした。

下関版でなかったこともあって、いい加減に扱っていたのか、
どこかで落としてしまったのだろうと思い、
手元に残っていたスペースワールドと
ショルダバッグに取り付けた門司港駅を紹介したのです。

それが、残りの一個が車のトランクの隅っこからひょっこり現れたんです。
それは、
「~金波銀波の波を超え~」とその部分しか耳に残っていない
バナナの叩き売りのピンズでした。


でも、このピンズ、見失ってから妙に気になっていたのです。
幼い頃、「お出かけ」と言えば門司港だったのが影響しているのかもしれません。

幾度か書いた、いつ出たとも分からず、気づいたら門司港近く、
それほど静かに航行する連絡船が忘れられません。

見つけたバナナの叩き売りのピンズに触発されて、
親父の残した古いアルバムをさぐっていたら、
セピア色になった写真がありました。

下関駅の国鉄桟橋から門司港に向けて出航していく連絡船です。

もう一度、あの静かな船に乗ってみたいなあ、と思います。
初代下関大丸の食堂入口にあったガラスの衝立
その絵柄にもたしか国鉄連絡船が描かれていた・・。
それも出航していく後姿。
あのガラスの衝立も、どこかに残っているのだったら、
もう一度眺めてみたいものです。
誰か知っている人、いませんかねえ。

連絡船と言えば、このような船も関門海峡を航行してましたね。

外輪船というのが幼心に興味深く、
いつか乗ってみたいと思っていたのに
いつの間にか消えてしまいました。
どこからどこへ航行していたのでしょう。


by W
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九重の大吊橋

2013年04月18日 13時43分42秒 | 下関近在のスポット

半月前になるけど、九重の大吊橋を見てきました。
駐車場はがらがらで、僕達が一番乗りでした。

前日、中津城や宇佐八幡宮を観光して、久住にあるトライアルの宿泊施設に
泊まったのです。そこはメッチャ安くって、なおかつ新しい設備なんで、快適でした。

ただね、予約申し込みがぎりぎりだったせいだと思うのだけど、食堂が混雑するので、
朝食は9時半にしてほしいって言われてね。

冗談じゃない。おいら達年寄りは寝覚めは早いのだ。9時半まで待っておれないので、
朝食は断り、早めに出て土産物屋の食堂でアサメシ食おうぜとなっていたわけ。

ところが、ここは久住高原! 朝、食べさせてくれるお店なんか、一軒もなかったね。
やむなく、アサメシは後にすっかってことで、早めの到着になったわけです。

この日は4月1日だったけど、年寄りウソつかないある。


駐車場の端からだけど、


ほんとの本当、大吊橋でしょう。


僕達は一番乗りだったんだけど、


後からポチポチと渡りだした他の観光客に先を越されます。

何故かっていうと、僕らはこんな施設見たら、にわか技師、にわか設計士、
にわか工学博士になるんだなー。

写真を撮りまくりで皆に抜かれるのです。


これなんか、主塔にではなくワイヤーロープを写しています。


お、主塔だ。


主塔のテッペンはこんな形なんだ。


横揺れ防止のワイヤーも


しっかり張っとるなー。
それで横揺れが少なく、吊橋らしい面白さがもう一つなんだな。

やはり吊橋ってのは、「キャッー!」とか「コワっー!」とかいう悲鳴が聞こえた方が、
吊橋らしっくて、いいよなと思ったりしました。


留め金具はこんな形状なんだ。


主塔のアンカーは


やっぱ、頑丈に作ってるな。

とまあ、にわか工学博士達は風景と共に、こういう所を写しまくるんだから、
他の観光客に抜かれていくわけです。


僕ら、橋の向こう岸に渡っても、


良いアングルを求めて歩き回りました。


「おい、おい、立入禁止と書いとるやないか! あかんぞ」と、お利口な僕は
注意させていただきました。


注意した僕は彼らより更に侵入して、写真を撮らさせていただきました。
先を越されたら、注意をよそおって出し抜くのが、チューボーの仁義なのです。


ちょっと変なのを発見。

この門扉は大雨や強風、崖崩れなんぞの時に通行止めにするためのもんでしょうけど、
分からないのが看板です。


「旧車會」 って、何!? この地方では有名な固有名詞なの?
 あるいは、新しい一般名詞なの? 

