起業国家を超えて
Schumpeter: Beyond the start-up nation
from The Economist Jan 1-7, 2011
イスラエルはここ20年ほどでハイテクの超大国となった。良いニュースはまだ続くか?
アラブの新聞を読むユダヤ人に関するイスラエルのジョーク。友人が彼に不思議がって「なんでまたアラブの新聞なんか」と尋ねた。「イスラエルの新聞を読めば、ユダヤ人について悪いニュースしか書いてない。」と彼。「でもアラブの新聞はいつも書いてるからね。ユダヤ人はみんな金持ちで成功をおさめ、しかも世界を支配しているって。」
今日では、この話の主人公はさらに別のイスラエルに関する良いニュースの情報源を手にしている。ビジネス紙だ。
過去20年以上にわたって、イスラエルは半社会主義の沈滞した地域からハイテクの超大国への転換を果たしてきた。人口で調整すると、イスラエルはハイテクの起業数とベンチャー・キャピタルの規模において世界の先頭に立っている。20年前、ハーバード・ビジネス・スクールの先導的グルであるマイケル・ポーターが、855ページに及ぶ「国の競争優位」においてイスラエルに充てたのは、わずか1センテンスだけだった。今日、イスラエルのハイテク・ブームに関する著作は枚挙に暇がない。とりわけ注目に値するのが、Dan SenorとSaul Singerの「起業国家:イスラエルの経済的奇跡に関する物語」だ。
イスラエル人は正当にも自国のハイテクの奇跡に誇りを持っている。彼らは「起業国家」のような本を読みあさっては、自国のIPOの成功を喜々として語り合っている。彼らはまた、リセッション入りはかなり遅かった国が、いかにして最も早くそこから抜け出せたかという点についても誇らしげだ。9月までの年間経済成長率は4%以上。しかし、その成功のあらゆる面を考慮してもなお、イスラエルの好況は多くの問題点を惹起している。
まず最初に、イスラエル経済はあまりにも狭い基盤の上に立っているのではないか?ハイテク産業は労働力の10%を雇用するに過ぎないのに、輸出の40%を占めている。第2に、何故イスラエルは新興企業を国内の巨大企業に育て上げるのがこうも下手なのか?イスラエルは3、800の新興企業に対し、年間売り上げ10億ドル以上のハイテク企業は4社しかない。第3に、イスラエルは、コンテンツの「配管」(plumbing)を構成するハードウェアやソフトウェアと同じように、インターネットのコンテンツを製作することができるのか?そして、第4に、何故このハイテクの奇跡の国は、わずか55%という、先進国中最低レベルの労働参加率にとどまっているのか?これらの疑問は、ひとつのより大きな疑問へと集約される。イスラエルの奇跡は持続可能か?それとも、1990年代の特殊な環境の組み合わせの結果生じたものに過ぎないのか?
