歩かない旅人

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日本の敵をはっきり見据え気を許すな。 2

2012-07-07 10:58:03 | 月刊雑誌。週刊雑誌を読んで

 李春光、もうこの名前は日本人の大半の人たちの記憶には残っていないでしょう。メディアの操作能力と、それに丸々乗っかってしまう日本人の人の良さを感じてしまいます。ちょこっと産経新聞に福岡市のチャイナ人800人研修生受け入れのニュースを読みましたが、その後は、それに関する批判記事やネットで騒がれていることなど、まったく無視して、事は淡々と進んでいます
 福岡の若い市長、アナウンサー上がりのメディア人間、何にもわかっていないくせに言うことだけは一丁前、しかも大概の場合、断定的に結論を出し世論を誘導する、きわめて危険きわまる人種です、顔と名前と口先のうまさに有権者は、コロッとやらせてみようと思ったのでしょう。千葉市と言い福岡市と言い政令都市ともあろうものがこの体たらくです。
 しかも彼らは、とってもいいことをしていると思い込んでいるところが恐ろしい、利口に見えるバカほど怖いものはないといいますが、まったくその通りです、福岡市の市長などは、スパイ問題など気にしない、世界は一つだなどと、能天気なことを言って、わざわざ自分から誉めてもらいたいのか、逆に北京に報告に行っているそうです。もうつける薬はありません、しかもまだ本人は得意の絶頂です。
 怖さの実態を書いた文章、昨日の続きを書きます。私自身も、この問題を軽く見ていました。安直にメディアの報道だけに頼ると、一種のカルト宗教みたいに、他のものに目が向かなくなってくるのです。体が寄せ付けなくなるのです。怖い現象だと今までの生きてきた経過を見ながらそう思います。今日は二回目です。
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 《 雑誌『WiLL』 8月号掲載より 》
  ( 総力大特集 中国に反撃せよ! )
 【 戦後最大の 諜報案件「李春光」 】   二回目
        京都大学名誉教授    中西 輝政
 ・・・・・にもかかわらず、「歴史を見直し未来へ向かう」(「日中歴史共同研究」報告書序文より)などといってまんまと相手の対日工作活動に乗ってしまったことそのものが、日本の学者達はもちろんのこと、政府・外務省まで含め、日本側の「非武装平和主義」、つまりまったく無防備差をさらけ出していると言えよう。結果、どのような、「研究成果」が発表されるかは言うまでもない。
 とりわけ、日中関係を扱う日本の近代史学界は多くの歴史認識において、社会科学院などの工作の影響を受けている。たとえば、決して左翼ではない有名な昭和史家なども、社会科学院の近代史研究所から、「最も信頼できる日本の現代史研究者」と持ち上げられ、得々としている始末だ。
 そもそも、今の中国の体制化で政府公認のシンクタンクであれば、政府、中国共産党はもちろん、軍、公安、対日工作機関がバックについているであろうことくらいは警戒して叱るべきだ。最低限、日本や欧米のように、「自由に討論し発表する」事など到底できるはずがないことくらいは頭に入れておくべきだ。現に、李春光も研究のために日本に来ていたわけではなかった。
 さらに、李春光について、警視庁公安部は、「中国人民解放軍総参謀部第二部」に本籍を置いていると見ているという。「中国人民解放軍総参謀部第二部」は中国国内で最大の力を持つ諜報機関であり人民解放軍の情報活動を担当。また、この組織は単に軍事情報の収集にとどまらず、広く政治工作を行なうヒューマンインテリジェンス、つまり政治スパイや工作員を外国に送り出す専門機関でもある。
 《 お粗末な松下政経塾 》
 中国にはもう一つ、国内の秘密警察業務も行なうシビリアンの諜報機関として、「中国版KGB」と恐れられる国家安全部があるが、この総参二部と共産党の対外連絡部は、その主たる工作対象を相手国のエリート層、つまり政治家やジャーナリスト、マスコミなどをターゲットとし、選り抜かれた凄腕の工作員が偽装した身分で頻繁に接触し、軍事情報よりも主として相手国の、政治・国家・国策にかかわる工作活動を展開している。
 特に日本には、総参謀部第二部から、「諜報・工作のプロ」が送り込まれる場合が多いと見られている。この点でも、警視庁公安部の見立ては的確であろう。出頭要請にまで踏み切るまでの強い危機感も当然と言える。一方、李春光が接触してきた松下政経塾や政府関係者の反応はいかにもお粗末な様相を示した。
 「中国外交官スパイ」のスクープは、5月29日付読売新聞の一面で報じられたが、同じ日の夕刊十五面の見出しにはこうある。「彼がスパイ まさか」。松下政経塾などで接点のあった人々の談話が掲載されているが、一体、この関係者らは、どんな人間であればスパイだと思うのか。スパイ映画よろしく、黒マントを着て懐中に短剣をしのばせ、物影に隠れて鋭い目線を光らせ手いる古典的スパイのイメージか、あるいはどこかに陰があり、いかにも何か語ることの出来ない身分経歴を背負っているかのような人物を想像しているとしたら、余りにも勉強が足りない。
