ブログ「教育の広場」(第2マキペディア)

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教育の広場、第254号、なぜ北脇市長は変節したのか

2007年02月21日 | 政治関係
教育の広場、第254号、なぜ北脇市長は変節したのか

   お断り

 私は最近、浜松市長選に強く係わっています。出掛けていって何
かをするということはしていませんが、ネットで論陣を張っていま
す。立候補予定者のブログのコメントへの書き込みが主です。

 内容的には、一般的な意味のあるものもあるので、それをメルマ
ガにも転載しようと思います。

 浜松の事情に通じていない方には分かりにくい部分も少しはある
でしょうが、仕方ないでしょう。なお、「康友さん」というのは、
私の推している対立候補で鈴木康友氏のことです。かつて民主党の
代議士でした。(牧野 紀之)


  なぜ北脇市長は変節したのか

最近、康友応援団の1つである「新しいまち(政令都市浜松)を
つくる会」からその設立趣意書が送られてきました。

 そこに同封されていた或る文書には、北脇市長が民主党の国会議
員だった時の発言と市長になってからの行動との違いを示す証拠が
沢山書かれていました。

 これらはみな、事実だろうと思います。

 私は市長に沢山の質問や意見をして、返事をもらってきましたが
、その回答を見ましても誠意がなく、「市民への約束」が実行され
ているとはいえません。

 さて、市長の変節を事実として確認した我々はどう考え、どう行
動したらいいのでしょうか。

 最近とみに評判の高い畑村洋太郎さんの失敗学を実行することだ
と思います。それは、責任の追及の前にまず、「なぜ、どのように
して失敗が起きたのか」を究明するべきだというものです。

 そこで表題のテーマになります。これについて私見を出します。

 市というのはサービス業を営む1つの経営体だと思います。収入
源とか法的権限とかが普通の私企業とは違いますが、経済行為とし
て見ればこうなると思います。市長というのはその組織のトップで
す。

 すると、その組織は内部のあり方については合理化しなければな
りませんが、それは自己目的ではありません。市民により良いサー
ビスを提供しなければならないのです。これが政策です。

 そのためには想像力(創造力)がなければなりません。しかし、
北脇市長は新しいサービスなり、新しいやり方なりを考え出す知恵
とイマジネーションのない人だったのだと思います。小さい頃から
「学校秀才」ではあったようですが。

 そのため、その政策を幹部職員に丸投げすることになりました。
職員は長年の経験がありますから、これまでのやり方で、予算を使
い、見てくれはいいかもしれないけれど市民への実質的なメリット
はほとんどない「事業」を見つけてきて、市長に進言したのだと思
います。

 ハコモノを建てるのはその典型的な例ですが、今回誘致した「モ
ザイカルチャー」とかいうのもその1つでしょう。

 つまり、本当に市民のためになる事業を考え出す能力があるか無
いかの問題なのだと思います。換言するならば、北脇市長の変節
は、節操の問題である前に、何よりもまず、能力の問題だったので
す。

 浜松を元気で楽しい街にする政策を企画する能力の無い北脇さん
には、幹部職員の担ぐ御輿に乗るしか選択肢はなかったのです。

 こう考えますと、現下の康友応援団にも危惧の念を禁じえません
。なぜなら、「無駄を省く」ことしか言わないからです。康友さん
自身の「政策」も今のところ、立候補表明の時に述べた、「市長の
退職金の全廃」と「市長公舎の売却」の2つだけです。

 これらは当然の事ですが、内容的にはあくまでも「これまでの間
違いの尻拭い」であって、浜松を元気で楽しい街にする積極的な政
策とは言えません。

 一部には、この後者の政策も全部、康友さんに考え出してもらお
うと考えている人もいるようです。これには賛成できません。

 康友さんは北脇さんとは違うでしょうが、我々市民がどんどん建
設的な提案をしていかなければならないと思います。支持者にはそ
の権利も義務もあると思います。

 康友さんを第2の北脇にしないために我々はどうしたらいいか、
私見を述べました。


 追記

 少し前の朝日新聞でも、改革派の首長が長続きしないといった趣
旨のことを書いていました。青島都知事は論外としても、美濃部さ
んも田中康夫さんも物足りなかったと思います。

 その理由として、朝日新聞は、後継者がそれらの人の仕事を引き
継がなかったという点を挙げていたと思います。たしかにこれもあ
ると思います。

 「引き継ぐ」以前に、青島さんの場合は都市博の中止以外何も出
来ませんでした。田中康夫さんは政策では新しいものを出したと思
いますが、議会対策等が失敗でした。

 世の中を変えるのは本当に難しいものだと思います。