蜘蛛網飛行日誌

夢中説夢。夢の中で夢を説く。夢が空で空が現実ならばただ現実の中で現実を語っているだけ。

二足のわらじ

2005年10月23日 10時44分07秒 | 言葉の世界
「二足草鞋」の意味を急に知りたくなって、調べてみた。もちろん漠然となら知っていた。「やくざがお上から十手持を預かること。本来両立しないはずの立場に就くこと」くらいの意味だと思っていたが、確認のため日本国語大辞典を引くと「にそく の 草鞋(わらじ) 同一人が両立しないような二種の職業を兼ねること。特に、ばくち打ちが捕吏を兼ねることをいう」(注1)と出ていた。今では「二種類の仕事を同時にこなす」といった積極的な意味に捉えている人もいるので困ったものだが、本来はよろしくない所為についての言いなのだ。
しかしわたしが知りたいのは、それではなぜ「ばくち打ちが捕吏を兼ねること」が「二足の草鞋」といわれるのかということ。大槻文彦の『大言海』にはそもそも「二足草鞋」という項目さえ立てられてはいない。これは少々意外だった。当時は一般的な言葉ではなかったということなのだろうか。そんなことはないと思う。それとも辞書に載せるのも憚られるほどにごく当たり前の言葉だったのか。そんな馬鹿な。
「二足の草鞋」を履くことがどうして「両立しないような二種の職業を兼ねること」になるのだろう。ここで二足の草鞋を履くということは、草鞋をはいている上にさらに草鞋をはくということではないと思う。あくまで二足の草鞋を今日はこちら明日はあちらといった具合に履くということだろう。とすればなぜ同じ草鞋を履き替えただけで「両立しないような二種の職業を兼ねること」になるかが問題となる。ここで注目しなくてはいけないのが、そもそも二足というからには同一種類の草鞋ではない、ということだ。草鞋を履く生活とはまったく縁の無いわたしたちは、草鞋はすべて同じものだという先入見を持っている。だから「二足草鞋」の意味を理解するのに困難が生じてしまうのだと思う。
そもそも草鞋といってもその構造から大きく五つに分類されるのだそうだ(注2)。(一)ごんず類、(ニ)ぞうりわらじ類、(三)無乳わらじ類、(四)有乳わらじ類、(五)馬わらじ類、がそれで、まず(一)ごんず類は福岡県大宰府の七五三用こども草履にその典型を見ることができる。(ニ)ぞうりわらじ類は「じょうりわらじ」「あしなかわらじ」とも呼ばれ、山城、佐渡、伊豆諸島、下閉伊などの島嶼や山間部で用いられた。(三)無乳わらじ類は「ごんぞわらじ」と呼ばれ京都丹波の山村に見られた。(四)有乳わらじ類は「さわらじ」とも呼ばれ、このタイプは比較的新しいもので、乳(草鞋の左右についている鼻緒をかける部分)の数によってそれぞれ二乳草鞋、四乳草鞋、六乳草鞋、八乳草鞋と呼ばれる。このうちの四乳草鞋が現在最も一般的で、お祭などで履かれているものはこのタイプである。それゆえわたしは草鞋というとこれを思い出す。最後の(五)馬わらじ類は文字通り馬に履かせるもの。
このように草鞋の種類は時と場所によって異なり、その種類がかなり豊富であることがわかる。これは現在の靴とは比べ物にならない。そのような背景を知った上で「二足草鞋」という言葉を聞くとき、わたしには「ばくち打ちが捕吏を兼ねること」との内在的意味連関がよりリアルなものとなってくる。

(注1)『日本国語大辞典』第十五巻 469頁 日本大辞典刊行会編 小学館 昭和50年5月1日第1版第1刷
(注2)『世界大百科事典』第23巻755頁 宮本馨太郎記 平凡社 1969年12月25日初版
   以下、草鞋に関する薀蓄はすべて平凡社の世界大百科事典に拠る。

最新の画像もっと見る