ヨナの福音こばなし帳

オリジナルのショート・ストーリー。一週間で一話完結。週末には、そのストーリーから人生の知恵をまじめにウンチクります。

だから言ったのに(4)

2006-08-17 | だから言ったのに/ ケンタの舟
ケイは、自動車教習所を卒業、筆記試験にも無事一発でパスして、念願の運転免許を手に入れました。家には、おとうさんの自動車が一台あるだけです。でも、おとうさんは電車通勤で、普段は、車庫に置かれています。

ケイはおとうさんに頼みました。すると、おとうさんは「使ってもええよ。」と言ってくれました。

「ただ、車庫には入れんでエエから。戻ってきたら、家の前に停めときなさい。そうやないと、きっと大変なことになるから。」

ケイは、一人で、ドライブに出かけました。運転席から見る町は、助手席から見るのとは、また違った眺めに見えます。とは言っても、運転をするのに精一杯で、ほとんど景色は目に入りませんでした。制限時速を守って、赤信号では必ず止まって、安全運転で、ドライブしました。

ケイは、そろそろ、家に帰ることにしました。そこで、せっかく用意していたお気に入りのCDを持ってきたのに、かけていないことに気がつきました。帰り道では、そのCDをかけました。が、運転するのに精一杯で、まったく耳には入りませんでした。

さあ、無事、家に着きました。そこで、おとうさんの言ったことを思い出しました。

「車庫には入れんでエエから、って言っとったな。でも、私、卒験でもちゃんとできたし・・」

ケイは、自分で車庫に入れることにしました。教習所で習ったことを思い出して、目印になるポールを探しましたが、家の車庫にはそんなものはありません。

「まあ、こんなもんか・・な・・」

かなり緊張しましたが、何度も前に行ったり、後ろに行ったりしながら、なんとか、無事、車庫に入れることができました。

「ほら、私、ちゃんとできるやん。」

ケイは、ホッとして、そしてウキウキしながら降りようと、思いっきりよくドアを開けると、ドアは、鈍い音を立てて、壁にぶつかりました。


夜、おとうさんが帰ってきました。

「ケイ!!!」

おとうさんが叫んでいます。

「私、安全運転でドライブしてん。ほんで、ちゃんと車庫入れもできてんで。ほんで、うれしくて、ドアを開けたら・・・」

「だから言ったのに。」

その後、おとうさんが何を言っていたか、ケイにはよく聞き取れませんでした。おとうさんは、頭を抱えたまま、口の中でグチャグチャ言いながら、そのガツンとへこんだドアを眺めていました。

しばらくして、おとうさんは、新しい自動車に買い換えました。(たしか、アルファ・ロメオと言っていました。)一番のお気に入りを、思い切って買ったそうです。

(つづく)