なすがままに

あくせく生きるのはもう沢山、何があってもゆっくり時の流れに身をまかせ、なすがままに生きよう。

若松・あの夜

2005-04-18 17:27:58 | 昭和
上の写真は昭和30年頃の若松渡し場である、市営バスの発着所があり、左上には渡船が見える。この当時の渡船の利用者は一日3万人にも上り終日賑わっていたという。現在の利用者は一日3千人、渡船は今でも毎日休む事なく運行されている。そして、渡し場の風景も殆ど当時のままである
 僕が小学校2年生の冬の日だった。その日は前日まで降り続いた雪もやんで朝からおだやかな天気に恵まれた。教室に入るとO君が駆け寄って来て「Tちゃん、高塔山で水晶が採れるちゃ、今日一緒に行かんね?」僕は二つ返事で「いいよ、学校が終わったら渡し場で待っとうけん」そして、僕とO君は渡船に乗って若松渡し場から高塔山をめざした。子供の足で30分位の距離である。高塔山に着いた僕達は「少年山師」のごとく赤土や小石を竹ベラで手当たりしだいに掘り返した。そして、ついに最初の一個目を見つけた、赤土の中から直径5ミリ程の水晶がキラリと顔をのぞかした。明らかにガラスとは違うその輝きに僕らは感嘆の声をあげて、次から次へと穴を掘っていた。暫くすると僕達のポケットには大小数十個の水晶が収められていた。そして、いつの間にか太陽も沈んで、辺りを夕闇が包もうとしている時間になっていた。冬の日が暮れるのは早い。時計など持つはずもない僕達は大慌てで下山した。山を下りた頃には街は闇になっていたが前日からの雪が残っている通りは月明かりもありそれほどの暗闇ではなかった。若松渡し場を目指している僕達はなかなか目的地にたどりつくことが出来ない。昼間と夜では街の光景が変わるのだ、若松の市街地は碁盤の目のように道路が作られそれが迷路になっている。僕達は道に迷ったのだ、不安と焦燥感にかられながらも迷路からの脱出を試みている時、背後で女の人の声がした。「僕達 どうしたの?どこに行くの?」振り向くとそれは綺麗な着物をまとった、色の白い、背の高い「きれいなお姉さん」だった。O君はすかさずお姉さんの前に歩みより言った「僕達は戸畑から来ました、高塔山から帰りに道にまよいました」直立不動で大きな声でしゃべるO君の声は緊張していた。そのお姉さんは「そうね、じゃ渡し場まで連れて行ってあげる、さあ、こっちよ」と僕とO君の手を左右の手で掴むとお姉さんはゆっくり歩きだした。僕もO君も緊張していた、お姉さんの化粧のいい香りは生まれて初めての香りだった、それに、お姉さんの柔らかでしっとりした手の温もりも初めての経験だった。僕はこの世のものとは思えぬ未知の世界から来た女の人のように思えた。渡し場までの道をどのように辿ったのか覚えていない。渡し場に着いて僕はお姉さんの顔を正面から見た、卵型の顔、目が大きく、形のいい唇、肌の色はどこまでも白くそして長い首は背をさらに高く見せていた。僕とO君は「ありがとうございました」と大きな声でお礼を言って戸畑行きの渡船に急いで飛び乗った。船に乗ってからも下りてからも僕もO君も無言だった。家に帰ったのはそんなに遅い時間ではなかった、父は夕食を食べながら晩酌をしていた、多分7時位だったと思う。僕は父と母にきれいなお姉さんに渡し場まで送ってもらったことを話した。すると、父が大きな声で「バカタレが!それはパンパンじゃ」。僕「パンパンちゃなんね?」両親はそれに答えず無言だった。僕はそれが夜の街で春を売る女性だと知ったのは中学生になってからの事だ。その夜の体験は8歳の僕に大人の女性を意識させた初めての経験だった。僕の理想の女性像の原点はあの夜の{きれいなお姉さん」だった。歳月が流れること数十年後、僕は「あの夜のきれいなお姉さん」を発見した。それは、竹久夢二の愛したモデルであり後に妻となる「お葉」だった。夢二の美人画のモデルは殆どが「お葉」である。細面の目鼻立ちのすっきりした顔に長い首。その「お葉」にあの日の「きれいなお姉さん」が重なってくる。昭和30年頃の若松渡し場の写真に少年時代の甘く切ない思いが蘇る、また、春を売らざるを得なかった、やさしい「きれいなお姉さん」のその後の人生を思った。あの日の夜の思い出は僕の幼年時の忘れられない想い出として「水晶」のようにキラリと輝いている。

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3 コメント

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ボンネットバス (洋子)
2005-04-19 09:21:13
写真のボンネットバス 懐かしいですね。車掌さんも乗っていてドアを開け閉めしてくれたり、思い出しますね。今日もしっかり昭和30年代にタイムスリップさせていただきました。
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プログ続いています (なすがままに)
2005-04-19 10:34:05
おかげ様でプログ連投中です。僕の昭和の思い出ネタまだまだあります。お楽しみに。
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映画のシーン (ぼくです)
2005-04-23 22:06:49
映画のシーンみたいな印象です、あの美しいお姉さんはその後幸せになったのでしょうかね、気になります。若松がどこなのか判りませんが写真を見るとロマンを感じます。
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