 記事では松下政経塾出身者は、「(李春光は)積極的な性格ですぐに溶け込み、寮の仲間と一緒によく酒を飲んでいた」、「中国の民主化を支持していたし、日本と中国が将来、どう友好関係を築いていくかを真剣に考えており、両国の架け橋に慣れる人だと思っていた」、などと述べている。 
 李春光と松下政経塾で同期だった民主党・森岡洋一郎衆院議員も、「本当にスパイ活動していたのか。本人に聞いてみたい」とのこと。念のために付け加えると、この森岡議員は政府の尖閣問題への対応に危機感を持って、他の議員とともに最近、海上から尖閣視察行動を行なった愛国的なスタンスの議員である。その彼でさえ、この程度の認識というところに、問題の深刻さが表れているというべきか。
 ちなみに、翌日の新聞記事でも、本当の当事者でもある、筒井農水副大臣までもが、「書記官と副大臣室で会ったのは一度だけ。スパイには見えなかった」とのべている。「スパイに見えるスパイ」などいるわけがない。あまりに警戒心がなさ過ぎる。
 松下政経塾関係者や東大法学部の公共政策大学院と東洋文化研究所、さらには国会議員までもが、来日した中国人が申告している経歴を信じ、しかも、「快活で明るい性格」の李春光に一切、疑いの目を向けず、なんの警戒心も持っていなかったことは、インテリジェンスの国際常識においては驚嘆に値するものと言えよう。
 《 中国スパイの三つの原則 》
 アメリカFBIで長年、中国による対米工作の監視を担当し、中国の諜報活動に非常に詳しい、ポール・ムーアは『中国スパイ秘録』(ディヴィッド・ワイズ著、原書房刊)で、中国のスパイの活動の特徴は三つの原則によって動かされていると述べている。第一は、情報提供の見返りに決してお金を渡さず、相手を信じ込ませ、自発的に協力するような、「コネ」を作って情報収集する。
 第二は、中国の諜報はウォークイン(飛び込み)の情報は相手にせず、非常に身長かつ忍耐強く動く。第三は、中国の諜報機関は賭け事やアル中、ひねくれ者は相手にせず、むしろごく善良で健全な人間を工作対象に選ぶという。当然ながら善良な人が一番信頼できるし、発覚しにくい。加えて中国によるスパイ行為、工作に協力すること自体が素晴らしいこと、正しいことと思い込ませる。日本に対してなら、その殺し文句は「日中友好」であろう。
 それゆえ、これと思う対象にはあえて堂々と正面から近付き、一切、後ろ暗い接近の仕方はしないとされる。特に三つ目の条件は、まさに李春光にあてはまる。中国当局は、ロシアや北朝鮮のような強引で利益供与の影がちらつくスパイではなく、李春光を知る人の多くが発覚後も彼に好意的で、「まさかスパイだとは」と思っているような人物を使ったのである。
 中国のスパイ・リクルーターは、相手国の中で使用する工作人や情報提供者に対し、「あなたが活躍することで、中国の近代化(あるいは日中の平和、アジアの発展)の貢献できる。あなたはその重要な役割を担っている」と刷り込んでいるという。実際、中国の諜報活動に協力して処罰された人は、あとで振り返っても、「平和のため」に自ら進んでやったまでで、一切後悔はないということが多い。
 あるいは、諜報活動に加担していたという自覚もないことさえある。松下政経塾関係者はもちろん、農水関係者もまさか自分が工作の対象になり中国の諜報活動に加担していた、あるいはその可能性があったとは思っても見なかったはずだ。ポール・ムーアはこうも述べている。
 「(中国の諜報の)やり方はセックスに例えられる。女性を口説いて、何とかベッドに連れ込もうとするのと一緒だ。少なくとも私に世代の感覚では、二階に行ってセックスをしようとストレートに女性に言っても、うまくいかないと思う。だがキスまでこぎつけたら、次の展開が期待できるかもしれない。キスから始めて、もっと大きなものを手に入れる。そんなふうに中国側はターゲットを誘惑する」
 つまり、気が付けば自分から副を脱いでいた、ということになりかねないのである。今回のように、霞ヶ関でも永田町でも表玄関から堂々と工作対象に会えば、お人よしの日本人は、まさかそれが、「工作」の一環だとは思わないだろう。しかし、中国では孫子以来、二千数百年に及ぶ諜報・工作の伝統があり、中国文明の本質すらなっていると言っていい。
 人を疑うことを知らず、実体が明らかになっても、「まさか、あんなにいい人が」などと口にする無防備な日本人が中国に対処するのは、至難の業である。「民主化」や「日中友好」などの言葉にも騙されてはいけない。特に日本の保守陣営の人々は、中国人の、「中国よりも日本のほうが文化程度が高い」、「中国は日本を見習わなければならない」という声に弱いが、これこそが日本人を篭絡する常套句なのである。
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 まだまだ続きます。狡猾にして冷酷無慈悲なチャイナは大陸において、こんな争いは日常茶飯事で驚くに当たらないことだと思いますが、日本はいまだにメディアを先頭に無知無能の感があります。どこまで騙されたら目覚めるのか、行くところまで行って如何にも為らなくなってからでは遅すぎます。こういった論文が日本では、なんの制約もなく一般に表現できる時代なのです。
 それがかえって、日本を縛っているのかもしれません。メディアにとんでもない方向に目を向けさせられている可能性もあります。今の日本のメディアは日本の「国益」に反した動きを示しています。