西国巡礼で寺社へ名前等を彫ったり書いたりした木札を柱などの打ちつけるという風習が、紙製千社札貼りに先行していたそうです。初めは信仰心からだったのでしょうが、その後は、足跡残しといった感じでも行われたのでしょう。
千社目の 札へしこたま 糊をつけ
蜘(くも)の巣を とるかと思や 千社札
あまり上手ではないようですが、古い川柳に千社札がありました。
八坂神社(河和田町955-2)
多くは拝殿正面上方に貼られるようですが、ここでは、拝殿内部の天井にも貼られていました。この神社は以前は、牛頭天王(ごずてんのう)社といわれていたようで、内部に掲げられている神額には牛頭天王と書かれています。
善重寺(酒門町2096-2)
鐘楼の天井にも貼られていました。そう思って気をつけてみると、千社札はいろいろな所に貼られているようです。
塩崎観音堂(塩崎町1398-1)
廃寺になった観音寺の名残のお堂ですが、写真右中央には、板の千社札が3枚貼られています。
北葉山観音(水戸市老人福祉センター(千波町1678-1) 脇)
「為菩提追福(ぼだいついふくのために)」と上に、戒名が下に書かれた千社札がありました。「深小川」という千社札は、同一人物なのかどうかは分かりませんが、ネットで見ると全国的に見られるそうです。ここにも写真中央下に板の千社札があります。
鷲神社(千波町1945-1)
ここは同じグループだったのでしょうか、なぜか、きちっと整列して千社札が貼られていました。左方に、1枚に3名の名前が刷られた千社札も見えます。
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