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自己流経済学再入門、その他もろもろ

大平正芳と上田辰之助

2008-12-28 | Weblog
「大平正芳 『戦後保守』とは何か」(福永文夫著、中公新書)を購入、読んでみました。著者がはしがきで述べているように、「読書家で文筆家としても知られ、『戦後政界屈指の知性派』と評され」、「派手なパフォーマンスとは無縁の、知性と言葉に重きをおく政治家」の仕事に対する興味もさることながら、立ち読みで大平が東京高商で上田辰之助に師事したことを知ったのが購入の直接的なきっかけです。

上田辰之助については、その著作をまったく読んだことがないため、偉そうなことはいえないのですが、例えば都留重人の自伝である「いくつもの岐路を回顧して」に出てくる都留との軽妙な英詩文のやりとりのエピソードが印象的で、以前から気になる存在でありました。

都築忠七一橋大学名誉教授の「上田辰之助教授の戦後」という文章で述べられているところによると、上田教授は「蜂の寓話」のマンドヴィルからマキャベリ、ホッブズに連なる利己心の哲学と、シャフツベリ、ハチスン、アダム・スミスに至る利他の哲学を対比し、前者から来る「経済人」理解を「徹底した経済人」、後者から来るそれを「倫理性をもった経済人」と捉えていたようです。そして、利己心と利他心をつなぐ思想として(スミスとともに)ベンサムの功利主義を配置し、そこから個人主義やフェビアン社会主義へとつながっていくと解釈されています。

マンドヴィル流の徹底した経済人による個人的利益の追求はスミス的予定調和には至らず、政治の知恵によって人為的に調和させなければならないと解されます。この「徹底した経済人」像は普遍的であり、洋の東西を超えて「蜂の寓話」が受け入れられてきた所以でもあります。 他方、ハチスン、スミス、ベンサムの流れからは、市民社会の発展とともに社会性、道徳性を高めたホモ・エコノミクスが出現してくるというという主張が導き出されます。これが上田教授の戦後の研究テーマ「18世紀初めのイギリスのミドルクラスのリベラリズムの世界」の通奏低音だった、というのが都築教授の解釈です。

ここで福永著「大平正芳」に戻ると、大平の卒論「職分社会と同業組合」は上田教授の強い影響のもと執筆されており、そこで示された「社会職分の原則」(社会全体の共通の目的を実現するため、社会または国家の一構成員が受け持つ役割を指す)と「協同体思想」は、大平の政治思想の源流となっていると指摘されています。

「協同体思想」が時として無惨な全体主義思想に転化する危険性はつとに指摘されていますが、大平の場合は、国家主義的色彩は稀薄で、権力の行使についても抑制的な姿勢を維持しました。経済運営の面ではむしろ小さな政府と財政再建を主張しており、恩師である上田教授から引き継いだ思想は、むしろ「田園都市構想」や「文化の時代」といった政策研究会のテーマに生かされているように感じられます。