ま、知っている人は知っており、知らないジッチャン達は知らないってことなんでしょうね。


橋を見物後に食べた「夢ドッグ」です。
意外にまともな味でちょっと驚きました。食べかけの写真ですみません。


さらに、さらに食べかけ状態が露骨な写真ですみません。
野菜が多いのが良かったですね。

いやなに、数年前、飯田高原のレストランで食べた「夢バーガー」が、超ひどかった
代物だったんで、覚悟してたんですよね。

「おいしゅうございました」


久住高原はいいところです。
大自然に良質な建造物があると、かえって自然が引き立って、より素晴しくなることが
ありますよね。


帰りの駐車場です。二時間の間に結構うまっていました。
中国人の団体客も以前との比較は分かりませんが、まあ多かったですよ。
半日暴動って、いつの話しでしたっけ?

By K
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和布刈の山のパコダ

2012年12月12日 16時31分19秒 | 下関近在のスポット

和布刈の山の稜線にあるパコダは、私達の年代の者には懐かしい建物だと思います。
右の赤い矢印がパコダで、緑の矢印が旧国民宿舎です。
手前は壇ノ浦漁港です。

そんなに目立たない? 僕らが小学生の時は、国民宿舎も関門橋もめかりパーキングも
なかったんだよ。午後の光に反射するパコダは結構目立っていたのです。

北九州市民より、親しく感じる施設かもしれません。
下関からはいつでも見えるんだけど、北九州からは門司港付近の人々にしか
目に入らないですもんね。


右下の建物は「めかりパーキング」です。
この写真は少し関門橋側に移動して撮っています。


小学生の時、遠足で訪ねたような記憶があるのですが、定かではありません。
ま、とにかく小学生の頃にパコダの中に入った記憶はあります。

以下は今年のまだ梅雨になっていなかった6月の初旬、N君と愚息の三人でそのパコダを訪ねた
時の報告です。


辿りついてみれば、昼間なのに門が閉ざされていました。


「世界平和パコダ」ってのが、正式名称みたいです。
「上座部佛教」は小乗仏教のことだそうです。「小乗」という言葉は「大乗」側から
名付けられた名称のようです。


ビルマがミャンマーとなったのは、何年前だったかなー。


いつの間にかこのパコダは閉鎖されていたんですね。


さてさて、五十数年ぶりに見上げるパコダでございます。



管理する人々がいなくなっても、二匹の狛犬が玄関の両脇を固めていました。


左側の側面に回りますと、お釈迦様が寝てはりました。


時は初夏、僕ら以外はだーれもいない、草むす中で


お釈迦様がゆったーりと昼寝してはるのです。


凛とした静寂も好きですが、ゆったりした静寂もいいものだと思いました。



さらに左回りに進みますと、何のために作られたものかは分かりませんが、面白い造形物が飾られていました。


この造形も日本のものとはまた違い、


妙な迫力を感じますよね。


玄関です。やはり閉ざされていました。


小学生の時は中に入り、薄暗い堂内の陳列物を見物した記憶があるのですが、何が飾られていたかは、
さっぱり覚えていません。なんとか中が写らないものかと、カメラを向けてみましたが、
写っていたのは、ドジな撮影者自身でございました。


立派な鐘もありましたが、これは「ビルマ」の鐘ではないように思いました。



年を取ると石碑の文章を読む根気が続きません。ご興味がある方はご精読くださいませ。

by K
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下関から見た和布刈の展望台

2012年04月22日 00時01分00秒 | 下関近在のスポット

唐戸に行った時、ふと気になって和布刈の山を見ました。


何がっていうと、展望台です。
注意して見るとちゃんと下関からも見えるんですね。
めかりのパーキングのすぐ上に、壁画が見えるのです。
下関から見ると、土砂崩落防止のコンクリート壁のようにしか見えませんので、
今までは意識されることはなかったのです。


