なぜセコムでなくAlsokの警備員が辺野古の反対派住民の前に立ちはだかるのか?
普天間基地辺野古移転反対闘争で、沖縄県警機動隊や米軍よりも前に立ち反対派
住民を威圧している警備会社綜合警備保障(Alsok)は、戦前の内 務省高官で戦後
警察本部警備課長を経て吉田内閣で内閣情報調査室(日本版CIA)を創設し初代室
長を務めた警察公安官僚の村井準が1965年に日本で初めて民間警備会社 として
創業したのだ。
日本版CIA=内調を創設した戦前の内務官僚村井準によって創業され、大阪万国博
覧会警備や札幌五輪警備や東京サミット警備や在外公館警備官派遣 などの官需
で事業を急速に拡大してきたAlsokは、沖縄県民の民意を完全に無視して機動隊
と海上保安庁と米軍の武力を背景に強行する普天間基地 の辺野古移転で反対派
住民の前に弾圧部隊として登場して安倍晋三ファシスト&キチガイ首相に協力し
ているのだ!
【関連情報1】
▲村井順とは?(Wikipediaより抜粋)
村井 順(むらい じゅん、1909年(明治42年)2月5日 - 1988年(昭和63年)1月
12日)は日本の警察官僚、実業家。初代内閣情報調査室長、綜合警備保障創業者。
東京出身。東京高等学校 (旧制)を経て東京帝国大学卒業。1935年(昭和10年)
内務省に入省。1948年(昭和23年)国家地方警察本部初代警備課長。
吉田茂総理、緒方竹虎副総理とともに、アメリカ中央情報局(CIA)・イギリス
情報局保安部(MI5)・イギリス情報局秘密情報部(MI6)など を参考にして、
「内閣総理大臣官房調査室」(現内閣情報調査室)という小さな情報機関を設
立、1952年(昭和27年)4月から1953年(昭和 28年)12月まで初代室長を務めた。
退官後、1962年(昭和37年)1964年東京オリンピック組織委員会事務局次長とな
り、1965年(昭和40年)に日本初の民間警備会社綜合 警備保障を設立した。
没後、2000年(平成12年)に村井順記念奨学財団が神奈川県横浜市に設置された。
長男は、綜合警備保障元会長の村井恒夫。次男は、警察官僚を経て綜合警備保障
社長・全国警備業協会会長を務める村井温。
【関連情報2】
▲綜合警備保障株式会社とは?(Wikipediaより抜粋)
綜合警備保障株式会社は、日本の警備、セキュリティーサービス会社。コーポ
レートブランドは「ALSOK」(アルソック)。
設立 1965年7月16日
事業内容 機械警備・警備輸送・常駐警備
身辺警護・総合管理・防災
代表者 村井温(代表取締役会長)
資本金 186億7,501万1,600円(2011年3月31日現在)
売上高 単体 1,897億600万円
連結 2,785億7,900万円(2010年3月期)
総資産 2,760億7,900万円(2010年3月期)
従業員数 単体 12,812名
連結 27,790名(2011年3月31日現在)
(以下略)