goo blog サービス終了のお知らせ 

ロサンゼルスで、着物暮らし

太陽燦燦のロサンゼルス近郊で接する和なあれこれ。
LAに帰って来ました。肌寒い日が続いています。

初釜に母と

2007年02月10日 | あわせ
夫と来米中の母と初釜へ参りました。雨の予報もなんのその、夜が明けてみると晴れ間も見えて、正午を過ぎると汗ばむほどの陽気。本当に良いお日和でした。
私の着物は刺繍が施された訪問着。袖丈が一尺五寸仕立てでしたので、背丈のない私は「あら中振り?」と言われてしまうほどの長さ。ほんの少し袖が長いだけで気持ちも華やかになるから不思議です。帯は母の娘時代のもので、紐や熨斗が結ばれた文様のもの。着物とほぼ同色のラメ入り帯揚は小厄除けもかねて鱗柄、帯締は夫からいただいた退紅(あらそめ)という色のものにしました。
母のほうは、私の色無地と袋帯に日本から持参の帯揚と帯締。この色無地も私が着ている訪問着も、K祖母から他の袋帯とともに大学卒業祝としていただいたものです。何故両方とも緑系を選んだのか、自分でも良く覚えていないのですが、いつかどこかで緑は私の生まれ年、紫は生まれ月の色だと読んだことがあり、信憑性はともかく妙に納得したことがありました。
これらの着物たちを選んだ時は、母と一緒にLAでの初釜の席に座るなんてこと想像もつきませんでした。不思議なものですね。

J祖母の象形文字小紋

2007年01月30日 | あわせ
国際交流会館での体験茶道を見学するということで小紋を着ました。壺やら動物やらヒエログリフのようなものが図案化された異国の香りがするもので、気に入っています。帯は織り名古屋。帯揚げは着物の地色に合わせて濃い緑、帯締は図らずも昨日と同じものが一番しっくりきたようでした。日本に帰ってきてから何やら足捌きが悪いと思っていたのは、初日に寒さでぶるぶる震えてからの対策で一枚余分に身に付けていた防寒具のせいだと分かりました。この二三日あんまりにも暑くなるので、一枚省略したら何と快適なこと。ようやく体が暖冬と分かったようです。着物は足をすっぽり包むのでちゃんと防寒してくれますね。
見学の前に会った友人と話して、日本でも着物離れが進んでいるのだなあ、と思いました。京都だからこそまだ着物姿で歩いている人を見かけるそうで、滋賀や大阪などでは着物を着ている人を見ると、すわ何事?と感じることもあるそうです。そういえば、先週の神戸への道中では、私以外に着物をお召しの方を見なかったような気がします。ネット上ではたくさんの方がお召しになって活躍されているので着物人口が増えてきたのかしら、と思っていましたが、そうでもないようですね(これについては後述します)。

しつけをとって初茶会へ

2007年01月28日 | あわせ
母が誂えてくれた付下げをおろしました。今回の一時帰国での楽しみの一つです。ぼかしの地に扇形の染め、そこに短冊や松や梅などの意匠がされています。帯は母の佐賀錦を借りました。牡丹と菊の柄をお太鼓に持ってきましたら、茶会の濃茶席のお花が立派な寒牡丹で嬉しい符合でした。この帯に決まるまでが一騒動だったのです。アメリカにいるときから佐賀錦がいいわ、と思っていたのですが、それまで時間がなく朝に合わせてみるとどうも意匠が気に入らず、夫とも相談して相良刺繍の帯を締めました。しかし、母に見せるとやはり佐賀錦がいいだろう、ということで締めなおし。結果的には佐賀錦で正解で、帯揚げは金彩加工のもの、帯締めも少し華やかな平組みにしました。取り合わせは楽しくもあり、難しくもあり。自分の今の感覚が京都の感覚とどの程度の乖離があるのか、良く分からないということも一因でしょうか。途中から非常に暑くなって、さっさと帰宅し気がつけば紐を解いてしまっていました。着姿は一枚もありませんので、sachikoさまに倣って置いて写真を撮りました。

京都の寒さ対策

2007年01月24日 | あわせ
昨日帰洛しました。思ったより寒くないとはいっても、やはり底冷えする京都。LAでは帯付でも何とか大丈夫ですが、そういうわけにはいかずコートにショールに手袋の重装備と相成りました。足袋も綿付のものにして、足元もかばいます。そうかと思うと、電車によっては暖房が効いてほてってくるし、体温調節はなかなか難しいものですね。
写真の撮影場所がどこか分かった方は、相当の京都通といえるでしょうか。
六日後の追記:あんまりにも寒いので書き忘れていました。コートもベルベットとレースのドイツ製ストールも母のものです。雨ゴートと思っていたコートはそうではないとのことでした。