見えているのに見てないのです。
あら、山腹には桜も残っていますな。


望遠で寄ってみますと、こんな感じです。展望台も清水の舞台みたいな感じなんですね。

見えているのに見ていないもの、アチキの浅はかな人生の道には、
たくさん置いてきているんだと思います。
ま、今更悔いてもせんないので、前を向いて歩きましょうか。

by K
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和布刈山ドライブウエーの展望台

2012年04月10日 16時00分00秒 | 下関近在のスポット

和布刈の山を車で下る途中に、タイルに描かれた大きな壁画がありました。
源平の戦いを描いているのだそうです。
そしてここに関門海峡が楽しめる展望台があります。


和布刈(めかり)の山のドライブウエーは、一方通行になっています。
山道の一方通行はいいもんですね。対向車に神経を使わなくて済むのは
快適です。
地図では青い線を書き入れた道が下りです。そして展望台は③の所にあります。


この展望台がいいのです。


何のストレスもなく関門海峡を一望できるのです。


広い展望スペースが三箇所、設けられていました。


門司港の街並みもきれいです。
なんだ! 門司港レトロハイマートの展望室に上がらなくても、ここの方が
もっと素晴しい光景を楽しむことができるではないか、と思いましたね。


彦島や下関もじっくり見られました。


僕達には当り前の風景なので、つい説明を怠りがちになりますが、下関を離れて
長い同期生には分かりにくいかもと思い、名前を入れてみました。
赤い線で囲まれた所が彦島です。


これにも同じく名称を入れてみました。


家に帰りまして、同期生数人に和布刈山(古城山)の山頂や、ドライブウエーの
展望所からの眺望が素晴しかったことを電話で伝えました。
5人ぐらいに電話しましたが、全員行ったことがないとの反応でした。

その時僕は思ったのです。ひょっとして関門の人々は景観オンチ、眺望オンチ
なのではないかと思ったのです。「このふと思ったこと」は次回に展開したいと
思います。

by K
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和布刈(めかり)の山頂

2012年04月10日 01時00分00秒 | 下関近在のスポット

僕らは①の所に車を置いて、徒歩で頂上②をめざしました。(緑の線です)
なに、歩いて10分くらいの距離なんです。


道もNTTさんのアンテナ工事のおかげだと思うのですが、舗装されていて楽勝です。


門司城跡ということですが、礎石等の痕跡は一切なしで、この石碑だけが、
かっての世界を教えてくれます。


頂上間近には、ありゃー、彦島老の山の麓で育ったオイラ達にはたまらない
「防空壕」がありました。


すげー、すげー! 中にデジカメ突っこんでストロボ撮影できるよ。
老の山の「防空壕」と同じ構造じゃないか。ここも「下関要塞」の環の一部だったんだ。


この道の向こうにも要塞の史跡がありそうだったけど、老の山の麓育ちでない
ツレもいたしね、ちょっと遠慮しました。
近い将来に「麓育ち」だけでツレもって来て、傍目には地味だけど、僕ら本人達は
熱狂する探検を決行したいもんだ。


頂上には、このちょっと訳の分からん句碑や、


砲台?跡がありました。


そして何よりも眼下に関門橋や、


おう、おう、我らが下関、我らの関門海峡の素晴しき眺望が得られるのです。


こんな素晴しい所なのに、僕ら以外は小倉から来た学生のこのアベック(フランス語
の凋落激しく、今はカップルの方が古くないそうだ)のみでした。

by K
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僕が踏んだ街 博多

2012年03月13日 07時20分33秒 | 下関近在のスポット

僕が元気良く下を向いて歩いていると、並木の根元を保護する鉄格子みたいなのが
あるよね、それが目に止まったんだ。


それになにやらレリーフらしきもん発見。


博多の祇園山笠をモチーフにしているみたい。


ね。


結構いいよね。


こういう「男気」みたいなのを好むのは、お江戸と似ているよね。


同じ祇園祭りでも京都とはえれー違いだよね。
京都の町中のお祭りは、大体しゃなり、しゃなりで女性が好む祭りが
多いのです。ちょっと勇壮なのは郊外の鞍馬の火祭りぐらいかな。


