日本の出版界には「中国崩壊物マーケット」なるものがあるそうだ。常に一定の売上が見込める安全な企画分野らしい。ネット上でも中国にとって好ましくないニュースにはコメントが殺到している。そのほとんどは経済と政治(共産党の統治)の問題を中心に扱っている。いずれも深刻な問題ばかりだ。これらを見れば、中国はとっくに崩壊していておかしくないのに、なかなかそうならないのはなぜだろうか? その理由をここでは中国人の行動分析から考えてみたい。
■上海では銀行の前に闇両替屋が待機
崩壊に対する有力な緩衝材として考えられるのは、統計外闇経済の存在である。2000年以降、中国から1兆ドル〜4兆ドルもの資産が海外に逃避しているという報道があった。本当ならこれだけで国家崩壊していてもおかしくないが、そうなっていないのはアウトフローだけでなく、インフローも存在しているからと考えられる。
中国の外貨管理はまじめに法に従うと厳しいため、例えば日本の中国進出中小企業なども、申告せず円貨を持ち込み、闇で両替して経費に充てるといったことを普通にやっていた。上海では銀行の前に闇両替屋が待機して、「レートは銀行よりいいよ」と営業に励んでいた。これで1兆ドルに達するとは到底思わないが、「違法に入ってくる分もたくさんあって出ていく一方ではない」ということである。
落馬(失脚)した最高幹部の不正蓄財は、徐才厚(元中央軍事委員会副主席)2兆円、郭伯雄(同)4兆円、周永康(前政治局常務委員)1兆9000万円、と伝えられた。
これらもみな統計外の資産に違いない。中国最大の富豪、大連万達集団の王健林会長の総資産が4兆5700億円(2015年5月発表)だから、それに匹敵している。苦労を重ねて事業で成功するよりはるかに蓄財効率が良い。汚職幹部の闇資産は一体いくらに及ぶのか、想像することすら困難だ。総計すれば1〜4兆ドル程度の流出でも、全く揺らぐことない固い岩盤のような規模に膨れているのではないだろうか。
■あるコックの通勤手段が徒歩から自転車、バイクになり……
中国人の政治権力との距離感は、日本人のそれとは大きく異なる。中国人にとって政治権力とは必要悪にすぎない。他人の権力も自らの地位も、利用するためにこそある。目的は自分と一族の社会的上昇である。権力者が誰かどうかには頓着しない。誰であろうと権力対策はかわらない。
重要なのは、上に忠誠さえ誓えば、下はその範囲で何をしてもかまわないという中国的自由を確保しておくことだ。現実に今はそれを享受できている。それに比べれば民主的自由などは非現実的な観念に過ぎない。そして個人レベルでも闇経済は活力にあふれている。
例えば、先の闇両替屋たちは、銀行支店にある紙幣計数機を自由に使わせてもらっていた。支店の警備員に黙認料が渡っていたのは疑いない。
また某日系工場長に聞いた、社員食堂のコックの話がある。その男は最初徒歩で通勤していたが、やがて自転車になり、次にオートバイになった。食材仕入れ業者からのリベートで購入したのである。これが車になる前にクビにしたのは賢明だった。中国駐在の日本人は誰でもこうしたエピソード集で1冊の本を書くことができる。
あらゆるところで大小さまざまな「個人事業」が行われている。こうした個人の裏帳簿も、チリが積もって山となっている。ここにもまた統計外資産の集積ができている。株式バブルの崩壊も「博打に負けた」「風水が悪かった」くらいの感覚でしかなく、立ち直りは非常に早かった。経済単位としての中国の個人はあらゆる意味で、すこぶる強靭なのだ。こうしたパワーも統計には反映されない。そしてこの種の稼ぎのない農民や出稼ぎ労働者たちだけが、そのまま貧困層に重なっている。
■民主化要求運動は一部インテリのサークル活動
日本のネット上に、「こんなに汚職、腐敗にまみれた政権が崩壊しないはずはない」という意見が出ていた。しかしこれは早トチリである。中国史では常態に過ぎないからだ。確かに「明」王朝が少数民族の満州「清」軍の攻撃にあっけなく崩壊し、兵員数やアメリカ製装備で圧倒的優位にあった国民党軍が、たった3年で共産党軍に敗退したのは、それらによる組織の劣化が原因に違いない。しかし現在は、当時のような新興の、合理性を備えたライバルが存在していない。
それに前述の2例をはじめとするこれまでの易姓革命(王朝交代)の時とは違い、現政権には広範な支持層が存在する。8779万人(2014年末)の共産党員とその家族、基幹国有企業の従業員とその家族、公務員年金受給者(人数非公表)、など膨大な既得権益受益層がいる。これほど多くの支持者に囲まれた状況は、過去の中国政権にはなかったはずである。
あとは貧困層の不満さえ買わなければ安泰だ。実際、習近平主席はこれに細心の注意を払っている様子がうかがえる。とても独裁政権の圧迫に苦しみ、地下深く広範に民主化マグマがたまり、今にも吹き出すような状況にはない。民主化要求運動は一部インテリのサークル活動にとどまっている。