イスラエルの政策立案者はこれらの問題によく気付いており、解決策を真剣に考えている。彼らは高成長のポテンシャルを持ったいくつかの分野を特定している。例えば、水資源管理、農業科学、代替エネルギー、そしてもちろんセキュリティなど、イスラエルがすでに世界を凌駕する技術を持っている分野だ。生命科学の分野で、政府はベンチャー・キャピタルの基金を設立することによって、起業のスピードを上げようとしている。しかし、イスラエルの高官は、この国は依然として「トマトの種をトマトにする」能力において遅れをとっているのではないかと憂慮している。シリコン・バレーが常々行っている、新興企業をグーグルやシスコのような巨大企業に転換するという能力に、である。そうした巨大企業は、新興企業と比べて、高所得の仕事をより多く作り出している、とも彼らは言っている。イスラエルの起業家はアイディアをIPOにつなげるまで、かつてより長い時間を要するようになっているのも彼らの心配の種だ。
単なる「配管」ではなく、インターネットのコンテンツを供給することに注力するイスラエル企業が生まれてきているのは良い兆候だ。8億2千万ドル以上を管理するベンチャー・キャピタル、JVPはコンテンツと技術を融合する会社の育成に集中している。JVPの創業者、エレル・マルガリットは、イスラエルはハイテクのみならず、文化においても比較優位をもっていると論じている。ユダヤ人は-と彼は指摘する-いつも物語を語ることに卓越しているのだ。マルガリットの本拠地であるエルサレムは多くの人々の心に、とめどない文化と宗教の対立を想起させるけれども、それでもなお、3つの主要な文明の出会う場所であることから恩恵を受ける状況にあるのだ、と彼は主張している。
イスラエルの「起業国家」モデルを超えるのは易しいことではない。この国のビジネス文化は会社の設立よりも、取引の成立に重点を置いてきた。軍隊はその科学技術的な力量ゆえに、数多くの起業の裏でノウハウの提供を行っていたが、インターネットにコンテンツを供給するのには-「配管」の場合と異なり-生かされていない。イスラエルはまた、アジアの新興国よりは、欧米との間により良好な関係を有している。
強みから強みへ
それでもなお、イスラエルの強さは存続すると考えるに足る理由がある。政府は、起業に対してうまく適用されたベンチャー・キャピタル・アプローチ(勝ち馬を当てるよりも、民間部門の創造性に点火する)を、より後の段階での資金調達にも適用しようと試みている。軍隊はハイテクの孵化器以上の存在だ。軍隊は全人口を才能に関して厳密に精査し、最も有望な専門技術者たちにエリート部隊の集中トレーニングを施し、独立独歩の倫理と問題解決の手法を植え付ける。
イスラエルはまた、エキサイティングな新産業をつくりだす科学技術のマッシュアップ(訳注:複数の異なる供給元からの技術やコンテンツを複合させて新しいサービスを作ること(らしい))を得意としている。カメラ・ピル(人体の内部から映像を伝達する)は、標的を「見る」ことのできるミサイルから閃いたものだし、心臓用ステントは細流灌漑システムから着想を得ている。この国は長きにわたり、逆境を比較優位の源泉へとつなげてきたのだ。例えば、敵対する産油国に包囲されていることも一因となって、この国は代替燃料の世界的なリーダーとなったと言える。
しかし、イスラエルの長期にわたる経済的成功に対して大きな障害となるのは、企業をどう作るかではない。それは、アラブ系イスラエル人と超正統派ユダヤ人の両者をビジネス文化に同化することに失敗している点にある。両者は2025年までに合わせて人口の約3分の1になろうとしている。わずか超正統派ユダヤ教徒の男性の39%、アラブ系女性の25%が雇用されているのに過ぎない。ミルケン・インスティテュートのようなシンクタンクは、ガリラヤやネゲヴのようなアラブ系少数派地域にスモール・ビジネスを促進させようとしている。これらの問題はいずれも政治的意志によってのみ解決される。イスラエルは内なるアラブ問題に対処すべく懸命に取り組む必要がある。そして、超正統派ユダヤ教徒に対し、いかに真摯に祈ろうと、あなたたち以外の国民は、あなたたちに生計を負っている訳ではないと言い聞かせる必要がある。
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The Economist誌のSchumpeterコラムの訳です(訳はかなりいい加減)。イスラエルは日本から見て最も理解の難しい国の一つではないか、と常々思っていますが、イスラエルの現代経済に関する情報は以外と少ないもの。このコラム記事は短めで、かなりリーダブルなので訳出してみました。
同誌の新年最初のカバーストーリーは「中東で戦争の危険性が高まっている」というもので、そういった視点からもイスラエルは注目すべき存在でしょう(昔も今も変わらず、と付け加えるべきか)。
イスラエルほど政治・宗教・文化・軍事と経済が密接にリンクしている事例はないのかもしれません。また、イスラエルの繁栄がパレスチナのde-development(サラ・ロイの言う「反開発」)と表裏一体であるという視点も保持しておく必要があると言えそうです。
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