さらに引き続き元気良く下を向いて歩いていたら、このマンホールを発見。
抽象的なデザインのマンホールは、アタシャ初めて見ましたよ。

これ何なんでしょう? 誰がデザインしたの? ピカソとか岡本太郎とか
ではまさかないよね? 「?」の連発がゲイジツの冒涜になるのかな?
おっと!これにも「?」がついちゃった。


しばらく歩いて、別の場所でマンホールを再度撮影。
だってね、どっちが上か下かが心配になってね、90度ずらしたのを
念のため撮っておこうと思ったのです。


家に帰って調べてみますと、初めに撮った三角が逆三角形に見える形が
正式な上下みたいですよ。ちょっとピカサで傾き調整しました。
なんでも街並みと鳥とヨットが抽象化されているんだとー。

言われてみると、鳥はそれらしきもんが見えるよね、不思議。


消火栓の蓋は形状こそ下関のとは違って、長方形ではなく円形になって
いますが、はしご車のデザインが変わらないので、既成のもんだと思い、
一応撮ってはいましたが、載せるつもりはありませんでした。

ですが、右上の丸いマークが福岡市特有のもんだと書いてありましたので、
ま、一応、いるであろう全国のマンホールファンのために載せますね。


※題名の「僕か踏んだ街・・」は、中島らもさんが確か「僕が踏んだ街と
 踏まれた街」のような題名で、エッセイを書いていたのを、思い出したので
 つけてみました。
 彼は灘高から大阪芸術大学に行った変り種なんですが、それゆえに既成の
 価値観から外れた視点を、提出してくれて面白いと思い、読んでいたのです。
 
 しかし、あたしゃ本来は受験頭がいいんだって文章が、意外にも多かった
 ですね。そういう所をしっかり押さえていなかったので、アル中になったの
 かもしれません。中島らもさんはこの世という街に踏まれていたのでしょうね。

 博多を意識して訪ねたのは、今回が初めてです。しばらくは表面的に
 こっちが「踏ませて」いただきますが、やがて馴染み、懐に抱かれるように
 なると、こっちがいつのまにか「踏まれて」いるのでしょう。

by K
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美しき門司港

2012年02月07日 18時23分37秒 | 下関近在のスポット
街の比較って、いろんな項目次第で何とも言えないのだけど、こと美しさに
限定すれば、対岸の唐戸の街より門司港の方が断然美しいと思います。


絵葉書に切り取れそうな風景が、どこにでもあるのです。


これはあのアインシュタイン博士夫妻がお泊まりあそばしたことがある
「旧三井倶楽部」を側面から写しています。


旧大阪商船ビルも美しい建物ですが、


このビルは周辺のビルとのアンサンブルにおいて、ビル本来の魅力を
表現するのが、上手なんだと思います。


この角度からなら、左の緑色の字で書かれた看板を無視すれば、ベルギーか
ドイツの都市そのものって写真になっています。
真ん中正面が「門司港ホテル」です。


でも、ここは否応なく日本なのです。門司港ホテルから和服姿三人衆が
出てこられて、車を待っておられるようです。


高僧とお世話されるおつきのお坊さんと、在家の方のお三人のようです。
お三方それぞれの和服姿、それぞれに素敵ですね。

by K
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山口ニュージーランド村

2012年01月28日 05時35分06秒 | 下関近在のスポット
車の中で「ニュージーランド村」の話が出ました。僕が下関に戻ってくる
前の「山口県」のお話なので、私は話に参加せずに拝聴するばかりで
ございましたが、聞けばこの近くにあったんだと言います。

ならば、ワタクシメのワガママ全開でございます。
「ニュージーランド村、見てみたいなあ」「イッペン、どんなとこやったんか
見てみたかったんや」等々の言葉を連発して、ついには連れていってもらいました。


結構看板なんかは、くすんでいないのです。


結構、ま新しいのです。


それにさー、この駐車場の広さ! ドド、ドーンと広いのです。


こんな広い駐車場で、車一台停まっていない光景に、不肖ワタクシ63才の
生涯にて初めて出会いましたござるよ。
現代の「わび、さび」は古池や荒城なんかにはなくって、こういう所に
あるのかもしれない・・・っすね。

