[角川ソフィア文庫 第四巻]薄雲~胡蝶
*** FL19薄雲~FL20朝顔 ***
FL19薄雲 冬になりゆくままに、・・・
冬になりゆくままに、川づらの住まひいとど心ぼそさ増さりて、うはの空なるここちのみしつつ明かし暮らすを、君も、(源氏)「なほかくてはえ過ぐさじ。
FL20朝顔 斎院は、・・・
斎院は、御服にており居給ひにきかし。
*** FL21乙女~FL22玉葛 ***
FL21乙女 年かはりて、・・・
年かはりて、宮の御はても過ぎぬれば、世の中色あらたまりて、ころもがへの程なども今めかしきを、まして祭の頃は、大方の空の気色ここちよげなるに、前斎院はつれづれとながめ給ふ。
FL22玉葛 年月隔たりぬれど、・・・
年月隔たりぬれど、あかざりし夕顔を、つゆ忘れ給はず。
*** FL23初音~FL24胡蝶 ***
FL23初音 年たちかへるあしたの空のけしき、・・・
年たちかへるあしたの空のけしき、名残りなく曇らぬうららけさには、数ならぬ垣根のうちだに、雪間の草若やかに色づきはじめ、いつしかとけしきだつ霞に、木の芽もうちけぶり、おのづから人の心ものびらかにぞ見ゆるかし。
FL24胡蝶 三月の二十日あまりの頃あひ、・・・
三月の二十日あまりの頃あひ、春の御前のありさま、常よりことにつくしてにほふ花の色、鳥の声、ほかの里にはまだふりぬにやと、めづらしう見え聞ゆ。
[角川ソフィア文庫 第五巻]蛍~藤裏葉
*** FL25蛍~FL26常夏 ***
FL25蛍 今はかく重々しき程に、・・・
今はかく重々しき程に、よろづのどかに思ししづめたる御有様なれば、頼み聞えさせ給へる人々、さまざまにつけて、皆思ふさまに定まり、ただよはしからで、あらまほしくて過ぐし給ふ。
FL26常夏 いとあつき日、・・・
いとあつき日、東の釣殿に出で給ひて涼み給ふ。
*** FL27篝火~FL28野分 ***
FL27篝火 この頃の世の人の言種に、・・・
この頃の世の人の言種に、「内の大殿の今姫君」と、事に触れつつ言ひ散らすを、大臣聞しめして、(源氏)「ともあれかくもあれ、人見るまじくて篭り居たらむ女子を、なほざりのかごとにても、さばかりに物めかし出でて、かく人に見せ言ひ伝へらるるこそ、心得ぬ事なれ。
FL28野分 中宮の御前に秋の花を植ゑさせ給へること、・・・
中宮の御前に秋の花を植ゑさせ給へること、常の年よりも見所多く、色種をつくして、由ある黒木赤木のませを結ひまぜつつ、同じき花の枝ざし姿、朝夕露の光も世の常ならず玉かと輝きて、造り渡せる野辺の色を見るに、はた春の山も忘られて、涼しう面白く、心もあくがるるやうなり。
*** FL29行幸~FL30藤袴 ***
FL29行幸 かく思し至らぬ事なく、・・・
かく思し至らぬ事なく、「いかでよからむ事は」と思しあつかひ給へど、「この音なしの滝こそ、うたていとほしく、南の上の御おしはかりごとにかなひて、軽々しかるべき御名なれ。
FL30藤袴 尚侍の御宮仕への事を、・・・
尚侍の御宮仕への事を、誰も誰もそそのかし給ふも、「いかならむ、親と思ひ聞ゆる人の御心だに、うちとくまじき世なりければ、ましてさやうの交じらひにつけて、心より外に便なき事もあらば、中宮も女御も、方々につけて心おき給はば、はしたなからむに、わが身はかくはかなき様にて、いづかたにも深く思ひとどめられ奉る程もなく、浅き覚えにて、ただならず思ひ言ひ、いかで人笑へなる様に見聞きなさむ、と、うけひ給ふ人々も多く、とかくにつけて、安からぬ事のみありぬべきを」、物思し知るまじき程にしあらねば、様々に思ほし乱れ、人知れずもの嘆かし。