しげるの自遊学

自由に遊び、自由に学んで生涯現役。
ソプラノの森岡紘子さんを一人のファン
として応援しています。

東京砂漠

2005-08-17 19:51:17 | Weblog
 8月15日、終戦の日は特別な日でもあり、やはりその日の新聞は丹念に読みます。第二次世界大戦についての記事が圧倒的に多いのは当然ではありますが、読者が投稿する「声」(朝日新聞)に一寸気になる記事がありました。
(戦争とは関係のない話です)

 東京、小平市に住む方の投稿で「近所づきあい あり方も色々」とありました。
<奥さんの急病で救急車を呼んだが、隣人は表へ出てすぐ引っ込まれた。住んで3年になるが、近所づきあいはない。知っているのは前2軒と両隣だけ。もう少し親しくと思うが、なぜか気軽に話しにくいし、先方も接近されない。これが故郷ならみんなが「どうしたの?」と出てくる。東京では隣人関係が薄い分、煩わしさがない。これもかえっていいかなと妙に納得している。> そんな記事でした。
妙に納得していると第三者的にさめた云いかたではありますが、もう少し親しくしたいという気持ちが言外に現れているように感じました。

 近所づきあいをどうするかなど個人の問題ですから、これをとやかく云うつもりはありません。「もう少し親しくと思うが、なぜか気軽に話しにくい」とあります。私が思うに近所づきあいとか、友達をつくるなどというのは、本人がそのつもりで自分から行動を起こすとか努力しなければ、どうにもならない問題ではないでしょうか。

 私の家の前のご夫婦は20代後半か30代だと思うのですが、実に気持ちのいい方で、顔を合わさなくても、一寸姿が見えただけでも、「お早うございます」「今日は」と必ず挨拶されます。そんなご夫婦ですから、子供さん(4歳と2歳の女児)も大声で「お早うございます」と実に気持ちがいい。(3~4年前に越されて来た家族)

 私の住む街も、埼玉県ではありますが東京に近いわけで、いわば都会と云っていいと思うのですが、町内は実によくまとまっています。こんなケースは珍しいのでしょうね?住んでいると当たり前に感じているのですが・・・
住宅会社の分譲で出来た街(約120世帯)ですから、もともとは寄り合い所帯です。いまのように街ぐるみが親しく、そして連帯感のある街になったのは、それなりの理由があるようです。ここに人が移り住んでから約40年、一度歴史をまとめたい、そんな気持ちでいます。

 
 

真夏の悪夢

2005-08-17 07:33:47 | Weblog
 一番小さい孫(男の子)を二日間ほど預かる破目になってしまいました。上二人の孫はサッカーの合宿とかで親も一緒に行ってしまったのです。なにしろ、いたずら盛りですから、片時も目が放せず、私も妻も疲労困憊です。

 終戦の日は、いろいろ思うところあってブログに投稿しようなどと考えていたのですが、それどころではありませんでした。玩具にあきると、いよいよ私のパソコンで遊ぶようになってしまい、パソコンが完全に玩具になってしまいました。

 ペイントで絵を描かせれば、しばらくはなんとかやっていますが、そのうち自分勝手にいろいろやり始めます。「ツール・ボックス」「色パレット」も勝手に消したり、出したり、やりたい放題。どこをいじったのか、いつのまにやら「ユーザー・アカウント」の図柄も「サッカーボール」になってしまっている始末です。講習で使った「マウス練習ソフト」を思い出してやらせてみました。マウスの練習をゲームにした「もぐら叩き」があります。これマウスの練習にはいいです。初級にはすぐあきて、勝手に中級レベルに変えて遊んでいます。Game Over だとか Perfect などという言葉も覚えてしまいました。

 年齢差は70歳、70年のハンデといえば、マラソンでたとえれば、片方がスタート台に着いたとき、片方はもうゴール寸前ですから、えらいハンデです。そんなにハンデがついているのに、なにか後ろからヒタヒタ来ている様で空恐ろしい。真夏の悪夢です。