ネットでいろいろ検索していて、見つけました。
京都の「霊山護国神社」に「明暗寺徒素行の墓」があるそうです。
解説文を転載させていただきます。
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「太田六右衛門」の墓の近くにある「明暗寺徒素行墓」は、
「本多素行」のものである。
「本多素行(小太郎)」は、文政三年(1820)、膳所(ぜぜ)藩の出身。
天下を周遊するため自ら科(とが)を犯して永の暇を賜り、
京都の「明暗寺」に入って虚無僧となった。以後、但馬国
養父郡「明暗寺の出張所」に起居し、四方の志士と交わった。
文久三年(1863)の生野挙兵では、大和挙兵の破陣を受け、
自重を澤宜嘉に説いたが容れられず。僧形に扮して遁れたが、
福崎で姫路藩兵に捕らわれ、京都六角獄舎で斬られた。年四十五。
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そうなのだ。「虚無僧は幕府の隠密だった」などと、
まことしやかに語られ、信じられているが、幕末は
“勤皇の志士”の隠れ家でもあったのだ。
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お礼をしようと、7日夜名古屋駅へでかけましたが、会えず残念。
またお邪魔します。
竹の天蓋気に入っています。
あの八寸・六寸管との出会いは衝撃的でした。