松本清張で成長?

2015-11-29 10:05:22 | 日記風

 www.prosveta.ch(出典)


 個人的見解なんですが、ずっとこう思っていました。


 書き手って自分の作品を矢も楯もたまらず書く。

 そして、書いて書いて書き続けて、あるとき、気づく。


 歴史という存在だ。


 もちろん、リサーチを普段からしている。雑学がある。

 だから本格的に歴史に触れることは割と率が高いと思います。


 そして気づくんです。


 歴史には個人の思想は適わない。

 そして個人の限界を悟る。


 私はここが、その書き手の1つの転機になると思っていました。


 そしてそのあとに来るのが、宗教なんです。


 歴史の良くも悪くも出来事を見ていくと、最後には宗教に行きつく。


 私の好きな作家たちもそうでした。

 だから、ここら辺はかなり確実な考えでした。


 でも、ここまで来てしまうと次に来るもの…ない。

 作家はそこが1つのあがりだと思っていました。


 作家はそこがどんづまり、そうとらえていたんですが…。


 ある日、松本清張作のドラマをCSで見ていて、目からうろこが落ちました。


 ドラマなので、清張さん本人がお書きになった台詞かどうかは判りません。

 でも、確実に脚本を書いた人間は書いている。





 なにも書くことがなくなったとき、その者は、そのとき、本物の作家になるんだ。




 目からうろこですよ。



 今まで思っていたことと真逆の考え方なんだもん。



 あがりじゃなくて、完成する。




 でも更に考えてみると、逆も真なりなんですよね。

 紙一重っていうか。



 書きたいと思うことと、作家というのは、別物なんです。

 成仏したっていうか。


 そこはもう段階が違うさの世界でした。


 あ…成仏できるのか。


 学ぶことなど、本当にたくさんあります。

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