本朝徒然噺

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松竹座七月大歌舞伎・夜の部(7/21)

2007年07月26日 | 芝居随談
たいへん遅まきながら……、7月21日(土)に「遠征」してきた、大阪・松竹座(夜の部)の観劇日記です。

この日は、嬉しいハプニングがありました。
同じく東京から遠征されていた知人の方と、劇場で偶然お会いしたのです!

とあるイベントをきっかけに知り合った方なのですが、着物がとてもよくお似合いの、きれいな方なのです
その後も歌舞伎座や寄席で偶然お会いすることがあったのですが、東京を離れた大阪の地でもお会いできるとは! 嬉しい偶然に感激してしまいました。
朝から傘をなくしてしまった代わりに、いいことがあったなあ……と、感慨にふけったことでした

あと、開演前にロビーで常磐津一巴太夫をお見かけしたことも、嬉しいハプニングでした。一巴太夫の浄瑠璃、風情があって大好きなんです

■松竹座の花道

お芝居の感想の前に、松竹座の舞台のつくりについて少し。

松竹座の舞台は、東京の歌舞伎座と比べて、横幅・高さ・奥行ともやや小ぶりになっています。
舞台とのバランスのためか、花道も歌舞伎座に比べるとかなり低くつくられています。

客席には傾斜がありますので、前のほうの席では座席よりも高い位置に花道がありますが、後ろのほうの席では、花道と客席が同じ高さになっています。
私が座っていたのは、揚幕の手前の列の、花道から近い席だったので、役者さんがすぐ真横を通っていく感じで迫力がありました。
ちょっと振り向くと、揚幕に入っていく役者さんの姿も間近に見られました。
「女殺油地獄」の最後で、鬼気迫る表情の仁左衛門丈がすぐ近くを通って行った時には、仁左衛門丈の気迫がひしひしと伝わってきて、芝居の世界に引き込まれました。

上手(かみて)寄りの席に座っていると花道が見えづらそうなので一長一短かもしれませんが、歌舞伎座とは一味違った、小ぶりの舞台ならではの楽しみがありました。

■鳥辺山心中

夜の部の最初の演目は「鳥辺山心中」。

ふとしたことから友人と斬り合いになり相手を死なせてしまった若侍が、京に滞在している間になじみになった遊女と死を覚悟で鳥辺山へ逃げていくという話。

心中する若侍と遊女を、片岡愛之助さんと片岡孝太郎さん、若侍と斬り合いになる侍を坂東薪車さんが演じました。
この3人の絡みのところは、良くも悪くも「若手のお芝居」という感じだったのですが、片岡秀太郎丈と坂東竹三郎丈のベテランコンビが登場した場面では、空気がガラっと変わったのを感じました。

秀太郎丈は、普段は女形をなさっていますが、このお芝居ではめずらしく立役をなさっていました(それだけでも貴重ですっ)。
愛之助さん扮する若侍の同僚で、遊里での遊びにたけた人物という役どころです。
遊び慣れた雰囲気がよく出ていて、でもいやらしくなくて、さすがは秀太郎丈でした
そのなじみの遊女を演じた竹三郎丈との掛け合いで、遊里の華やかさがよく表れていました。

若手のお三方の緊張感ある演技と、ベテラン勢の柔らかな雰囲気が好対照になっていたからこそ、物語の悲劇性が際立ち作品の世界も広がりを見せたのだと思います。
やっぱりお芝居は、「老・壮・青」のバランスがとれていることが大事なんだな……と、あらためて思いました。これは、お芝居だけでなく、一般の組織にも言えることかもしれませんが……。

■身替座禅

続いての演目は「身替座禅」。
以前にも書いたとおり、今回の「遠征」の最大の目的は、この「身替座禅」で貴重な「中村歌六丈の奥方玉の井」を見ることでした

「身替座禅」は、狂言「花子(はなご)」に題材をとった松羽目物です。
山蔭右京は、花子という女性に会いに行こうとしますが、妻が目を光らせていてなかなか思うようにいきません。
そこで、自宅の持仏堂で座禅を組むと見せかけて太郎冠者(たろうかじゃ)を身代わりに立て、こっそり抜け出して花子のもとへいきます。
しかし、右京の留守中、その企みが妻にばれてしまいます。
怒った妻が、太郎冠者に成りかわって持仏堂で右京の帰りを待ち構えます。
花子との逢瀬を終えて戻ってきた右京は、太郎冠者が妻にすりかわっているともしらず、花子のことをのろけてみせますが……。

右京の恐妻家ぶりと妻・玉の井の迫力がユーモラスで、通常は立役(男役)をつとめる役者さんが玉の井を演じるのも見どころの一つです。
右京を演じたのは片岡仁左衛門丈、玉の井を演じたのは中村歌六丈。歌六丈は、この役をつとめるのは今回が初めてだったそうです。

歌六丈の玉の井は、初役とは思えない貫禄で、絶品でした!

この役をつとめる役者さんは、「男役らしさ」を随所で出して玉の井の迫力を表現されることが多いのですが、歌六丈の玉の井はそれとは違いました。

わざと男役のような見得をきって凄みを見せるようなことはせず、最初から最後まで台詞のトーンや所作はあくまでも「女形」のそれなのです。
そのなかで、台詞の抑揚を巧みにつけて玉の井の「凄み」を見事に表現していました。
はるばる大阪までこの玉の井を観に行った甲斐がありました!

