現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

会津戦争、農民の怒り

2021-07-09 21:35:06 | 「八重の桜」

「福沢諭吉」が「立国は私」と論じたように、明治維新は被支配者層の反乱・革命ではなく、所詮「士族」の政権争い。農民にはえらい迷惑。



8月日21、22日、石筵の村々は 会津藩兵により焼かれた。
16集落453戸のうち母屋が159戸、ほかに土蔵、小屋、隠居屋など112棟。退却する時は敵に宿所や糧食を与えないように村々を焼き払うのが、戦の常套とはいえ、焼かれた方はたまったものではない。

一方、西軍も会津藩領にはいると、略奪分捕りの後に「愉悦的」な放火を繰り返した。

長州藩士「杉山素輔」は、「八月二十三日、猪苗代から十六橋にいたる間の村々を焼きながら進軍した」と書いている。この中には野口英世の生家もあった。

野口英世を扱った渡辺淳一原作の映画「遠き落日」は、冒頭、官軍の略奪に三田佳子演じる英世の母「しか」が逃げ惑うシーンではじまった。よくぞ描いてくれたと感激。



彼らは戦勝気分で 村々を愉しみながら焼いていったのであろう。
街道筋の村ばかりでなく、集落を見つけるごとにこれを焼き、街道からはどんどん離れ、山ぎわや田んぼの中の道を通ってようやく十六橋に着いたという話である。
 
こうした被害をこうむった恨みが 村人同士の争いとなっている。

会津藩兵に家を焼かれた「石筵の農民」8人が、その腹いせもあってか、西軍の道案内をして会津にはいった。そして、役目を終えて、意気揚々 村に帰る途中、猪苗代の村人に打ち殺されたという。猪苗代の農民は西軍によって家を焼かれていたからだ。



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