エンジニアリングを生業にしている会社において、良く言われることにノウハウやユーザーエンジニアリングの伝承というのがある。これまで長い時間をかけて培ってきた現場のノウハウや工場の建設の際に積み上げてきたエンジニアリング力というのは、我々が持っているリソースの中でも最も価値のあると良く言われる。
でも、具体的にノウハウやユーザーエンジニアリングって何だろうと考えると途端に良くわからなくなってしまう。時々、そういうノウハウを伝承するためのデータベースを作ったりするのだけれど、これまでの経験を文字にしたとたんに、手の隙間から砂が落ちるように、ノウハウとは程遠い無味乾燥な資料の山になってしまうこともしばしばである。
話は変わるが、最近工業デザインにおける製品の色についての講演を聞く機会があった。色なんて、それこそ機械的にRGBの指標か何かで決めれば一意的に決まると思ったのだが、実際はとんでもないのだという。製品の素材の質感やサイズ、その他いろいろなファクターによって、色の見え方というのは微妙に変わってしまうため、厳密にコードによって色を伝えることはできないのだという。色というのは、まさにノウハウというか感覚の世界なのだ。ただ、そういう色の世界で唯一言えることは色の相対的な違いだという話に興味を持った。例えば「この色よりもう少し青みを強くした色」とか「もう少し暖かみがある色」みたいな表現を数値化することはできるのだという。
もしかすると、エンジニアリングにおいても色の相対性と同じようなことが言えるのではないかと思った。つまり、普通は「どこそこにネジを締める」というような絶対的な情報が技術であると思われるのだが、むしろ普通の状態からの偏差に、より注目をすることがノウハウを理解するためには重要ではないかと思うのだ。通常の手順から何かの理由で異なった手順を踏んでしまったために発生した事故というのは、貴重なノウハウになるに違いない。そこには、通常の手順とそうでない手順の間に偏差と言える何かが存在する。手順の偏差、それは言い換えれば「経験」と呼んでもいいかもしれない。
今や皆がスマホを持って、朝から晩までインターネットにアクセスする。どんな事柄でも、ちょっとググれば、関連する情報が0.5秒で何万件も得られる。でも、そういう知識って多分大した役には立たない。わかったような気にはなるんだけど、それはある事柄を別の文字に置き換えただけで理解とは程遠い。なぜ理解したことにならないかと言えば、そういう知識には相対的な関係が含まれていないからとは言えないだろうか。知識と知識の相対的な関係が見えてきて初めてその知識は意味を持ってくるんじゃないかと思う。
エンジニアリングが対象とするような、対象のモデル化がそもそも難しくて、観測するパラメータも決まっておらず、パラメータの一部が不適切でも全体としては最適化するように解く問題はなかなか難しいかもしれませんね。
でも車ぐらいは普通に運転してくれるみたいなので、どこでブレークスルーがあるか判りませんが。