”廃園や企業家たちの夢の跡 ”


建物の色もまだ全然褪(あ)せていません。


朽ち落ちた枯れ枝を片づけ枯れ枝を抜けば、いつでも再開できますよって感じです。


「しばらく」って言ったってさ、いつまで待たせるのさ? 「しばらく」の
スパンはどのくらいの期間を言っているのかい?と、質問したくなりました。


入口の前に西洋風の「床几」がありましたのでその上に乗り、カメラを高く
かかげ、園内の写真を撮りました。
ま、臨場感ってやつで、あえて「傾き調整」をしない写真を掲載します。
「ニュージーランド村」が健在な頃に来園したことのある人へ。懐かしい光景が
写っていますか?

ここで、エヘン 一句です。

”枯草や少年少女たちの夢の跡 ”

どう? そう、ダメ? だろうね、ごめんね。


平成17年っていうと、私は下関に戻って、もう一年近く経っている頃です。
私の戻ってくる前に廃園していたと勘違いしていたようです。
廃園はニュースで伝えられているはずなんですが、その頃はまだ、山口県
関連のニュースが咀嚼できなかったのでしょうね。全く記憶がありません。

当り前のことですが、「支配人、従業員一同」は今はいません。告知の紙は
当時を固定しますが、今の「支配人、従業員一同」は千々ばらばらになりながらも
たくましく生きている・・・はずです。

by K
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北九州市ぶらぶら(逍遥)

2011年12月24日 02時51分51秒 | 下関近在のスポット

小倉駅のホームには立ち食いラーメン処があります。もちろん立ち食いうどんの
所もあんのだけど、ラーメンの方もあんだ。
これっていいよね。軽ーく小腹が空いた時はうどんで、深ーく小腹が空いた時は
ラーメンっていう具合に選択肢が拡がるってこと、いいよね!

残した汁をのぞき込んで確認すると、豚骨スープだった。さすが、九州だよね。


ラーメン420円ってのが素晴しいね。後は味がどうだか知りたいだけだよね。
食べたことある人、おせーて!


若松駅から撮った若戸大橋です。昔は橋がもっとむき出しだったよね。


ボーッとしている内に、目的地の黒崎駅に着いちゃったよ。
下関駅から小倉駅までが270円で、下関駅から黒崎駅までが540円。
帰りに黒崎駅から小倉駅まで乗ったら270円だった。これってベラボーだよね。

関東や関西では私鉄と競合が激しい区間は、特別割引が行われているんだけど、
こっちはそんなことしてないみたい。
下関駅から黒崎駅までの適正料金は370円ぐらいが、妥当だよね。


黒崎駅はいい感じの駅でした。僕にとっては納まりのいい駅って感じでした。


下関駅における「人工地盤」が黒崎駅では改修工事中でした。
こっちでは「人工地盤」のことを「デッキ」と呼んでいるようです。意図が
もろに透けて見える「人工地盤」より、「デッキ」の方がまだ増しかもと
思いましたが、似たようなネーミングなのかもしれません。


黒崎の町には「フォルクス」がありまして、僕は思わず懐かしくって、誰も
聞いていないのに「ヒュー、ヒュー」と口笛を吹いていました。
帰って調べてみますと、中国地方には一店も進出していないのですね。
懐かしいはずです。


こうして、ある一日の僕の北九州逍遥は終わったのですが、結果報告をば、
最後に。
黒崎まで行ったのは黒崎にある高山質店に、フルートは置いていないか捜しに
行ったためでした。
「YAMAHA YFL-221」を26,800円でゲットしました。
いい買物だったかどうかは、競合店がないので確認しようがありません。

いい音が出るかどうかは、地球激突事件の後遺症が去ってから、確認できると
思います。

by K
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道元坊主三人小倉道中記 Ⅴ 風変わりビルのコラボ