初点式に付下で

2007年01月14日 | あわせ
炉開きに続き登場の付下げと帯。新年を寿ぐ初点式ということで小物だけは一段華やかに、金彩が施された帯揚と白地に金、薄い朱、薄い緑が組まれた帯締にしました。雰囲気が変わったような変わらないような?? もう一筋ぐらい合う帯を日本から運び込みたいところです。
福引には反物や帯締めなど着物関連のものも出ていたのですが、年女の運はここでは発揮できずじまいでした。写真は受付の手伝い中です。

ぽかぽかの初釜

2007年01月07日 | あわせ
冷え込みや強風も一息ついたお日和となりました。何と80F(約26.5℃)を突破しており、こんなに暖かい初釜は初めて。パサデナ仏教会のお茶室は、十四代淡々斎ご寄贈で「清風」というのだそうです。腰掛待合前の梅はつぼみもほころび、新年を寿いでいるようでした。
K祖母遺品の訪問着に松菱草花紋の袋帯、薄桃色と卵色のぼかしの帯揚と卵色の帯締で初春らしくなったでしょうか。夫からのプレゼントの帯締は初おろしです。ちゃんとした江戸組紐の品が、LAでも秘かに流通しているようです。母と色違いのみその袋もようやくこちらでの陽の目をみました。草履も少しよそ行き。
師との1枚は、茶室前にて撮っていただきました。

幼少時のお正月

2007年01月01日 | あわせ
ようやくこちらも年が明けまして、2007年元旦です。旧年中はありがとうございました。着物繋がりの新しいご縁にも恵まれ、嬉しい一年でした。今年もよろしくお願いいたします。
この写真は、子どもの頃、父の実家へ年始の挨拶のため行ったときの一枚です。四半世紀ほど前のことになるでしょうか、後年この家に移り住むことになるなんて、露ほども思っていませんでした。七五三の時と同じものを姉妹で取り替えて着ています。賑やかな源氏車の柄は着る者を晴れやかな気持ちにさせるのか、今度は私が破顔一笑し妹がすまし顔。きっと正月生まれの亡父が撮ってくれたのでしょうね。

クリパで舞妓ちゃん

2006年12月24日 | あわせ
かつて勤めていた会社では、日ごろお世話になっている取引先、仕入先、金融機関など関係各所をお招きして、クリスマスパーティ(通称クリパ)を行っていました。芸能人がディナーショーをするようなホテルのホールを借り切って、へそのある舞台をフル活用。仕事の後に精を出して練習したダンス、寸劇や合唱を見てもらい、全盛期には芸能人のゲストが舞台に立つということまであった華々しいころ、都をどりの真似事をしたときの写真がこの1枚です。隣はさくら子ちゃん!
勤務時間中に太秦映画村まで出かけて鬘合わせ、当日はホテルの控え室にヘアメイクと着付けの方が駆けつけて、仕上げてくださいました。格好だけは舞妓ちゃんのようでも、舞なんてしたことがなくビデオでともかく振り真似の練習だけした素人集団。お客さまがどうお感じになったかはともかくとして、こんな扮装はもう二度と出来ないでしょうから、いい記念になりました。笑うと白塗りにヒビが入りそうで怖かったのも良い思い出です。

豪邸でのパーティへ

2006年12月15日 | あわせ
豪邸でのホリディパーティに、着物を着ることを示唆したのは夫でした。彼の希望でこの小紋。案内状にはHoliday Casualとドレスコードがあったので、臙脂の帯に緑と赤、金の帯締で、色合いで沿うように考えました。着物からすると帯締は格があがってしまうのですが、片目をつぶってやり過ごしていただけますとありがたいです。
着物に興味を持ってお声がけてくださった男性は、夫人が着物のコレクター。帯は使わずにローブのようにお召しだそうです。300ほどあるコレクションを見せてあげるから一度遊びにいらっしゃい、と連絡先をくださいました。どんなものをお持ちなのかしら、今からワクワクです。

あの取り合わせで炉開きに

2006年12月07日 | あわせ
今日は楽しみにしていた炉開きに参加させていただきました。あのバーチャルオフ会用の取り合わせから、お祝いの気持ちを込めて帯揚を宝尽くし紋のものに変えて着用。他に変えたのは、帯締の方向です。塩月弥栄子さんの『きものの本』をぱらぱらめくっていましたら、「半分ずつの金と銀や、無地の濃淡の水引帯締は、水引の結び方と同様に金や濃い色が左に来るように結んでください」とあったので、それに準じて左に濃い色が来るようにしてみたというわけです。午後になると気温が上がって、肌襦袢だけは念のため薄物にしていたにも関わらず、少し汗ばむほどの陽気でした。袷を着ていた写真は炭付花月で花が当たったときのものです。