以上の分析は、正直なところいずれも明確な根拠を欠き、情緒的なレベルにとどまっている。しかし中国のような「魔界」の分析は、どんな科学的、統計的手法を用いたところで、結局中途半端なものに終わらざるを得ない。何を見せても中国人たちは、彼らが日常会話で連発する「差不多」(だいたいそうだ。)と言って、笑いながら通り過ぎていくだけだろう。そして今日もまた中国は存在し続けている。(高野悠介、現地在住の貿易コンサルタント)
■上海では銀行の前に闇両替屋が待機
崩壊に対する有力な緩衝材として考えられるのは、統計外闇経済の存在である。2000年以降、中国から1兆ドル〜4兆ドルもの資産が海外に逃避しているという報道があった。本当ならこれだけで国家崩壊していてもおかしくないが、そうなっていないのはアウトフローだけでなく、インフローも存在しているからと考えられる。
中国の外貨管理はまじめに法に従うと厳しいため、例えば日本の中国進出中小企業なども、申告せず円貨を持ち込み、闇で両替して経費に充てるといったことを普通にやっていた。上海では銀行の前に闇両替屋が待機して、「レートは銀行よりいいよ」と営業に励んでいた。これで1兆ドルに達するとは到底思わないが、「違法に入ってくる分もたくさんあって出ていく一方ではない」ということである。
落馬(失脚)した最高幹部の不正蓄財は、徐才厚(元中央軍事委員会副主席)2兆円、郭伯雄(同)4兆円、周永康(前政治局常務委員)1兆9000万円、と伝えられた。
これらもみな統計外の資産に違いない。中国最大の富豪、大連万達集団の王健林会長の総資産が4兆5700億円(2015年5月発表)だから、それに匹敵している。苦労を重ねて事業で成功するよりはるかに蓄財効率が良い。汚職幹部の闇資産は一体いくらに及ぶのか、想像することすら困難だ。総計すれば1〜4兆ドル程度の流出でも、全く揺らぐことない固い岩盤のような規模に膨れているのではないだろうか。
■あるコックの通勤手段が徒歩から自転車、バイクになり……
中国人の政治権力との距離感は、日本人のそれとは大きく異なる。中国人にとって政治権力とは必要悪にすぎない。他人の権力も自らの地位も、利用するためにこそある。目的は自分と一族の社会的上昇である。権力者が誰かどうかには頓着しない。誰であろうと権力対策はかわらない。
重要なのは、上に忠誠さえ誓えば、下はその範囲で何をしてもかまわないという中国的自由を確保しておくことだ。現実に今はそれを享受できている。それに比べれば民主的自由などは非現実的な観念に過ぎない。そして個人レベルでも闇経済は活力にあふれている。
例えば、先の闇両替屋たちは、銀行支店にある紙幣計数機を自由に使わせてもらっていた。支店の警備員に黙認料が渡っていたのは疑いない。
また某日系工場長に聞いた、社員食堂のコックの話がある。その男は最初徒歩で通勤していたが、やがて自転車になり、次にオートバイになった。食材仕入れ業者からのリベートで購入したのである。これが車になる前にクビにしたのは賢明だった。中国駐在の日本人は誰でもこうしたエピソード集で1冊の本を書くことができる。
あらゆるところで大小さまざまな「個人事業」が行われている。こうした個人の裏帳簿も、チリが積もって山となっている。ここにもまた統計外資産の集積ができている。株式バブルの崩壊も「博打に負けた」「風水が悪かった」くらいの感覚でしかなく、立ち直りは非常に早かった。経済単位としての中国の個人はあらゆる意味で、すこぶる強靭なのだ。こうしたパワーも統計には反映されない。そしてこの種の稼ぎのない農民や出稼ぎ労働者たちだけが、そのまま貧困層に重なっている。
■民主化要求運動は一部インテリのサークル活動
日本のネット上に、「こんなに汚職、腐敗にまみれた政権が崩壊しないはずはない」という意見が出ていた。しかしこれは早トチリである。中国史では常態に過ぎないからだ。確かに「明」王朝が少数民族の満州「清」軍の攻撃にあっけなく崩壊し、兵員数やアメリカ製装備で圧倒的優位にあった国民党軍が、たった3年で共産党軍に敗退したのは、それらによる組織の劣化が原因に違いない。しかし現在は、当時のような新興の、合理性を備えたライバルが存在していない。
それに前述の2例をはじめとするこれまでの易姓革命(王朝交代)の時とは違い、現政権には広範な支持層が存在する。8779万人(2014年末)の共産党員とその家族、基幹国有企業の従業員とその家族、公務員年金受給者(人数非公表)、など膨大な既得権益受益層がいる。これほど多くの支持者に囲まれた状況は、過去の中国政権にはなかったはずである。
あとは貧困層の不満さえ買わなければ安泰だ。実際、習近平主席はこれに細心の注意を払っている様子がうかがえる。とても独裁政権の圧迫に苦しみ、地下深く広範に民主化マグマがたまり、今にも吹き出すような状況にはない。民主化要求運動は一部インテリのサークル活動にとどまっている。
以上の分析は、正直なところいずれも明確な根拠を欠き、情緒的なレベルにとどまっている。しかし中国のような「魔界」の分析は、どんな科学的、統計的手法を用いたところで、結局中途半端なものに終わらざるを得ない。何を見せても中国人たちは、彼らが日常会話で連発する「差不多」(だいたいそうだ。)と言って、笑いながら通り過ぎていくだけだろう。そして今日もまた中国は存在し続けている。(高野悠介、現地在住の貿易コンサルタント)