2011年11月17日 04時55分48秒 | 下関近在のスポット
常磐橋からNHK北九州が入っているビルとゼンリンが入っているビルが
見えました。


左が北九州市の市役所で真ん中がNHK、右のノッポの黒いビルがゼンリン
です。


「アールのついたビルは、そんなに珍しいもんでもないけどねー」
「縦にアールのついたビルと横にアールがついたビルが隣接しとるってのは、
 相当珍しいよなー」


「おい、おい、よう見たらビルどうし、各階つないどるぞ」
「本当やねー、NHKのビルのアールに無理矢理合わせとるねー」
と、まあ、僕らはビルとビルとの偶然のコラボが珍しいと思ったのですが、
んな、ことはないよねー。

家に帰って、そりゃー偶然すぎる、ありえねーと思い、調べてみると、
NHKの入っているビルからゼンリンが入っている黒いビルと、そのまた右隣の
どでかい黄色いビルまでが、「リバーウォーク北九州」という一つの施設として、
設計されていました。

設計コンペで採用された先進的な設計なんでしょうね。僕ら年寄りには、各棟の
デザインや色合いに統一感が感じられないので、「風変わりなビルの偶然の隣接」
を「発見」して驚いていたという顛末でございました。

どでかい黄色いビルの方には、いろんなテナントや施設が入っていて、
面白そうです。次回の探索の時にはぜひとも寄ってみたいと思っております。


NHK北九州なんですが、


最近のNHKさん、大きめの地方局には、結構全国区の馴染みのある
キャスターを置くんですよね。ここの後藤理さんもそうだし、NHK福岡の
野村正育さんも全国区でよく見ていた人ですよね。


「ゼンリン」のビルの道路の向いにあった建物です。僕ら信号を渡った後に
見つけたもんで、「後で」また寄ろうと思いながら、結局寄れなかった建物です。
帰って調べると旧小倉県の県庁だった所だそうです。
ここも次回の探索の折には寄ってみたい所です。

北九州と博多は言葉も文化も「県民性」も違うのに、どうして無理矢理くっつけた
のでしょうね。僕は昔の豊前藩を一括りにした「県」の方が良かったのにと思って
います。

<続く> by K
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道元坊主三人小倉道中記 Ⅳ 小倉北区常磐橋

2011年11月16日 05時32分41秒 | 下関近在のスポット

「水素エネルギー展」見物が短時間ですんだもんで、小倉城でも行こうか
ということになりました。右上の緑の丸から中央部の「常磐橋」の所まで
きて、ちょっと道草です。


今時珍しい木製の橋だったからです。


昔からの由緒ある橋のようです。「引島を望む景」の「引島」は彦島のことです。
日焼けで色あせて、肝心の彦島が見えません。


で、インターネットで同じ絵を捜してきました。昔はここ常磐橋から彦島が
見えていたのですね。
もっと詳しく見たい方は下のURLをクリックしてください。
http://www.lib.pref.fukuoka.jp/hp/gallery/nippon/nippon1-index1.html
99番から106番までが下関関連の絵図です。


またこの常磐橋は伊能忠敬が九州を測量した時の起点でもあるそうなんです。


ね。


へえー、なるほどって思いました。


また、ここには明治時代から「広告塔」がありまして、


森鴎外の小説にも出てくるそうですよ。森鴎外は軍医時代に小倉に赴任
していたことがありますからね。


昔の広告塔が写っている写真です。


今とはずいぶんの様変わりです。
ここまでは常磐橋の東詰めです。


西詰めに行きますと、常磐橋の西詰めが長崎街道の起点だったと
書いていました。


「長崎街道」って名前を初めて聞きましたので、「へー! 勉強になります」
としか応えようがありません。


図の左上のどれかが「引島(彦島)」なのかもしれませんね。


吉宗の時代に、この橋を象が渡ったそうです。色々あって面白いですね。


橋一つで色々な由緒や説明がてんこ盛りで、飽きない橋でした。

<続く> by K
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道元坊主三人小倉道中記 Ⅲ

2011年11月15日 04時01分21秒 | 下関近在のスポット
さて、さてです。初めの目的の「水素エネルギー展」なんですが、


開場時刻から10分も過ぎないうちに入場したもんだから、会場は閑にして
散なんです。


ワタシラは完全にヒヤカシなんで、どうしたもんだか、ちょっと躊躇。
だってね、入場者よりスタッフの方が多いのです。それぞれのスタッフは
なるべく商談に持ち込みたい、共同開発のパートナーになってもらいたいと、
各ブースで手ぐすね引いているのです。