仁左衛門丈の山蔭右京も、ダメ男なんだけれどお人好しで憎めない右京のキャラが、仁左衛門丈の持ち前のおだやかな雰囲気とあいまって、見ていて微笑ましいものでした。

どこかおだやかな雰囲気のある仁左衛門丈の右京と、女形の基本をくずさず丁寧に演じておられる歌六丈の玉の井によって、ユーモラスななかにも「松羽目物の品格」が絶妙に保たれていました。
思いきり楽しんで笑えるのだけれど、心の片隅で「この演目は『松羽目物』なんだ」というのを忘れずに観ていられる……そんな雰囲気でした。これって、簡単なようでなかなか難しいことだと思います。

ただ一つ残念だったのは、後半、花子との逢瀬を語る右京が少し軽い感じだったこと。
のろけている場面ですからもちろんどこかに軽さは必要なのですが、音曲にあわせて踊りや所作で表現するところはきっちりと丁寧に演じて、ある程度どっしりとした雰囲気が必要なのではないかと思います。
そうしないと、太郎冠者と思ってのろけていた相手が妻だったとわかった時のおかしみが引き立たない感じがします。
後半の右京にいまいちメリハリがなかったので、最後がやや尻すぼみになってしまった感が否めませんでした。
うーん、惜しい……!
こういうところは、やっぱり音羽屋さん(尾上菊五郎丈)がうまいかなあ……と思います。

■女殺油地獄

市川海老蔵さんの怪我により、代わりに片岡仁左衛門丈が主役・河内屋与兵衛を演じることになった「女殺油地獄」。

これは、とにかく「良かった」の一言に尽きます!
仁左衛門丈のまさに「本領発揮」という感じのお芝居でした。

河内屋与兵衛は、なじみの芸者をめぐって喧嘩をしたり、義父の印判を勝手に使って廓遊びのためのお金を借りたり、茶屋へのツケがたまってその支払いのためにお金をだまし取ろうとしたり、意見をされて親にまで手を上げたりするようなドラ息子で、とうとう親に勘当されてしまいます。
借りたお金を返さないと、無断で印判を借用したために義父に大きな迷惑がかかってしまうと考えた与兵衛は、知り合いの油屋・豊嶋屋に行ってお金を借りようと考えます。
与兵衛の親もまた豊嶋屋に向かい、「もしも与兵衛がここへ来たらこれを渡してやってほしい」と言って、お金を預けます。
親の情愛に与兵衛は心を打たれますが、親が持参した金額だけでは返済に足りないため、豊嶋屋の女房お吉にさらなる借金を申し込みます。
借金を断られ切羽詰まった与兵衛は、お吉を殺し、戸棚の金を奪って逃げます。

これだけ見ると与兵衛は、放蕩ざんまいで借金したあげく、お金のために人を殺す極悪人です。
でも、仁左衛門丈の与兵衛は、前半のドラ息子ぶりと打って変わって、親の情愛に心を打たれ、その親たちに何としても迷惑をかけたくないと必死になる姿が丁寧に描き出されています。
だから、鬼気迫った与兵衛が油まみれになりながらお吉を殺す場面でも、お吉を殺して金を奪って逃げていく場面でも、根底に与兵衛の悲しさが感じられ、どこか共感できるのだと思います。

殺しの場面では、切羽詰まった与兵衛の姿を、固唾を飲んで見守ってしまいました。
これがもし、最後まで「こいつ、ワルい奴っちゃなあ……」と思わせてしまうような与兵衛であれば、観客はここまで引き込まれないと思うのです。
たしかに行動は極悪人だけれど、その根底にある人間の弱さや悲しさが伝わってくるからこそ、観る者の心をつかむのだと思います。

お吉を殺して逃げていく与兵衛が、花道の七三で転んで身を起こし、揚幕のほうをキッと見つめるのですが、その表情は単に鬼気迫っているだけではなく、深い絶望と悲しみが感じられるものでした。
凄惨な殺しの場面だけではなく、この先の与兵衛に待ち受けているものこそが「地獄」なんだと感じるような、そんな幕切れでした。

「女殺油地獄」を観たのは初めてではありませんが、この作品を観て心から「悲しい」と感じたのは今回が初めてでした。
仁左衛門丈の「女殺油地獄」は、この作品が単に一人の男の狂気と殺しの凄惨さを描いたものではなく、人間の悲しさを描いた作品なんだということをあらためて感じさせてくれました。

「身替座禅」「女殺油地獄」の絵看板
↑松竹座の絵看板。「身替座禅」(右)と「女殺油地獄」



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2 コメント

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想像してます~ (agma)
2007-07-29 22:27:46
こんばんは!
じっくり読ませていただきました。
丁寧に大筋の説明をして頂き またその感想を伺い
観ていなくても楽しめました!

今回の藤娘さんの遠征、歌六丈の玉の井を観る為という理由が分かるような気がしました。
今、頭の中で玉の井姿の歌六さんを想像していますわ。(笑)

海老蔵さんは本当にお気の毒でしたが、仁左さまの与兵衛は観てみたかったです~。

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agmaさま (藤娘)
2007-07-30 23:39:09
ありがとうございます!

歌六丈の女形、よく似合ってらっしゃいましたよ~!
本当に、萬屋さんはオールマイティーですね
歌六丈は、「女殺油地獄」で与兵衛の義父・徳兵衛も演じておられたのですが、大向こうから「大統領!」という掛け声までかかってました

仁左さまの与兵衛、本当に良かったです!
迫真の演技に、思わず息をとめて見入ってしまいました。
仁左衛門丈は「年齢的にもう厳しいから……」とおっしゃっているようですが、なんのなんの、まだまだ十分いけます! これからもぜひ演じていただきたいです……
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