どういう風に会場を回ろうかと、思案しているところをY君に撮られていました。
それに研究・開発が進み、深化すると、素人の五感までにも迫る展示があるもの
なんですが、今回はそれらしきものがないみたいなんですよね。


仕方ないので、「水素自動車」の試乗を申し込みました。


僕ら、トヨタの「水素自動車」に乗せてもらったんですが、「水素」って
言っても、水素で電気を作り、バッテリーに蓄電してモーターで動くわけだから、
結局は「電気自動車」に乗っているだけなんだと思いまして、感激ももう一つ
だったのですが、よくよく考えてみると、電気自動車に乗ることも、初めて
でして、もっとじっくり味わっておくべきだったと後悔したのですが後の祭。
アホです。


他にホンダとマツダの車がありましたが、この日の試乗はトヨタだけでした。


水素で直接にロータリーエンジンを動かすこのマツダ車には乗ってみたかった
ですね。

<続く> by K
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道元坊主三人小倉道中記 Ⅱ

2011年11月13日 00時34分51秒 | 下関近在のスポット
他の二人と違って、僕は小倉駅の北口で降りるのは初めてでした。


目的はこの「水素エネルギー展」に行くためです。


おお、小倉は大都会だ! でかいビルがいっぱいです。


空中回廊みたいなのもあるし、機能している人工地盤もあるんだな。
「機能していない人工地盤なんてあるの?」なんて野暮な質問はよして
くださいよ。


この感じ、僕の知っている街では、新大阪を思い出したのですが、


すぐ先の埋立地は工場地帯ってのが、他の都市では見られない光景です。
川崎だって、工場地帯まで2~3キロはありますよね。


ま、ともかくワタシラは「動く歩道」に乗って、会場まで急いだのでした。
「動く歩道」って言葉、超久し振りに使いました。生きていない言葉
なんだろうね。

<続く> by K
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道元坊主三人小倉道中記

2011年11月12日 06時10分44秒 | 下関近在のスポット
「道元坊主」って言葉、よーく考えてみると、関西に住んでいた頃は
聞いたことがなかったよな。っていうことは方言か。でも、めっちゃ
マイナーって感じでもないので、西日本のある一定地域では通じる
方言かもしれない。

で、このまま使ってみることにします。ま、「やんちゃ坊主」とか
「いたずら小僧」ぐらいの意味なんですけどね。


下関駅の西口は、今改装工事の最中なんです。白いフェンスの内側には、
ちょっと前までメガネ屋さんがありました。


下関駅のコンコースです。
五年前ぐらいの大火事で、下関駅の三角屋根等が焼け落ち大変でしたが、
あれは東口の方で、西口から入ると昔とそんなに変っていません。


「名店街」も健在です。「名店街」の右二軒先までが、前の大火事で
被害を受けたと記憶しています。


改札口です。


駅のホームなんだけど、下関に久し振りに戻ってきた人は、気をつけて
くださいよ。懐かしい!と周辺を見回しながら電車から降りますと、
かなりの確率で捻挫してしまいますからね。
電車の床面とホームとの段差が20センチぐらいあるのです。

僕も最初の一年ぐらい、降りる度にずっこけていました。
昔から段差はたぶんあったんでしょうね。


ホームに上がった時、ちょうど「みすゞ潮騒号」が出発する時間でした。


客席が山陰の海を見られる方に向いています。


ワタシラは「普通」に乗って小倉駅まで行きます。
今、大和町を通過中です。林兼産業の工場のビルが見えます。
緑色のビルの方は、最近塗り替えたばかりです。
この地域の建物の色は、え!!?? どうして!?って色が、結構
ありますね。


関彦橋(かんげんきょう)です。


彦島に入りました。入った所は今、パチンコ屋さんができています。

<続く>  by K
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